静かに進むアルミ市場の構造変化

2016年11月07日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

中国主導のアルミ価格上昇

 

 2016年10月、上海アルミ先物価格は2年ぶりに高値に到達。中心限月の2016年12月限はトン当たり14,285元と月間で14%もの上昇となり、LME価格の上昇を主導した。これまでアルミ市場では在庫過剰と中国の過剰生産、貿易摩擦ばかりに注目が集まりがちだったが、中国主導で思わぬ高値を示現したことで、静かに進んでいた構造変化とその影響に市場の関心が向き始めている。

 

 

◇ 中国国内での生産地・生産形態のシフト

 

 中国のアルミ生産と言えば、数年前までは「高コスト」の印象が強かった。だが近年、高コストの旧式設備は軒並み閉鎖され、石炭産地の山西省・新疆・内モンゴルなど内陸部に高効率の巨大製錬所が立ち上がったことで、中国は世界の中でもコスト競争力の高い生産国へと変貌を遂げた。自動車など輸送機向けの需要拡大の追い風もあり、同国アルミ生産は飛躍的に拡大している。また2010年時点で40%以下に過ぎなかった自家発電によるアルミ製錬は、2015年には62%まで増加し、アルミ生産コストの大きな部分を占める電気代の低減に寄与。さらに中国政府はエネルギー消費とCO2排出削減のため、川下生産者に対してアルミ地金を溶解する代わりに溶湯(液状)アルミまたは付加価値品を使うことを奨励していることから、製錬所も地金生産からシフトし、近隣の川下工場への溶湯アルミ供給を拡大することで、発電から川下製品までのバリューチェーンを構築しつつある。

 

 この結果、10年前には中国アルミ生産の82%を占めていた地金生産は現在では40%以下に縮小(アルミ生産量自体が倍増したため地金生産量自体は横ばい)。またアルミ生産地から上海取引所や沿海部の消費地までの輸送距離が長距離化した。2016年9月の生産量は日量91,700トン(年換算3,347万トン)と史上2番目の高水準に達しているが、上海取引所のアルミ在庫はわずか85,000トンに落ち込んでいる。これはアルミ「在庫」が地金以外の形態で保有されたり、製錬所や輸送途中などに留まったりするケースが増えていることにも起因し、中国全土でアルミが不足しているとは言い難いが、上海で受け渡し可能な在庫が品薄であることが先物価格の上昇に繋がっている。

 

 

 

 中国のアルミ生産(出所:各種資料より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2016年アルミ生産内訳(出所:各種資料より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

中国のアルミ在庫(出所:各種資料より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

◇ 中国政府の特殊・過積載車両取り締まり強化による輸送コスト増

 

 さて、中国では8月30日、交通運輸省をはじめとする関連部門が共同で「貨物自動車の不正改造および特殊車両・過積載車両の取り締まり」に関する新施策を打ち出した。これは特殊車両や過積載車両による事故多発への対応として、これまでまちまちだった制限値基準を全国で統一することにより抜本的改善を図るものだとされる。この新施策には様々な内容が含まれるが、高速道路では9月21日から並列積載式キャリアカーの進入が禁止され、自動車の最大積載量は従来の55トンから49トンに引き下げられた。2018年7月までにすべての違反車両を排除する計画だという。

 

 このことは、市場全体の輸送能力低下や輸送費上昇の懸念を招いた。アルミ市場でもデリバリーコストが最大で30%上昇するとして、道路輸送から鉄道輸送に切り替える動きが生じたが、鉄道輸送能力も不足しており、大量のインゴットが鉄道の駅に積み上がったとされる。しばらくすると当初のパニックは沈静化したが、供給側が輸送コストの増加を顧客に転嫁する動きが散見され始めている。

 

 

原材料価格の急騰

 

 また、この輸送規制の強化は、石炭価格急騰をも招いた。中国政府はクリーンエネルギー推進・過剰生産能力削減を目的に、今春から中国国内の炭鉱の年間操業日数を従来の330日から276日に制限していたが、供給障害や需要増加が重なったことで、石炭価格は既に上昇基調にあった。そこに輸送コスト上昇の懸念が加わり、9月以降に発電用一般炭の価格の上昇が加速した。鄭州先物市場の発電用石炭価格は10月にトン当たり約120元上昇したが、アルミ1トンの製造に必要な石炭を6.4トンとすると、トン当たり700元を超えるコスト増加を意味することになる。中国政府は石炭業界と頻繁に会合を行い、供給・価格安定化のため増産を促しているため、石炭価格は早晩調整に向かう可能性が高いが、2011年から下落が続いた石炭価格は既に大底を打ち、今年上期までのような低水準には戻らないとの見方が多い。

 

 さらに中国のアルミ増産に伴う需要増を受け、アルミの中間原料であるアルミナの価格も急騰している。ボーキサイトについては、インドネシア新鉱業法施行に伴う禁輸措置(2014年~)やマレーシアの採掘規制(2016年~)により、調達先がギニアやブラジルへとシフトしているが、遠隔地からの輸入のため輸入コストはアジアからの輸入より若干割高となっている。こうした原材料価格の上昇はアルミ価格の下支え要因になる可能性が高い。

 

 

アルミ原料価格(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

中国:ボーキサイト対主要相手国輸入推移(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

中国国外での動き

 

 上述のようなバリューチェーン構築の動きは中国のみに留まらない。

 

 例えばインドは、中国に並び需要拡大の期待が大きい国の筆頭に挙がるが、アルミ生産能力400万トン超を有しているにも関わらず、生産は230万トン前後に留まる。輸入量は過去5年でほぼ倍増しており、輸入が需要の半分を満たしている状況だ。政府は国内のアルミ業界保護のためセーフガード関税を導入しているが、インド国内には石炭・ボーキサイト等の資源が豊富であるため、今後も拡大が見込まれる国内需要に対し、自給率を高めるべきとの議論がある。インドのアルミ業界は、中国がアルミ製品の輸出を拡大できたのは溶湯アルミの利用などコスト効率の高さが大きく寄与しており、中東はエネルギーや輸送費が安価でインド国内の製造コストより競争力が高いと分析。こうした中、NALCOやVedantaなどのアルミメーカーが製錬所近郊に工業団地を誘致し、川下までのバリューチェーンを構築する取り組みを進めていることが報じられている。

 

 こういった取り組みにより、アルミ消費の拡大に繋がっていくことに期待が高まる。その一方で、従来のような「地金」を軸とした在庫変動や需給の把握は難しくなっていく。規制やフローの変化といった構造要因も加わり、単純な需給バランス分析からは見えない価格変動要因が生まれる可能性には留意すべきだろう。

 

 

以上

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