トランプ大統領就任式

2017年01月23日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

米州住友商事会社 ワシントン事務所
事務所長 堂ノ脇 伸
シニアアナリスト 渡辺 亮司

 

トランプ大統領の就任演説をナショナルモールで聞く観衆(筆者撮影)
トランプ大統領の就任演説をナショナルモールで聞く観衆(筆者撮影)

 2017年1月20日(金)、ドナルド・トランプ大統領の就任式典がワシントンで行われた。街中では「Make America Great Again」と書かれた赤い帽子をかぶる全米各地のトランプ支持者を多く見かけ、9割以上が民主党支持者のワシントンはいつもと異なる雰囲気を醸し出していた。一方、都市部に住む多くの若者を中心に、オバマ前政権下で前進したリベラルな政策(環境、LGBT、医療保険など)の後退懸念、人種差別問題の悪化などの懸念から抗議活動が行われ、一部は暴徒化。就任式典の会場内でもトランプ支持者と反トランプ派がお互いを罵る場面が多く見られた。新政権の差し迫った課題は、選挙戦を通じ分断した社会をまとめること。トランプ大統領は就任演説で党派を越え、国民に政治の主権を戻すことを約束し国家団結を訴えた。しかし、大統領選後も社会分断を招く言動を繰り返している同大統領は、国民の信頼を取り戻すことができるかは不明であり、今後の政権運営のリスク要因として残る。

 

 

 トランプ大統領は就任演説で「米国第一主義」を掲げ、「忘れられた人々」と呼んだ白人労働者などの雇用拡大を公約。「貿易、税、移民、外交の全ての政策決定は、米国の労働者や家族に恩恵をもたらすことが前提となる。われわれの商品を製造し、企業を奪い、雇用を破壊する他国から国境を守らねばならない」と保護主義政策への傾斜を示唆。

 

 

 またトランプ政権は同日、ホワイトハウスのウェブサイトに各種政策綱領を発表。経済成長率は年率4%、今後10年間で2,500万人の雇用創出を目指すと発表。それを実現する手法として減税、規制緩和、そして国益に適った通商政策への改定を挙げた。通商政策ではTPP離脱、NAFTAの再交渉(相手国が応じない場合は離脱)、不公正貿易の取り締り強化を打ち出した。エネルギー政策ではシェール革命による雇用創出や経済発展を推進する一方、気候行動計画や水質保全法などの撤廃を公約。エネルギー生産によって得られる歳入をインフラ整備にあてると記載。石炭業界の復興を約束するクリーンコール技術を推進するとも発表。これらエネルギー政策で経済成長を拡大することを狙っているが、ワシントンの専門家の多くは現時点ではコモディティ価格が上昇せねば規制緩和などの効果は限定的とみている。また、通商政策についても技術革新やグローバル化といった時代の潮流に抵抗し、長年、雇用が縮小傾向にある製造業のような国内産業を保護主義政策で守ろうと試みたとしても、早晩、米国経済の弱体化を招く可能性が高いとみている。トランプ新大統領が変革をもたらすことに期待を寄せている支持者が現時点では多い。しかし、分断社会のもと、今後更なる支持率低下とともにいずれ共和党内の分裂が表面化し、政権運営は更に厳しくなる可能性も指摘されている。

 

 

大統領就任パレード-後方にそびえる塔がオープンしたばかりのトランプホテル(筆者撮影)
大統領就任パレード-後方にそびえる塔がオープンしたばかりのトランプホテル(筆者撮影)

 就任時としては過去最低の支持率で発足するトランプ政権については、これまでのソーシャルメディア等を通じた発言からも、通商や外交などで予測不可能な政策が繰り出される懸念が取り沙汰されるが、一方でこれまでの閣僚候補の指名公聴会を聞く限り、各閣僚候補からはある程度良識的とも受け取れる見解・発言も見受けられ(マティス国防長官によるNATOの評価やイラン制裁解除合意の遵守意向、ムニューチン次期財務長官候補のドル高容認姿勢など)、更にこれが政策の実行部隊である各行政府に下りていく過程ではより現実的な政策に変わる可能性もあることから、ことさら彼の一挙手一投足に振り回されることを懸念するべきではないという見方もある。また、新政権の当面の政策課題は有権者の支持獲得に直結する医療保険制度や税制の改革に向かうことが予想され、これらにおいては共和党議会との連携が不可欠であることからも共和党首脳部と対立を招く程の極端な政策は取りにくく、かかる意味では(トランプ氏の政策に対しては)議会がある程度牽制する役割を果たしていくことも期待されている。

 

 

 他方、上述した行政府では今後半年程度の期間で各省庁の次官補レベルまで、総勢4,000人弱ともいわれる政治任命ポストが政権交代に伴って交代していくが、この人選においてトランプ政権移行チームが様々な制約を課しているために指名プロセスが遅れること、このことがひいては今後数か月に渡って(特に安全保障面で)政治的な空白が生じる可能性、更には専門家不在によって中長期に行政の現場が迷走しかねないという懸念が当面ワシントンでの注目事項の一つとなっている。

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