トランプ政権の農業セクターへの影響

2017年03月06日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
山野 安規徳


山野 安規徳

 

◇農業政策は楽観視も、他政策の影響が懸念

 

 1月に発足した米国新政権において、農務長官にソニー・パーデュー前ジョージア州知事が指名された。同氏は農家出身で農業関連企業を起業した経験を持つ。そのため現場目線の積極的かつ持続的な農業政策を展開することを期待され、既に670もの農業・畜産団体が支持を表明した。一方で、トランプ大統領が打ち出している貿易政策や移民政策が農業に悪影響を及ぼすことが不安視されている。

 

 

◇保護主義的な政策→農産品輸出への影響は限定的

 

 米国は農産品輸出大国であり、2015年の農産品輸出額は1,340億ドルにのぼる。上位輸出先は順にカナダ、中国(大豆と蒸留かす)、メキシコ(米国産トウモロコシと豚肉の最大輸出先)で全体の4割を占める。トランプ大統領は選挙期間中中国・メキシコからの製品輸入に対しそれぞれ45%、35%の関税を課すことを公約に掲げたため、両国が報復として農産品輸入を停止し貿易戦争に陥ることが懸念されていた。

 

 しかし大統領就任以降は、次第に現実路線にシフトしつつあるように見え、国別に関税をかける政策は議論されなくなっている。とはいえ、メキシコはNAFTA再交渉や国境税の議論によって「米国依存脱却」の姿勢を強めており、リスクを分散させるために現在農産品の輸入代替先を模索し始めた。輸送費を含めると地理的に米国産が圧倒的に安価であるため、急に他国からの輸入に切り替えるということは考えにくいが、ブラジル産トウモロコシの輸入関税引き下げ等を検討しており、中長期的に米国産品、特にトウモロコシの輸入を減少させる可能性がある。

 

 なおTPP離脱については、米国はTPP参加国向け輸出拡大の機会を失ったと指摘されている。農業・畜産大国の豪州やニュージーランドはTPP破綻を契機にRCEPなど他の貿易協定に軸足を移す考えを表明しており他国間の貿易関係が強固となる一方で、米国産農産品の商機は阻まれ続けるとの懸念も生じている。

 

 

◇バイオ燃料政策→トウモロコシ需要減少の懸念は後退

 

 トウモロコシ由来エタノールや大豆由来ディーゼルの使用を促進させるバイオ燃料政策については、管轄する環境保護局(EPA)長官をはじめ、環境規制否定派が政権内に多いため、バイオ燃料消費を縮小させる方向への政策転換が懸念されていた。ところが2月21日の国際エタノール会議で、トランプ大統領が再生可能エネルギーは重要との見解を示したため、バイオ燃料政策の早期修正はないとの見方が広がった。なお、バイオ燃料消費を更に促進させる内容を記載した大統領令を発令するとの観測も出ており、実現すればトウモロコシや大豆需要に追い風となる。

 

 

◇移民政策→農家の労働力不足が深刻化

 

 トランプ大統領は公約の一環として、移民流入規制の強化や不法移民の国外退去の迅速化に取り組んでいる。しかしこの取り組みによって米国農家は深刻な労働力不足になることが指摘されている。不法移民の実態把握は難しいため各調査レポートがどれほど実態を表しているのか測り兼ねるが、非営利団体の南部貧困法律センターが2010年に公表したレポートでは米国の農場労働者の半数以上が、またピューリサーチセンターの2016年のレポートでは26%が不法移民と言及している。いずれにせよ、農業セクターで不法移民が重要な労働力となっているのは確かであろう。

 

 食肉加工業については特に労働力を移民に頼っていると言われているため、移民流入規制によって新規の労働力の確保が難しくなると考えられる。労働力不足によって、加工工場の稼働率は低下し牛や豚の生体価格が下落し、労働コスト増によって牛肉豚肉といった加工品価格が上昇する可能性が高い。実際2000年代前半に移民帰化局がネブラスカ州で不法移民の取り締まりを行った際、精肉作業に十分な労働力を得られなかったために、生牛価格が大きく下落した前例もある。

 

 

米国農産品の輸出先(2015年)(出所:米農務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

米国産農産品の輸出依存度(数量ベース)(出所:UNcomtrade、米農務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

 

 

 

 

 

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