再び懸念高まる「7」のつく年の金融リスク

2017年11月06日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

―2017年11月2日作成―

概要

 物価上昇が勢いを欠く中でも、世界的に景気が上向いており、欧米の金融政策当局は一段と引き締め方向に舵を切っている。日本では緩和が継続されており、先進国の中で取り残されているように見える。しかし、国債買入額は減少しており、事実上の緩和縮小ともいえる状況になっている。この先進国の金融引き締めが今後一段と強まることが、世界経済の減速リスクになりうる。末尾に「7」のつく年の波乱が年初に懸念されたものの、これまで大きな混乱はなく過ぎてきた。残り2か月となった2017年で懸念されるのは、これまでの緩和によって追加緩和の余地が狭まり、財政政策の重要性が高まっている中で、政治の不透明感が経済の足を引っ張りかねないことだろう。

 

 

1. 欧米の金融引き締め

 イエレンFRB議長が「2017年の米国経済の最大のサプライズはインフレ率だった」と述べるほど、低インフレが続いている。政治的な不透明感が漂い、財政出動などの後押しもない中でも、米国経済は2017年7-9月期まで14四半期連続でプラス成長するなど、むしろ経済は堅調さを見せてきた。低インフレという課題は残るものの、金融引き締めを先延ばしするほどの理由とは言い難い。

 

 FRBは10月から資産圧縮を開始しており、年内にあと1回の利上げが見込まれている。2018年も3回の利上げが見込まれているなど、利上げと資産圧縮を通じた金融引き締め路線が今後もつづく見通しだ。

 

 また、ECBは年末に期限を迎える量的緩和政策について、10月26日に延長と資産購入額の縮小を決めた。そのポイントは2つあり、資産購入月額を600億ユーロから300億ユーロに半減させること、緩和期間を2018年9月まで延長することである。2018年10月以降にはバランスシートの拡大停止、2019年以降には利上げを視野に入れるなど、堅調な実体経済を背景にECBも緩和から引き締め方向に軸足を移しつつある。その他には、カナダがすでに7月に利上げを実施、英国も利上げを視野に入れており、先進国は引き締め方向に進んでいる。

 

 その中で、緩和を継続している日本は取り残されている。現状はデフレ状態とはいえないものの、デフレ脱却を宣言できるほど、物価が上昇しているわけではない。インフレ目標2%からほど遠いため、引き締めに舵を切る理由もない。景気や雇用は良好であり、追加緩和は不要とみられるものの、欧米のように緩和を停止する段階にまで到達していないのが現状だろう。

 

 

2. 出口の遠い日本の金融政策

 日本の物価動向に変化の兆しがないわけではない。図表①のように、企業間の取引価格である生産者物価(日本では企業物価指数)の上昇幅が拡大しつつある。9月の生産者物価指数は前年同月比3.0%と、2014年の消費税率引き上げ時を除くと、2008年10月(同4.5%)以来、約9年ぶりの上昇幅になった。

 

 また、6月以降、日本の生産者物価の上昇幅が米国を上回っているなど、上昇ペースも加速している。米国の9月の生産者物価は同2.6%であるので、日本のコスト上昇圧力の方が強いといえる。

 

 しかし、コスト上昇圧力にもかかわらず、日本の消費者物価の上昇ペースは緩やかなままだ。9月の日本の消費者物価指数は12か月連続プラスとなったものの、前年同月比0.7%と、米国の上昇率(9月同2.2%)の3分の1にすぎない。川上の生産者物価が上昇してから、川下の消費者物価が上昇するまでに相応の時間がかかるからだ。そこで懸念されるのは、川下まで十分に物価上昇圧力が伝わる前に、川上のコスト上昇圧力が息切れしてしまうことである。そうしたことを踏まえると、やはり緩和の継続が必要だ。

 

図表① 生産者・消費者物価の比較 (出所:総務省、日本銀行、BLSより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表② マネタリーベースの構成 (出所:日本銀行より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 ただし、2017年になって、緩和ペースの微調整が鮮明になっている。2016年9月に発表された「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」(YCC)では、政策のターゲットが「量」から「金利」に変わったことが、転機になった。

 

 図表②のように、日銀のマネタリーベース(ストック)に注目すると、YCC導入後、国債買入額などを中心に、マネタリーベースの増加ペースが鈍化している様子が確認できる。長期金利をゼロ%程度で安定させることを目標としているため、金利が落ち着いている時期には、資産買入ペースを鈍化させるという事実上の量的緩和の縮小ができるようになった。長期金利を誘導目標に加え安定させながら、金融緩和を維持するスタンスをとりつつも、バランスシート拡大ペースを緩めるという微妙なハンドリングを行っているのが、2017年の日銀の行動といえる。

 

 2018年以降には、本格的に金融政策の変更を行う機会が訪れるだろう。景気回復によって潜在成長率が上昇しつつあり、それとともに景気を加速も減速もさせない利子率である「自然利子率」も上昇すると考えられるからだ。金融緩和政策は、物価を調整した実質金利を自然利子率より下げることで、緩和効果を生むことを狙っている。そのため、自然利子率が上昇したときに、実質金利を据え置けば、緩和効果が大きくなる。見方を変えれば、緩和効果を一定に保つならば、実質金利に上昇余地が生まれることになる。

 

 また、米国の金融引き締めが進み、いずれ米国金利が上昇すれば、日本の金利も上昇圧力を受けることもある。そのとき、長期金利のターゲットをゼロ%程度から引き上げたり、ターゲットを長期金利から中期金利に変えたりすることなど、YCCを見直せるようになるだろう。相対的な金利差が保たれれば、為替レートも円安方向に過度に振れにくいため、金融政策は変更しやすい。また、低金利が国内金融セクターの行動を歪めているという批判もあるため、外部環境の変化に応じた金融正常化の動きがこれまで以上に求められるだろう。

 

 

3. 「7」のつく年の金融リスク

 このような先進国の金融引き締めは、経済を減速しうるリスクとなる。リーマンショック後、日米欧では長期的な景気拡張局面が続いており、景気循環の上ではいつ減速してもおかしくない状況にある。そのトリガー(引き金)に、金融引き締めがなる恐れがある。

 

 欧米の金融引き締めによって、リーマンショック後の約10年にわたり、新興国経済を支えてきた緩和マネーが徐々に先進国に戻りはじめる。図表③のように、日米欧の金融緩和の規模は大きい。日米欧の中央銀行のバランスシートは2008年1月の3.9兆ドルから2017年8月の14.2兆ドルまで約3.6倍に拡大してきた。世界経済の規模(GDP)比でみると、6.1%から17.7%へと11.5%ポイント上昇した。FRBが示しているように、引き締めによってすべてのマネーが戻るわけではないものの、これからバランスシートは縮小していく。また、中国では2017年の金融政策を「穏健中立」とし、やや緩和気味であった金融政策を中立方向に戻しており、その影響を考慮しておくことも必要だろう。

 

 問題は、そのバランスシートの縮小に、新興国などが耐えられるかだ。これまで高金利を狙って先進国から新興国にマネーが流入してきた。その他に株式や国際商品市場などにも投資マネーは入っている。今後、それらのマネーが逆流するだろう。ドルやユーロは高くなる一方で、新興国通貨は安くなる傾向があり、その中でも特に経済のファンダメンタルズが弱い国の通貨は売られやすくなる。

 

 図表④のように、財政赤字や経常赤字の状態が続いているBRICSや東南アジア諸国では、政府債務残高が増え、経常赤字によって対外債務残高も拡大してきた。また、これまで低金利を活用して、国内信用残高を拡大してきた国も少なくない。自国通貨安や国内のインフレを防ぐために利上げをすれば、利払い費など債務負担が拡大したり、設備投資が減速したりするなど、足腰の弱い経済には大打撃になりかねない。

 

 2017年は年初に波乱を呼ぶ「7」のつく年として警戒されたものの、これまでのところ大きな混乱なく過ぎてきた。政治情勢には不透明感が高かったものの、むしろ世界経済の堅調さが再確認された。しかし、今後先進国を中心とした金融引き締めが契機となって、世界景気が減速するリスクはむしろ高まっている。日米欧において残り2か月となった2017年で懸念されるのは、これまでの緩和によって追加緩和の余地が狭まり、財政政策の重要性が高まっている中で政治の不透明感が経済の足を引っ張りかねないことだろう。

 

図表③ 中銀のバランスシート (出所:St. Louis連銀、IMFより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表④ 財政・経常収支 (出所:IMFより住友商事グローバルリサーチ作成)注2016年推計値

 

 以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。