トランプ次期政権の貿易政策:強硬な保護主義に傾斜するか

2017年01月09日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

 トランプ次期大統領は当選してから1か月も経たない2016年11月末、選挙戦で公約していた空調機器大手キャリアのメキシコへの生産移転を阻止したことを発表。その後、メキシコで生産を企画する自動車メーカーのフォードやゼネラルモーターズ(GM)、そしてトヨタ自動車などを名指しで批判。大統領就任前から企業経営に介入する動きを受け、米国でビジネスを展開する企業の間ではトランプ次期政権の保護主義政策に対する懸念が広まっている。トランプ次期大統領は2017年1月20日の政権発足後、公約通りTPP離脱、NAFTA再交渉を早期に発表し、表向きは保護主義政策を推進することが予想される。しかし、憲法上は通商政策の権限は議会が有することから、関税の大幅な引き上げなど議会から反発がある政策については政権側も慎重になると予想されている。トランプ次期政権の通商政策の具体策はまだ発表されていないものの、ワシントンの通商専門家などの分析をもとに以下、トランプ次期政権の保護主義政策導入の可能性についてまとめた。

 

 

◆トランプ次期政権の通商政策の行方

1.選挙戦での通商政策の強硬路線から軟化

  • トランプ次期大統領は選挙戦を通じて反自由貿易の政策を強力に訴え、白人労働者階級からの圧倒的支持で民主党牙城であるブルーステートを勝利し大統領選を制した。以下(表1)はこれまでトランプ次期大統領が訴えてきた強硬な通商政策。 

(表1)トランプ次期大統領が主張してきた通商政策(出所:トランプ次期大統領発表、メディア報道、各種分析をもとに米州住友商事ワシントン事務所作成。 https://www.scgr.co.jp)

 

  • だが、歴代の米政権でも見られたように選挙戦で主張してきた強硬な通商政策はトランプ次期政権でも程度の差はあるものの軟化される見通し(例:オバマ大統領の選挙戦でのNAFTA再交渉の公約は政権発足後に実行されなかった。その後、TPP交渉を通じてメキシコと貿易交渉)。ジェームズ・ベーカー元国務長官も「過去5回の大統領選に携わった経験から、大統領は選挙戦で発言した内容を就任後に実行に移さないことも時々ある」と指摘(CNN、2017年1月8日放送)。
  • ピーターソン国際経済研究所(PIIE)はトランプ次期大統領の選挙戦の主張から想像したような「貿易戦争は起きない」と分析。同研究所はウィルバー・ロス次期商務長官候補、ピーター・ナバロ次期国家通商会議(NTC)委員長の両氏が、既にトランプ次期大統領の選挙戦中の通商政策に関わる強硬姿勢は「単なる交渉術」と述べている点を指摘。
  • トランプ次期政権の通商政策アドバイザーは主に貿易赤字縮小を主張。米国の貿易赤字額に対し、対中国貿易赤字が約半分を占め、次期政権が通商分野で最も問題視するのは対中貿易の見通し(表2参照)。メキシコは日本に次ぐ4番目の規模。中国とメキシコは製造業のアウトソーシング先であることからも、特に次期政権の通商法の執行強化の対象となる可能性大。 

(表2)米国の貿易収支、国別貿易赤字ランキング(順位は2015年の貿易赤字額)(出所:商務省統計データをもとに米州住友商事ワシントン事務所作成。 https://www.scgr.co.jp)

 

2.議会共和党指導部の反発で強硬な通商政策は取りづらい

  • 米国憲法第1章第8条によると、議会は「諸外国との通商を規制」する権限を有している。しかし、長年、議会は各種法案を可決して通商権限を行政府に委譲し、今日、通商政策における大統領の権力は多大なものになっている。ただし、PIIEによると議会は、憲法上、通商権限は議会にあるとの前提に基づいており、大統領は通商に関わる政策について議会と協議する必要があると捉えているという。
  • トランプ次期政権の最優先政策は、医療保険制度改革法(オバマケア)撤廃、インフラ整備プログラム、税制改革法の成立など。これらを実現するには議会共和党指導部の協力が不可欠。下院では基本的に下院議長および多数党院内総務が下院本会議の採決に進める法案を決定する(上院での法案可決には財政調整措置のプロセスを利用した場合でも、共和党議員の協力を経て51票必要)。議会共和党指導部は自由貿易推進派が多いことから、トランプ次期大統領は保護主義的政策を導入することによって議会共和党指導部との関係悪化を招き最優先政策が頓挫することは回避したいと予想される。

 

3.トランプ次期政権が取り得る具体的な通商政策

トランプ次期政権は上記の通り議会共和党指導部と良好な関係を維持するために、通商分野で (1)議会共和党指導部の合意も容易に得られる通商法の執行強化と(2)議会共和党指導部が推進する税制改革を通じた輸出企業優遇策の2点に注力するとワシントンの通商専門家の多くが予想する。また、トランプ次期大統領は、メキシコなどに工場を移転し米国向けに輸出する個別企業の批判を政権発足後も継続するとの見方が多い。 

(1) 通商法の執行強化

  • 通商法の執行強化は既存の法律に基づき政権が実行することから、議会も超党派で支持。通商法の執行強化は、行政府の権限で実行できる反ダンピング関税・相殺関税、通商法201条(セーフガード)、通商法337条など様々な方法が想定される。なお、議会承認を経て2016年2月に成立した「2015年貿易円滑化及び権利行使に関する法律」により、商務省および国際貿易委員会(ITC)は執行措置の強化を図ることがより容易にできるようになったことから次期政権ではより積極的に活用されることが予想される。
  • 特に中国の過剰生産問題(鉄鋼、アルミなど)についてより強硬な対策を国内(商務省・ITC)そしてWTOで取ることが予想される。WTO提訴についてはロバート・ライトハイザー次期米通商代表部(USTR)代表候補が熟知しており、効果的な手法で強硬策を導入することが想定される。
  • これまでも通商法の執行の強化は多くの大統領が取り組み、オバマ政権でも強化されていた。だが、トランプ次期政権下では更に執行強化の動きが見られ、一般国民にその成果を大々的にアピールすることが予想される。
  • 自由貿易推進派(議会共和党指導部など)はこれら通商法の執行強化が、トランプ次期大統領を満足させ、これまで同次期大統領が主張してきた過激な保護主義政策が導入に至らないことを願っている。 

(2) 税制改革を通じた在米輸出企業優遇策

  • トランプ次期大統領の保護主義政策に対し、今後、議会共和党指導部は包括的税制改革こそが米国の雇用創出に効果的であることを主張し政権側の合意を得る取り組みが予想される。具体的には議会共和党指導部は法人税減税に加え、国境税調整を提案し、トランプ次期大統領の保護主義政策と置き換えることを狙っているもよう。国境税調整は輸出企業には恩恵があるものの輸入企業(小売業界、石油精製業界など)にとっては悪影響が及ぶ可能性があり、輸入企業の反発は必至。

(3)国外に工場移転する企業の批判は継続

  • トランプ次期大統領は工場をメキシコに移転する企業を名指しし、ツイッターなどを通じて批判。空調機器大手のキャリア、自動車メーカーのフォード、GM、トヨタ自動車などをトランプ次期大統領は既に批判。
  • トランプ次期大統領はメキシコに工場を移転する企業に対し、大統領令でメキシコからの輸入品に35%の関税を課すことを主張。だが、産業界そしてポール・ライアン下院議長をはじめとする議会共和党指導部はこの案に反対。ケビン・ブレイディ下院歳入委員長は前述の国境税調整の方が有効であることを主張。
  • 35%課税案はWTO違反となる見込み。また、米通商法では国あるいは特定産業に対して関税を引き上げることができることになっているが、特定企業に対して関税を引き上げることができるかは明記されておらず、35%課税案の法的根拠は不明瞭。ただし、トランプ次期大統領は1974年通商法122条に基づき、米国の深刻な国際収支不均衡を理由に関税率を最長150日間、最大15%引き上げあるいは輸入数量制限を発動することがあり得る。しかし、適用期間が短いことからもその効果は疑問視されている。
  • トランプ次期大統領の35%課税案は前述の通り「単なる交渉術」であり、交渉において有利な立場を確保することを狙っているという分析もある。だが、米政権が課税リスクを示し個別企業を批判することで米国でビジネスを行う企業は、社会的イメージ悪化、米政府受託事業への悪影響などを恐れて海外への工場移転を断念することが今後もあり得る。
  • 米ポリティコ紙・モーニングコンサルタント紙の世論調査(2016年12月1~2日実施)によると、トランプ次期大統領が空調機器大手キャリアの工場の国外移転を助成金などで阻止したことについて約6割の有権者が評価し政権発足前から「政治的勝利」を収めた。シンボリックな取り組みに過ぎないものの、国民の支持が高いことから今後もトランプ次期大統領は特定企業の工場の国外移転やメキシコからの輸入を批判するとワシントンの多くの通商専門家は予想している。
  • だが、中長期的にはトランプ次期大統領の経済政策に対する評価のモノサシは個別企業の雇用救出案件ではなく、米国の雇用統計をはじめとしたマクロ経済情勢である。特定のメーカーの雇用を米国に残すことができても国全体で製造業雇用が縮小していれば、トランプ次期大統領の通商政策に対する批判が高まる可能性がある。

 

 

◆トランプ次期政権の通商政策を担う政府高官の権力構造

  • 次期政権で米国の通商政策に携わる重要人物は、ロス次期商務長官候補、ナバロ国家通商会議(NTC)委員長、ジェイソン・グリーンブラット外交特別代表、ライトハイザー次期USTR代表候補で、以下(表3)は4人の経歴と通商政策に対する主な考え方など。
  • 通商政策におけるこれら4人の権力構造は不明。ショーン・スパイサー次期大統領報道官は、メディアに対しUSTR代表は引き続き米国の通商交渉を指揮する役目を果たし、商務長官そして国家通商会議(NTC)委員長は助言に限ると述べている。この発言からも新たな通商組織をどのように機能させるべきかトランプ次期政権はまだ決定していないと通商専門家は分析している。
  • USTRや商務長官は上院における指名承認の公聴会を経て事実上、議会の監視下に置かれる。しかし、仮にトランプ次期政権で議会の監視下にない国家通商会議(NTC)および外交特別代表(指名承認がない場合)が通商政策の策定に大きな影響力を発揮した場合、議会からの反発が予想される。

(表3) トランプ次期政権の通商政策を担う政府高官(出所:政権移行チーム発表、メディア報道などをもとに米州住友商事ワシントン事務所作成。 https://www.scgr.co.jp)

  •  従来、米国の商務長官は「産業界への(政権からの)大使」のような役割を担ってきた。通商面では貿易救済措置(アンチ・ダンピング関税「AD」措置、相殺関税「CVD」措置)、輸出管理規制などを同省が管轄。トランプ次期政権では商務省の役割が拡大する見通し。ロス次期商務長官候補はトランプ次期大統領とも近い関係にあり、商務省がトランプ次期政権の通商政策の主導権を握ることが予想されている。
  • ただし、通商政策に関わる上記4人の中で通商政策の経験があり、かつ通商法を熟知しているのはライトハイザー氏。同氏は反中国、反自由貿易で知られているがその経験や知識から、報復措置などの米国に悪影響を及ぼすような過激な政策・WTO違反となるようなトランプ次期大統領が訴えてきた政策の導入を抑制する役割を果たすプラス面の可能性も指摘されている。
  • ロス氏と同様にライトハイザー氏は鉄鋼業界に詳しく、長年、同業界保護に関わってきた。その経験からトランプ次期政権では特に中国製の鉄鋼製品に焦点があたる可能性が高い。だが、ライトハイザー氏は通商法弁護士の立場ではなくUSTR代表というより幅広い責務の立場、そして多くのトランプ次期政権閣僚が自由貿易推進者であることから、従来主張の保護主義政策を軟化する可能性もある。
  • トランプ次期政権では通商政策において商務省の権限を拡大する方針が示され、ホワイトハウスのナバロ国家通商会議(NTC)委員長、ジェイソン・グリーンブラット外交特別代表のポジションを新設したことから、USTRの権限は縮小されるようにもみえる。しかし、ライトハイザー氏の米政府での政策経験、労働者階級からの支持からも、次期政権下でUSTRは引き続き影響力を保持することも予想されている。通商政策におけるトランプ次期政権の権力構造は、指名承認の公聴会(以下の表参照)を通じてより明確になる可能性が高く、それによって政権の通商政策の方向性も徐々に明らかになることが見込まれる。

 

 

◆トランプ次期政権の通商政策を占う上で重要な今後の行事

トランプ次期政権の通商政策を占う上で重要な今後の行事(出所:メディア情報などをもとに米州住友商事ワシントン事務所作成。 https://www.scgr.co.jp)

以上

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