中国のイノベーション政策

2016年05月18日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
片白 恵理子

 中国は第13次5か年計画でイノベーションを最重要課題の一つとして取り上げている。中国は1970年代末に改革開放に転換後、低賃金の労働者による産業、いわゆる労働集約的産業の発展により高度成長を持続してきた。しかし、賃金が上昇し今までの成長モデルではこれ以上の経済成長は期待できない。そのため、中国政府は生産性を向上させるためには資本・労働の投入以外の成長ドライバーであるイノベーション(技術革新)が必須であるとし、新常態(ニューノーマル)を保ちながら構造改革を進めつつある。そこで、第13次5か年計画のイノベーションによる発展目標・主要指標とそれを達成するための理念(ビジョン)と戦略、具体的なイノベーション戦略を以下簡潔に解説する。

 

◆第13次5か年計画のイノベーションに関する発展目標と主要指標

 第13次5か年計画は、2016~2020年の中期社会経済計画であり、全文は20篇80章とコラムで構成されている。第13次5か年計画の第1篇総論第3章に発展目標として、(1)経済発展、(2)革新駆動(イノベーションドライバー)、(3)民生福祉、(4)資源環境の4分野が記されている。第12次5か年計画では、(1)経済発展、(2)科学技術・教育、(3)資源環境、(4)国民生活であったのと比べると第13次5か年計画では2番目にイノベーションが位置づけられておりいかに重要視しているかがうかがえる。発展目標には数値化された指標が設定されており、指標の属性には市場メカニズム等を通じて達成を期待する予測性のものと政府が各施策を実施することによって目標の達成に責任をもつ拘束性のものの2種類がある。

 

図表1 第13次5ヵ年計画期間の経済発展・革新駆動(イノベーションドライバー)分野における主要指標 (出所:各種資料及び報道より住友商事グローバルリサーチ作成) 

 図表1は(1)経済発展と(2)革新駆動(イノベーションドライバー)の2つの分野の主要指標である。まず(1)経済発展分野において革新的なのは、新たな指標として労働生産性が導入されたことである。これは、イノベーションによりモノやサービスの質が改善され労働生産性が向上することによって経済が成長することを目指しているため、具体的な数値を設定したものである。そこには、2016年から2020年までの5年間で年平均労働生産性の伸び率が6.6%以上(予測性)に設定されており、実質GDP成長率6.5%以上(予測性)に沿った数値であるがそれよりやや高い伸び率の目標となっている。その理由として、2017年の初めごろから労働人口が減少すると予測されており、実質GDP成長率の目標を達成するためには、1人当たりの労働生産性の引き上げが必要になるからである。(2)革新駆動(イノベーションドライバー)分野をみると、2015年から2020年で、研究開発費の対GDP比を2.1%から2.5%、1万人あたりの発明特許保有量を6.3件から12件、科学技術の経済成長に対する貢献度を55.3%から60%としている。更に初めてインターネット普及率が主要指標に加わり固定ブロードバンド家庭普及率を2015年から2020年で40%から70%、移動ブロードバンド普及率を57%から85%まで引き上げることが盛り込まれている。研究開発において、民間企業による研究開発費の貢献度が76.6%を占めるため、より一層の民間企業による研究開発が促進されることが期待されている。

 

◆第13次5か年計画におけるイノベーション理念と戦略

 上述の第1篇総論第3章に続き、第4章では発展目標の達成、発展難題の解決、発展の優位性を実現するための5大発展理念、①革新、②協調、③緑色(エコ・環境)、④開放、⑤共有、を推進することが示されている。ここでも革新がまず挙げられている。そこには、新しいタイプの工業化、情報化、都市化、農業近代化を同時に進めることにより全体的な発展を強化していくことが述べられている。

 

 第2篇では革新駆動の発展戦略の実施について記載されている。そこでは、最先端分野で、行政・産業・大学・研究機関が一体となってイノベーションネットワークを最適な形で築くとともに、学問等を通しイノベーションの基礎能力向上を促進することなど全体的な構想が記されている(図表2)。

 

図表2 第13次5ヵ年計画の主なイノベーション関連項目 (出所:「第13次五カ年計画」より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

◆具体的なイノベーション戦略

 第13次5か年計画を推進するにあたり、具体的なイノベーションの戦略として「インターネットプラス」と「中国製造2025」が注目されている。「インターネットプラス」とは、インターネットと既存産業を結合し、新たなビジネス分野の開拓を目指すものであり、ネット販売やインターネット金融などがそれにあたる。「中国製造2025」はこれまでの「製造大国」から情報化と工業化の高度な融合により製造業のスマート化を進め「製造強国」への転換を目指すものである。「中国製造2025」では10の分野(①次世代情報技術②高度なデジタル制御の工作機械とロボット③航空・宇宙設備④海洋エンジニアリング設備とハイテク船舶⑤先進的な軌道交通設備⑥省エネ・新エネ車⑦電力設備⑧農業機械⑨新材料⑩バイオ医薬・高性能医療機器)が重点分野として挙げられている。

 

 その他の最近の動きとして、ロボット産業の育成と普及を積極的に図っており、2016年4月には5年以内に中国独自の充実したロボット産業システムの構築を目指した「ロボット産業発展計画(2016~2020)」が中国工業情報化省、発展改革委員会、財政省から通達されている。また、既存の国家自主イノベーションモデル区、ハイテク産業開発区の他に新たに多くの両区を築き上げ全国拡大を早急に進めている。特に上海では、3年間の先行パイロットとして、上海科学技術イノベーションセンターを建設し、起業やイノベーションを奨励する税制優遇措置、投融資連携などの金融面での革新、株権利委託取引市場、新型産業技術の研究開発の組織、外資ベンチャーキャピタル管理の簡素化などが進められる予定である。また、中国国家科学技術部は、スウェーデンとイノベーション戦略パートナーシップを締結するなど同分野で他国とも協力関係を構築しイノベーション能力の強化を図っている。 

以上

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