トランプ政権の対「中国」強硬策は不可避:米通商法301条発動の真のリスク

2017年08月10日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

 国連の対北朝鮮制裁決議をはじめ北朝鮮問題で中国の協力を得ることを優先し、トランプ政権は2017年8月初め、通商政策で予定していた対「中国」強硬策の導入を先延ばしした模様だ。だが、米国がロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表のもと、早晩、中国の知的財産権侵害や技術移転問題について1974年通商法301条(以下、301条)に基づく調査を開始し、単独行動で圧力をかけることが予想される。今日、同分野で中国の国家資本主義に対抗することは不可避であることが欧米諸国・業界の共通の認識であるからだ。だが、301条で単独行動に出る米国が直面する真のリスクは、世界のフォーカスが本来解決を求められている中国の通商問題からトランプ政権の保護主義政策にシフトしてしまうことだ。

 

 

◆対「中国」通商政策はロス商務長官ではなくライトハイザーUSTR代表が牽引へ

米議会議事堂(奥)とトランプ国際ホテル(右の時計台)(筆者撮影)
米議会議事堂(奥)とトランプ国際ホテル(右の時計台)(筆者撮影)

 「通商交渉においてロス商務長官をはじめ商務省の経験不足、準備不足は明白であった」。2017年7月27日、米議会下院歳入委員会で米中包括経済対話の結果および安全保障を理由に輸入規制を図る1962年通商拡大法232条(以下、232条)について説明を行ったウィルバー・ロス商務長官のブリーフィングに出席した下院歳入委員会の職員が、後日、こう打ち明けた。2017年4月、フロリダ州の別荘マールアラーゴで米中首脳会談を行い合意した米中の貿易不均衡是正に向けた「100日計画」に期待感が高まっていたものの米中包括経済対話でほとんど成果を見出せなかった背景には、USTRと異なり商務省には通商交渉に慣れている人材がいなかったことが影響しているようだ。

 だが、米中通商交渉は転機を迎える兆しだ。今後、トランプ政権で対「中国」通商政策を牽引するのはロス商務長官ではなく、ロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表の可能性が高い。これまでライトハイザー代表があまり関与してこなかった背景は、他の閣僚より大幅に遅れ2017年5月まで議会で指名承認されなかったからである。ロス商務長官は同年2月に既に指名承認されていた。ライトハイザー代表そしてUSTRが保有する通商政策や通商法の経験や知識からも今後はUSTRが政権内の通商政策で影響力を拡大することが想定される。232条は商務省管轄であるものの、ライトハイザー代表を筆頭にUSTRが米中通商交渉の過程により関与してくる可能性をワシントンの通商専門家は指摘する。USTRによる301条調査は、政権の対「中国」通商政策がロス商務長官からライトハイザーUSTR代表へ移管されることの象徴となるだろう。

 

 

◆ライトハイザーUSTR代表の取り得る通商法301条。WTO違反でない可能性も。

 ライトハイザー代表が取り得る対「中国」通商政策を予想する上で、そのヒントになるのが(1)2010年に米議会の諮問委員会である米中経済安全保障調査委員会(USCC)で開催された公聴会、(2)2017年3月14日の指名承認公聴会におけるライトハイザー代表の発言に加え、(3)USTR代表就任前からライトハイザー氏によるインプットがあったとされる「2017年通商政策アジェンダ」の3点だ。

 2010年の米議会の諮問委員会である米中経済安全保障調査委員会(USCC)の公聴会でライトハイザー代表は「1980~90年代初頭、関税および貿易に関する一般協定(GATT)では問題が解決しない分野で他国の貿易慣行を誘導することを目的に米国は301条を頻繁に利用していた」と述べている。だが、1995年の世界貿易機関(WTO)発足とともに米国は301条の法修正を行い、認められていた多くの権限を自主的に放棄した。2017年3月14日の指名承認公聴会でライトハイザー代表は米議会に対し、「中国のような国そして産業政策に有効的に機能するようWTOは設立されていない」と語った。WTO紛争解決制度は分野が特定されてしまっているため、中国のような幅広い分野において国家資本主義を導入している国に対しては「われわれの保持するツール(法律)を利用せねばならない」とライトハイザー代表は語り、301条などの利用を示唆した。また2017年3月1日にUSTRが発行した「2017年通商政策アジェンダ」でも301条の利用に言及し、米国は中国に301条を利用して単独行動で貿易投資慣行を修正するよう圧力をかける見通しだ。これらを考慮すると、ライトハイザー代表はWTOに違反しない手法を探って遅かれ早かれ中国に対し301条を発動することが予想される(表参照)。

 

(表) 米国の中国に対する301条発動とWTOの関係(出所:経済産業省「2017年版不公正貿易報告書」、各種メディア情報を基に米州住友商事ワシントン事務所作成 (https:www.scgr.co.jp))*WTO違反であったとしても、トランプ政権は強硬に301条を発動する可能性あり。

 

 

◆301条の最大リスクは米国の保護主義政策に焦点がシフトすること

 今日、WTOでは取り締まることができていない中国の貿易投資慣行は多々ある。ハーバード大学法科大学院マーク・ウー准教授は、(1)国有企業、(2)競争政策、(3)サイバーなど3点の中国の問題行為について指摘している(2017年3月27日付記事参照)。ワシントンにあるシンクタンク情報技術イノベーション財団(ITIF)は「中国の重商主義を阻止:建設的・提携に基づく対決の政策」(2017年3月発行)と題する報告書で、外資系企業を不利な状況に陥れる一方、中国企業に経済的優位性の恩恵をもたらすよう中国指導部は組織的に市場介入していると指摘している。更にITIFは、「メイド・イン・チャイナ 2025」や「第 13 次 5 か年科学技術革新計画」をはじめ各種政策で近年中国政府はアプローチを強めている傾向にあると分析している。これらは米国に限らず、世界各国が近年、懸念を抱いている問題だ。

 ライトハイザー代表は1980年代、レーガン政権時にUSTR次席代表を務めていた際、対日交渉で301条を多用していた。その多くは交渉相手国を301条で威嚇し、自主規制協定(VRA)で最終合意に至るといった利用だった。ブルームバーグ紙(2017年3月13日付)は次席代表であった当時のライトハイザー氏の強硬な交渉姿勢を象徴するエピソードを紹介している。「鉄鋼輸入の貿易交渉が長引いていた中、日本側のオファーが気に食わなかったライトハイザー氏はオファーの紙を折り、紙飛行機にしてテーブルの反対側に座る首席交渉官に飛ばした」。その数日後、日本側が米国における鉄鋼市場占有率を引き下げることで合意したという。だが、ピーターソン国際経済研究所(PIIE)のチャッド・ボーン上級研究員は「今日の中国は1980年代の日本とは異なる」と断言する。政治面、軍事面で米中関係は当時の日米関係と異なるという。従って米中はVRAの合意に至らず、301条を導入する米国に対し中国が報復措置を発動することがリスクとして予想される。

 

真夏の夕立の後、ホワイトハウスにかかる虹(筆者撮影)
真夏の夕立の後、ホワイトハウスにかかる虹(筆者撮影)

 だが中長期的な真のリスクは、世界そして業界のフォーカスが中国の国家資本主義の問題からトランプ政権の保護主義へシフトしてしまうことだ。トランプ政権は長年発動していない232条といった通商法を利用することによって、国際的ルールを無視して世界各国と協調姿勢を取らずに米国の国益を最優先に通商政策を実施している印象を植え付けてしまった。ドイツのアンゲラ・メルケル首相が経済開発協力機構(OECD)で各国が連携して中国の鉄鋼過剰生産問題に取り組むことを推進しているが、ロス商務長官が懐疑的な姿勢も見せ、トランプ政権が単独行動に出ることもオプションに残した。その結果、中国の過剰生産問題よりもトランプ政権の保護主義政策にマスコミ報道のフォーカスがシフトしてしまった。301条についても同様の印象を招く危険性が高い。ボーンPIIE上級研究員は、米国が301条を発動すれば、「中国の不公正貿易慣行疑惑から、米国が創造し国際的に合意を取り付けた規則を自ら守ることができない点に世界の注目は移ってしまう」と警鐘を鳴らす (PIIE報告書「ならず者301:トランプ大統領はまたもや時代遅れの米通商法を引っ張り出すのか」(2017年8月3日発行))。

 

 「WTOに対するコミットメントは、宗教的義務ではない。国家主権を侵害しない(侵害しても良いと解釈されるべきではない)。そしてWTOの警察隊の強制に従うことはない」。前述の2010年公聴会証言書でライトハイザー代表はこのように述べている。ライトハイザー代表は、WTOではカバーされていない中国の国家資本主義問題に対し米国単独で301条の対策を導入するものの、これまで恩恵を享受してきたWTO体制を蝕むような保護主義政策を米国は決してしないといったことを関係国に印象付ける巧みな事前の根回しが必要である。北朝鮮問題が一段落し、再び米中通商問題が浮き彫りになる頃、対「中国」通商政策で301条など強硬策を検討することが大いに予想され、米通商政策を牛耳るライトハイザー代表の手腕が試されることになるであろう。

 

 

(参考)

通商法301条の概要

 1995年のWTO発足とともに米国は301条を修正し、それまで同条項で認められていた多くの権限を自主的に放棄した。更にはWTOで規定されている分野の不公正貿易慣行はWTO紛争解決制度で対処し、一方的に301条による貿易救済措置を発動しないことをコミット。だが米国はWTOでは規定されていない分野で不公正貿易慣行があると判定した後、協議の末解決しない場合、301条で一方的に各種貿易救済措置を発動する権利をいまだに保有している。ボーンPIIE上級研究員は「(301条は)学校でいじめられている子が、校庭でいじめっ子を自ら追っかけて頭の上から弁当箱で叩きつけて単独で対抗するようなもの。一方、(WTO紛争解決制度は)いじめられている子供が校長先生にいじめっ子について言いつけにいって調査をお願いしにいくようなもの」と描写。

 

●通商法301条発動の根拠

米国が捉える違反行為(出所:通商法301条を基に米州住友商事ワシントン事務所作成 (https:www.scgr.co.jp))

 

●調査開始に至る3つのケース

(1)企業・団体などによるUSTR提訴で調査を開始するケース

  • 外国市場で不公正貿易の行為に晒されている企業・団体などがUSTRに提訴。
  • USTRは提訴を受理後45日以内に調査開始について判断。

(2)USTRが独自の判断で調査を開始するケース

  • 該当する業界の諮問委員会(advisory committee)と相談した上で、USTRは独自の判断で調査開始が可能。

(3)大統領がUSTRに調査開始を指示し、USTRが調査を開始するケース

 

●調査開始後のプロセス  

調査開始から1年以内に調査を終了し判断。調査開始の初日、USTRは当該国に対し協議を要請することが義務付けられている。

 

●当該国との協議期間

補助金問題、二国間問題の場合は12か月以内、貿易協定違反の場合は18か月以内。ただし、知的財産権問題については6か月以内。いずれも協議が妥結しない場合、報復措置が発動される。なお、貿易協定違反に関わる案件については、協議期間内あるいは協議開始から150日以内に妥結しない場合、早い方の日程で紛争解決制度を通じて対応(中国のように米国と二国間貿易協定が存在しない場合、WTO紛争解決制度を活用)。

 

●報復措置発動の最終決定者・機関

USTRが調査後、WTOではカバーされていない分野で不公正貿易慣行が行われていると判定した後、協議の末解決しない場合、一部の例外(報復措置発動によって安全保障を損なう、米国経済への多大なる損害をもたらすなど)を除き、USTRの判断に基づき報復措置を発動。ただし、このような例外措置があることから最終的な判断は大統領が保持。大統領はUSTRの判断を覆すことが可能。

 

●米国が発動し得る報復措置

301条に基づき米国政府が発動し得る措置としては、関税引き上げやその他輸入規制、貿易協定で供与している恩恵を中止、米国の貿易に関わるあらゆる負担を取り除くことなどが挙げられる。301条による報復措置の金額は、対象国による米国のモノあるいはサービスの貿易被害額相当でなければならない。商務省国際貿易局が(米国の産業・消費者・労働者への被害を最低限に留めることが可能な)米国側で関税を引き上げる報復措置対象品目を選定し、米国際貿易委員会(ITC)が報復措置の金額を計算。そして通商法301条発動や調査を統括しているUSTRが議長を務め、関係省庁が委員の「301条委員会(Section 301 Committee)」で措置を決定。

 

以上

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