コモディティ・レポート 2016年9月号 ~世界情勢には我関せずの夏枯れ相場~

コモディティ・レポート

2016年09月07日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 

 

経済部 シニアアナリスト 鈴木 直美
経済部 シニアアナリスト 舘 美公子

 

 

 7月は、英メイ首相の就任、仏ニースのテロ事件、米ダラス銃撃事件、トルコのクーデター未遂、米トランプ氏の共和党代表確定など、政治社会面で大きな動揺が生じた。世界が直面するイスラム過激派のテロ、ポピュリストの台頭、反グローバリゼーションなどの課題が短期間で一気に表面化する異常事態だったといえる。だが、国際商品市況はこうした不穏な空気を尻目に、マクロ環境よりも個別商品の需給を反映した方向感のない値動きをみせた。金融市場も、夏枯れのなか7月、8月と米株式市場が立て続けに史上最高値を更新したが、マイナス金利で行き場を失った投資資金の流入による消極的な動きであり、リスクオンと形容するには勢いのない展開となった。

 

 なお、市場を不安定化させるとして懸念された6月末のBrexit(英国のEU離脱)については、当初予定より2か月早く新首相にメイ氏が就任し、離脱手続きを年内に行わないと明言したことで混乱は一旦沈静化した。だが、ラガルドIMF専務理事は、9月4日のG20を前に「Brexitによる大きな危機は生じておらず、商品価格も多少持ち直してはいるが、潜在成長力や生産性などに注目すると、望ましいシグナルは見られない」とし、7月に続き10月初旬の世界経済見通し改訂でさらに下方修正を加える可能性を示唆している。ラガルド氏はG20に対し、金融緩和の継続やインフラなどの公共投資を進めることを要請しているが、商品需要についても主要国の需要喚起や貿易支援など政策頼みの状態が続くとみられる。なお、IMFが7月に発表した世界経済見通しでは、2016年および2017年の世界経済成長率は其々0.1%ポイント下方修正し、3.1%、3.4%とした。先進国についてはBrexitが経済・政治・制度面に大きな不確実性をもたらすとして下方修正、新興国については、景気刺激策を推進する中国、最悪期を脱したロシア・ブラジルの経済見通しが引き上げられたが、政治情勢の混乱が継続する南アフリカ・ナイジェリアは更なる見通し引き下げが行われた。

 

 商品市場は、前述のとおりバラつきのある方向感のない展開となった。最も弱含みで推移した農産品市場は、大豆・トウモロコシが天候懸念の解消で7~8月にかけ20%近く下落、トウモロコシは315セント/ブッシェルと2009年以来の安値をつけた。また小麦も世界的な供給過剰で10年ぶりに4ドル割れとなった。原油は、7月まで下落基調が続いていたが、8月に突如OPECの増産凍結期待が再燃し、ブレント原油は一時50ドルまで回復した。だが、相場材料に乏しいなかで増産凍結に過剰反応した感は拭えず、市場参加者が夏休みから復帰した8月末以降は再び供給過剰が意識され軟調推移に戻っている。貴金属市場では、リスク回避姿勢が緩んだため金・銀が高値から値を下げ、プラチナ・パラジウムは供給不足懸念が蒸し返され上昇したが、その後反落している。鉄鉱石・鋼材価格は高止まりし、原料炭は減産や供給障害で思わぬ高値をつけたが、非鉄金属は大きな需給変化がないまま銅・アルミが軟調推移、亜鉛が上昇を続けるなどファンダメンタルズに基づく商品選別の傾向が続いた。

 

 7~8月は夏らしい閑散とした相場となったが、秋以降はイベントが目白押しとなっており、波乱含みの展開になる可能性が高い。9月の米利上げの有無、10月から債務返済の山場を迎える産油国ベネズエラ、イタリアの国民投票、11月の米国大統領選など、市場がどのテーマを材料視するかが注目される。また、8月末以降、モンゴル通貨危機、エジプトのIMF支援要請、政治混乱による南アランドの急落、資源価格下落によるナイジェリア、チリの通貨下落など、新興国の不安定な材料が相次ぎ浮上しており、今後市場が予期しない形でリスクが顕在化する可能性もある。

 

CRB指数 vs. ドル指数(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 

IMF経済見通し(出所:IMF, WEO, 2016.7より住友商事グローバルリサーチ作成) 

 

 

原油(ドル/バレル)

 

原油(ドル/バレル)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 9月末のOPEC非公式会合を挟んで値動きの荒い展開になる可能性はあるが、基本的には製油所がメンテナンスに入る不需要期にあたることから引き続き40~50ドルでの推移となる見込み。原油価格の回復にとって製油所の稼働率が落ちる秋の間に積み上がった石油製品在庫をどれだけ解消できるかは重要であり、特に新興国の需要に注視が必要。供給面では、OPEC産油量は7、8月と過去最高を記録、リビア・ナイジェリアの供給障害を湾岸諸国がカバーしており、今後も安定して推移する見込み。

 

 

金(ドル/トロイオンス)

 

金(トロイ/オンス)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 金は短期的な調整安余地はあっても、地合いは底堅い。米FRBの9月利上げ判断は難しくなったとはいえ、今後の政策余地を作るためにも緩やかな金融正常化を模索している状況に変わりない。だが自然利子率低下で利上げの着地点自体が低くなっている。また第2四半期の金需要は2期連続の大幅増となったが、牽引役となった投資需要が足元で鈍化。リサイクルやヘッジ売りも増加しているが、インドの季節需要や、世界的低金利を敬遠する投資資金の流入が下支えとなる。

 

 

ニッケル(ドル/トン)

 

ニッケル(ドル/トン)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 7月以降に水準を切り上げたニッケルは年前半の水準に回帰せず堅調を保つと予想する。需給バランスは供給不足。これまで生産コスト割れによる減産の有無や生産障害、フィリピンの環境基準強化等、供給面ばかりに焦点が当たってきたが、中国のステンレス生産が好調で2016年のニッケル需要は6%近い増加ペースだ。またインドネシアは2014年に新鉱業法施行後、鉱石を禁輸しているが、フェロニッケル供給が増加し輸出品目が変化。フィリピン政府内でも鉱石禁輸・国内付加価値化義務に向けた法改正の議論が改めて浮上しつつあり政策動向も注目される。

 

 

小麦(セント/ブッシェル)

 

小麦(セント/ブッシェル)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 潤沢な米国・世界在庫と世界的な豊作見通しが圧迫要因となっていたが、材料出尽くしで揉み合いを予想する。現在、北半球で小麦の収穫が進んでいるが、豪雨に見舞われたフランスとドイツ以外概ね生育に適した気候に恵まれ豊作になるとみられている。特にロシアの生産量はソ連崩壊後最高になる見通しで、小麦輸出関税の期限付き免除が決定されたこともあり輸出競争は一層の激化が懸念される。一方で支援材料としては、需給逼迫に直面するインドの輸入急増の可能性が挙げられる。

 

 

主要商品年初来騰落率(%)

 

主要商品年初来騰落率(%)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

◆セクター別年初来推移[S&P GSCI]

 

セクター別年初来推移[S&P GSCI](出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

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