トランプ政権の通商政策:初年度の総括と2018年見通し

2018年01月10日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

霧に包まれるホワイトハウス(筆者撮影)
霧に包まれるホワイトハウス(筆者撮影)

 2017年1月のトランプ政権発足以降、通商政策では環太平洋経済連携協定(TPP)離脱以外にこれまで目立った保護主義的な政策執行は見られていない。トランプ大統領は就任後、選挙で公約した中国の為替操作国認定をいまだ行っていない。同様に対中国で45%、対メキシコで35%の関税を導入するまでに至っていない。だが、通商コンセプトという根底部分でトランプ政権は過去の政権から大幅な方向転換を掲げている他、通商法の執行厳格化の動きも見られ、米通商政策は確実に地殻変動が起きている。従来、米政権が超党派で推進してきた自由貿易に対し、現政権は重商主義的な「ゼロサム思想」へシフトした。2018年初旬以降、通商関連の調査結果に基づく対策が次々と実行されることでトランプ政権の強硬な保護主義的側面がようやく浮き彫りになり、米産業界に激震をもたらすことも懸念されている。

 

 

◆2017年、米通商政策に地殻変動、忍び寄る保護主義で高まるビジネスの不確実性

 トランプ政権下、在米企業にとっての最大リスクは保護主義的な方針や政策が多々打ち出されていることによって、ビジネスの不確実性が高まったことだ。トランプ大統領の保護主義政策を公的な場で推進する行為はハーバート・フーバー政権(任期:1929~33年)以来になるとロバート・ゼーリック元USTR代表は指摘する(フィナンシャルタイムズ紙、2017年8月22日付)。米国憲法第1 章第8 条によると、議会は「諸外国との通商を規制する」権限を有する。議会共和党指導部は自由貿易推進派が占め、トランプ政権による過度な保護主義政策には抵抗を示すことである程度は抑制機能が働いている。だが、議会は長年、各種法案を可決して通商権限を行政府に委譲してきたことからトランプ大統領は北米自由貿易協定(NAFTA)離脱通知発行や長年利用されてこなかった通商法の執行厳格化など強硬策を導入する通商権限を保有し、ビジネスにとっての不確実性が高まっている。つまり、今日、トランプ政権の通商コンセプトの軌道修正、政治問題化、世界貿易における米国のプレゼンス低下などが不確実性を高め、既に在米企業の活動に影響を及ぼし始めている。

 

(1)通商コンセプトの軌道修正

 トランプ政権の通商政策は重商主義的な「ゼロサム思想」に基づいている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙のグレッグ・イップ経済担当チーフコメンテーターは、トランプ大統領は通商政策について「ニューヨークの不動産業と同じ勝ち負けの世界だと考えている」と語っている。つまり、これまで米国は自国にとって不利な貿易協定を締結してきた結果、(貿易の勝敗の物差しである)貿易赤字が拡大し、米国は負けているとトランプ大統領は捉えている。例えばNAFTA再交渉においても、カナダ、メキシコ両国は貿易投資拡大で全ての北米諸国が恩恵を享受する「ウィン-ウィン-ウィン」を狙っているのに対し、トランプ政権は米国だけが勝利することにしか関心を示していない。過去の政権も輸入よりも輸出を重視する通商政策を推進してきたが、トランプ政権で異なるのは貿易赤字、特に2国間の貿易赤字を最重視している点だ。

 

(表1) 米商務省が監視するモノの貿易赤字大国(16カ国)2016年に米国のモノの貿易赤字100億ドル以上の国(出所: 米国勢調査局データを基に米州住友商事ワシントン事務所作成 (https://www.scgr.co.jp/))

 トランプ政権の通商政策における貿易赤字に対するこだわりは政権幹部の話の節々で感じられる。ある米商務省高官によると、商務省内で開催されている同省幹部の会合は毎回、ウィルバー・ロス商務長官に対し(1)米国が100億ドル以上抱えるモノの貿易赤字大国16か国(表1参照)、(2)通商法の執行状況の2点について報告することから始まるという。貿易赤字削減を重視する政権の姿勢はUSTR内でも共通しており、NAFTA再交渉にもあてはまる。交渉に携わるあるUSTR職員によるとトランプ大統領はライトハイザーUSTR代表に対し、NAFTA再交渉の最優先事項として貿易赤字削減を指示しており、政権内ではその目標を達成できる合意こそが交渉の「勝利」と位置付けているという。

 今日、貿易赤字はマクロ経済の結果であり、通商政策では解決できないといった見解はエコノミストの間で一致している。ダートマス大学のダグラス・アーウィン経済学教授はトランプ政権の通商交渉の問題点は、貿易の「ルール」ではなく「結果」を交渉することによって1980年代に米国が貿易赤字を懸念し対日貿易で行ったような管理貿易政策に走ることと指摘する。例えば本来は他国の市場アクセスを交渉するべきであるのが、貿易収支を交渉していることを問題視している(ウォールストリートジャーナル紙、2017年12月15日付)。

 重商主義的な「ゼロサム思想」に基づくトランプ政権の通商交渉では米国が少なくとも国内向けに勝利宣言できる内容を得られなければ交渉妥結に至らない。従って、NAFTA再交渉、もしくは米韓FTA再交渉では交渉相手国の抵抗などにより交渉決裂のリスクが常につきまとい、ビジネスの不確実性が高まっている。なお、米国にとって最も重要な貿易相手国のカナダ、メキシコとのNAFTA再交渉でさえ米国が「毒薬条項」提示など「ゼロサム思想」で一方的な交渉を進める様子を見守っている世界各国は今後、米国から新たに自国との2国間FTA交渉の要請があったとしても応じないことが予想される。

 

(2)通商のポリティサイゼーション(政治問題化)の進展:主に中国に対し貿易救済措置拡大

 トランプ政権下、通商の政治問題化が進展した。既存の通商法の執行厳格化は、これまでも多くの政権が取り組んできており、オバマ前政権も例外ではなかった。だが、トランプ政権では発足以降、特にラストベルト地域の製造業や鉄鋼業などへの支援をアピールするため、関連業界からの貿易救済措置の提訴を歓迎し、米業界を保護する姿勢を従来以上に強めている点で過去政権と異なる。これまで担当省庁が日常業務の一環として行ってきた貿易救済措置も、トランプ政権下ではより多くの国民の目に留まるよう政治の表舞台に登場するようになった。公式プレスリリースで商務長官自らが毎回、調査結果を大々的に称賛するといった行為は過去には見られなかったことだ。本来中立であるべき商務省のアンチ・ダンピング関税(AD)、相殺関税(CVD)の審査は、過去の政権でも政治的な影響を受けてきた。だが、トランプ政権下では政治的な影響が明らかであり、業界が保護主義的なAD/CVD提訴をしやすい環境を同政権は醸成している。数値にもその影響は明確に表れている。2017年、商務省によるAD/CVD調査開始件数は計23件に上り、2001年以来の最多である。

 なお、2017年11月、商務省が中国製アルミニウム製品に対するAD/CVDについて自主調査を開始したことからもトランプ政権下での通商の政治問題化が顕著に表れている。商務省による自主調査だが、ADは32年振り、CVDは26年振りである。今後、他の品目でもAD/CVDについての自主調査が行われる可能性を通商専門家は指摘する。自主調査はWTO違反ではないが、商務省の結論ありきの調査実施で、貿易救済措置プロセスの政治問題化と一般的に捉えられている。

(表2)大統領権限で発動があり得る保護主義的な通商上の執行措置の強化(出所:米商務省、米議会調査局、ホワイト&ケース法律事務所、ピーターソン国際経済研究所の資料などを基に米州住友商事ワシントン事務所作成 https://www.scgr.co.jp)

 

 トランプ政権下、AD/CVD以外にも、長年利用されてこなかった通商法に基づく調査が多数開始されている(表2)。対象の多くは中国が標的となっている。2018年1月以降、多数の調査結果が大統領に報告される予定だ。2018年1月30日、トランプ大統領は一般教書演説を予定しており、その前に支持基盤の白人労働者階級にアピールすることを狙い、大統領はこれら調査結果に基づく保護主義的な対策を発表する可能性が高い。大統領が対策を発表後、2018年は長年利用されてこなかった通商法に基づく貿易救済措置の申し立てが他の業界でも見られる可能性も通商専門家の間では指摘されている。

(表3)トランプ政権発足後に発行された通商に関わる大統領令・覚書の現状と見通し(出所:大統領令、大統領覚書、インサイドUSトレード誌などを基に米州住友商事ワシントン事務所作成 https://www.scgr.co.jp)

 現政権下、ビジネスにとっての不確実性を更に高めているのが、通商に関わる大統領令や覚書だ。トランプ大統領が指示した調査の多くが既に期限を迎えているが、これら調査結果をもとに大統領権限で実行可能な貿易投資政策の発動(表3)が懸念されている。

 

(3)世界貿易における米国のリーダーシップ欠如と孤立化

トランプ政権は発足以降、多国間FTAではなく2国間FTA締結を目指す方針を貫いている。従来の米政権では何れの党もNAFTA、TPP、中米自由貿易協定(CAFTA)、環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)、米州自由貿易地域(FTAA)、WTOなど多国間の通商交渉を行ってきた。トランプ政権はTPP離脱後、TPP加盟国とは個別に2国間FTA締結の考えを表明している。しかし、現状、TPP11が前進する一方、米国はTPP加盟国と2国間FTA交渉を新たに始めることが出来ておらず、本来は米国が環太平洋地域でTPP発効によって得られていた市場を獲得できず、機会損失が生じている。米国が「ゼロサム思想」を棄てない限り、世界貿易において米国は孤立化が進むリスクが高まっている。

 

 

◆2018年、通商法の執行厳格化に本腰を入れるトランプ政権:米中貿易摩擦の表面化

 2017年12月の税制改革法成立によって、今後、トランプ政権は通商にフォーカスをあてるとの憶測が広まっている。これまで税制改革法案審議の過程で議会共和党との関係悪化を懸念し保護主義政策をトランプ大統領は控えてきたとも言われている。前述の通り、2018年1月以降、様々な通商関連調査が締め切りを迎える中、トランプ政権の通商政策は脚光を浴びる模様だ。

 NAFTA再交渉、米韓FTA再交渉は米国の一方的な要望で暗礁に乗り上げ、進展が限られることが予想される中、トランプ政権はより早期に成果を見出すことが可能な通商法の執行厳格化(表2)に焦点をあてることも考えられる。対「中国」通商政策では北朝鮮問題で中国の協力を得るためこれまで考慮していたことをトランプ大統領は述べているが(ニューヨークタイムズ紙、12月28日付)、2018年は米中貿易摩擦が避けられない事態に発展することが予想される。オバマ政権ではTPPという多数の国からなる自由貿易圏の巨大市場を構築し囲い込むことによって中長期的に中国の国家資本主義政策を変えようとする戦略を推進した。だが、TPP離脱と同時にトランプ政権ではその戦略を捨てた。中国で各種貿易投資問題に直面している米企業の要請でトランプ政権は、早晩、中国に対する通商法の執行厳格化を実行に移すであろう。つまり、トランプ政権は中国を単独で脅すことによって中国の国家資本主義政策を変えようと試みる。だが、中長期的なリスクは、米国の単独行動によって本来、解決を求められている中国の国家資本主義の問題からトランプ政権の保護主義政策に世界のフォーカスがシフトしてしまうことだ(2017年8月10日記事参照)。それによって、中国による重商主義的な「メイド・イン・チャイナ 2025」などの国家資本主義政策推進を世界が見過ごし、戦後、米国が主導し推進してきた自由貿易を主軸とした世界貿易体制が蝕まれることになりかねない。TPPが合意に至った2015年10月、オバマ大統領は「中国のような国に世界経済の規則を書かせてはならない」と訴えた。だが、米国のTPP離脱によって、アジア太平洋地域では「貿易の重力モデル」に基づき自然と中国との貿易量が拡大する近隣諸国に対し、中国の貿易ルールが影響を及ぼすことが予想される。米中貿易摩擦が拡大する一方、アジア太平洋地域での米国のプレゼンス低下が懸念される。

 

 

◆日本勢含め中国勢以外も通商面で安全とは言えない

 トランプ政権の通商政策の主な標的は前述の通り米国の貿易赤字の約半分を占め、国家資本主義政策で貿易摩擦が生じている中国である。だが、保護主義政策に寛容な同政権下、日本企業をはじめ中国以外の国籍の企業も米国企業の標的となるリスクは依然として存在する。ワシントンの一部の専門家の間では、トランプ大統領と安倍首相の良好な関係から通商面で日本がターゲットになることはないとの分析もある。だが、通商専門家の間では引き続き、日本も注視すべきといった見方も多い。前述のゼーリック元USTR代表も首脳の訪問だけで、トランプ大統領の標的から日本は免れたと思ったら間違いだと指摘している。日本はトランプ政権が重視する米国のモノの貿易赤字で上位にランクインしている(2016年は通年で中国に次ぐ2位、2017年は第1~3四半期で中国、メキシコに次ぐ3位)。 2018年以降、米国経済の成長加速などによって貿易赤字が拡大し、トランプ政権の保護主義スタンスが強化されるリスクもある。更にはTPP11の発効やEUをはじめ世界各国でFTA締結の動きがある反面、新たに2国間FTAをひとつも締結できずにいる米国が保護主義政策を強めるリスクもある。日米経済対話で成果が出ずに時間だけが経過した場合、米国の対日圧力が高まることを指摘する通商専門家もいる。なお、日本製チタンスポンジのAD/CVD案件のように、既に一部の日本企業をターゲットとした貿易救済措置の提訴は2017年に見られ、個別品目で日本企業に悪影響をもたらす提訴は今後も続くことが予想される。従って、米国でビジネスを行う日本企業は安心してはいられない。以前から利用されてきたAD/CVDなどの貿易救済措置については超党派で支持されており、議会も政権による同措置の執行厳格化に基本的には賛成だ。更にはオバマ政権下、成立した2015年貿易優遇延長法(TPEA、2015年6月発効)や2015年貿易円滑化及び貿易執行法(TFTEA、2016年2月発効)によって、商務省、国際貿易委員会(ITC)、米国国土安全保障省 税関・国境取締局 (CBP) の執行機能強化が図られている。同法によって、AD/CVD判断や業界への被害認定などにおいて政府当局の権限が拡大している中、2017年4月、韓国製OCTG(油井管)の行政レビューで商務省はTPEA504条(「特殊な市場状況」条項)に基づき関税引き上げを決定するといったケースもある。従って国内産業にとっては提訴するインセンティブも高まっており、2018年もこれら新法を根拠とした提訴・審査が続く可能性がある。

 

 

◆未知の領域に足を踏み入れる米通商政策

 第1次世界大戦(1914~18年)の終結から1世紀経過した2018年、米国は100年前と同様に通商政策で重大な局面に差し掛かっている。1918年1月、第1次世界大戦末期にウッドロウ・ウィルソン大統領(民主党出身)は、大戦後の世界秩序の構想などを含む「14か条の平和原則」を発表した。同原則の第3条では経済障壁を可能な限り撤廃し、平等な通商関係の確立を訴えた。だが、同年11月の中間選挙で共和党が勝利し多数派を確保したことで議会が反自由貿易にシフトし、1920年代の関税の引き上げ、1930年のスムート・ホーリー法成立といった保護主義政策の最盛期に米国は突入し、その後の第2次世界大戦勃発に至った。

 

 2018年初旬以降、トランプ政権の保護主義政策の導入が米産業界に激震をもたらす可能性がある。更には世界貿易体制における米国のリーダーシップの欠如そして孤立化の動きは、今後、米国の国際競争力にも悪影響をもたらすといったリスクも想定される。だが、第2次世界大戦以降、構築されたWTOなど世界貿易体制の崩壊リスクは低い。今日、WTOの紛争解決パネルは機能しており、1世紀前とは状況が異なる。トランプ政権はWTOは米国の国益に適っていないと批判するものの、紛争解決パネルの重要性を認識している。また、米国、日本、欧州が連携しWTOを通して主に中国の貿易慣行の是正などの対策を行う新たな取り組みが、米国の中国に対する単独行為を回避あるいは和らげる可能性も出てきている。だが、トランプ政権下、今後、通商政策で様々な保護主義的な政策が実行に移され、NAFTAと米韓FTAの再交渉では米国の「ゼロサム思想」によって交渉は行き詰まり、外資系企業も含む在米企業にとってビジネスの不確実性はますます高まる可能性が高い。在米企業からのロビー活動も通商面で活発化の兆しが見え、それを受けた議会、州知事なども政権の過度な保護主義政策の抑制に積極的になることが予想される。2018年、国内外からトランプ政権の通商政策に抵抗が見込まれる中、米通商政策は未知の領域に足を踏み入れる。

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