斜めのハンコが消えた

2020年10月29日

代表取締役社長
須之部 潔

 菅義偉新政権のもとで、行政手続き改革の目玉として書面・押印主義の廃止など「脱はんこ」の動きが加速している。われわれ民間企業においても新型コロナウイルスが流行して在宅勤務に軸足を置いて以降、経理処理の伝票や稟議(りんぎ)書など、あらゆる社内文書で、一部は暫定的ではあるが電子認証システムの利用が広がった。

 

 今後、新型コロナの感染が収束するとともに元の働き方に戻っていく面もあろうが、距離の制約を超えて瞬時に処理できる効率性を実感した以上、このようなシステムの利用は続けていくだろう。ただし利用を恒久的なものにしていくためには、関連する法律の改正などが必要な場合もあり、政府の取り組みには期待するところである。

 

 一方で電子認証システムの課題もいくつか感じ始めている。限られた経験に基づく意見ではあるが、添付されている伝票や稟議書の本文、あるいはその関連書類は、クリックしてファイルを開かないと閲覧できなかったり、認証にいちいちパスワードを求められたり、いささか手間がかかる。

 

 その手間を面倒臭がり、添付を開いて稟議書や関連書類の内容を確認せずに認証してしまうのは論外だが、閲覧した場合でも、紙をパラパラめくって目を通すのに比べると一覧性に劣る。では「一度印刷して」となると、それこそ本末転倒の話。今後、ソフトの改良や利用者の慣れに伴い、このような課題は改善されるとは思うが、注意したい点である。

 

 筆者が社会人生活を始めた頃には「この案件、気に入らないのでハンコは斜めに押しておいたよ」と言う先輩がいた。電子認証の場合には、まっすぐの印影しか残らないので、そのような形での意思表示は不可能である。それはそれでちょっと寂しいと思う。

 

2020年10月29日 日本経済新聞 夕刊 5ページ(十字路)掲載

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