株価上昇を裏付ける企業のバランスシートの変化

2018年01月15日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

概要

 日経平均株価が約26年ぶりの高水準を回復した背景には、日米欧の金融緩和の恩恵に加えて、日本企業の成長という裏付けがあった。企業は、1990年代前半まで借入金を原資に設備投資を行う形態から、利益剰余金などの自己資本によって海外投資やM&Aを進める事業形態へと変化してきた。また、現金・預金の増加や労働分配率の低下などから、企業がこれまで外部環境の変化に対応しながら、収益力を高めてきたことがうかがえる。先行きについては、欧米の金融政策の引き締めや政治的な不透明感など、相変わらずリスクが燻りつづける一方で、企業の稼ぐ力が高まった中で、世界的な経済成長が見込まれるため、2018年前半の株価も堅調に推移するとみられる。

 

 

1. 26年ぶりの株価水準

 日経平均株価は、図表①のように2017年12月末に2万2,764円94銭と、1991年12月(2万2,983円77銭)以来、約26年ぶりの高値となった。

 

 2017年を振り返ると、欧米の政治状況などの先行き不透明感から、年前半の株価は伸び悩んでいた。しかし、10月22日の衆議院選挙を境に状況は一変し、アベノミクスの継続期待の高まりから海外マネーが流入、株価の上昇トレンドが生み出された。また、世界同時好況の中で、企業業績も好調であったことも追い風になった。それらに加えて、金融緩和マネーも株価上昇の一翼を担った。日本銀行は、量的・質的金融緩和(QQE)を継続しており、ETF買入れが株価を下支えしてきた。欧米の金融政策が引き締め方向に歩みを進めたとはいえ、まだ多くの緩和マネーが市場にあふれていることも株価の押し上げに貢献した。

 

 その一方で、バブル懸念を指摘する声も見られるようになっている。例えば、BIS(Bank for International Settlements)は11月発表のQuarterly Reviewで、現在の状況を「泡立っているように見える」と表現した。バブルなのか、そうではないのか、先行きを考える上では、株価上昇が企業の経営体質や収益力の改善などの裏付けを伴っているかが重要な判断材料になる。そこで、以下では、企業の実体面について確認してみる。

 

図表① 日経平均株価 (出所:CEICより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表② 名目GDPと経常利益  (出所:財務省、内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. 企業のバランスシートの変化

 世界同時好況の中で、企業業績は改善している。図表②のように、名目GDPはバブル崩壊後のピークをつけた1997年を超えて「失われた20年」を乗り越えたといえるところまで回復している。企業の経常利益もリーマンショック前を越えて、過去最高を更新している。

 

 こうした好業績の背景には、企業の稼ぐ力の向上がある。まず、図表③の企業のバランスシートの資産面をみると、大きな変化がみられる。1980年代後半から1990年代にかけては、設備投資を表す固定資産の増加が目立っていた。しかし、バブル崩壊後、過剰設備の問題から、設備投資が減価償却費以下に抑えられた結果、固定資産の増加は頭打ちになった。その代わりに、存在感を高めてきたのが、投資有価証券だった。これには、海外投資やM&Aなどが含まれており、企業の投資戦略が国内の設備投資から海外投資やM&Aへと変化していることがわかる。

 

 その一方で、図表④のように負債面でも、資金調達に変化がみられる。短期・長期の借入金の傾向は、1990年代前半の拡大から返済優先へと変わってきた。これは、バブル崩壊後に問題になった過剰債務の解消を目指してきた結果といえる。また、一部には、不況時にみられた貸し剥がしへの対策などもあって、借入金という他人資本から自己資本による資金調達への切り替えが進んだ。

 

図表③ 企業の資産 (出所:財務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表④ 企業の負債 (出所:財務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 図表⑤のように、資産・負債の両建てで企業のバランスシートをみると、そのような変化が捉えやすい。借入金を元手に設備投資を行っていた1990年代から、2010年代(2010~16年度)にかけて、自己資金(利益剰余金)をM&Aや海外投資(投資有価証券)にあてるように、企業行動は変化してきた。この変化から、いわゆる内部留保と呼ばれる利益剰余金が、バランスシートの反対側では投資有価証券という投資にあてられてきたことがわかる。

 

図表⑤ 企業のバランスシートの変化 (出所:財務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表⑥ 資金調達 (出所:財務省より住友商事グローバルリサーチ作成)(出所:財務省より住友商事グローバルリサーチ作成) (年度)

 

 また、資産面では、現金・預金が増えている点が注目されている。現金・預金は、単に企業に保有されているのではなく、短期的な資金需要への備えという役割が担わされているとみられる。実際、図表⑥のように、短期的な資金調達源になりうる短期借入金と現金・預金の合計額は過去30年間、売上高の25%前後で安定してきた。つまり、短期借入金の割合が低下した分だけ、現金・預金が増えてきた計算だ。

 

 借入金から現金・預金への資金調達の切り替えには、いくつかのメリットがある。まず、支払利子というコストが節約できることだ。また、借入審査などの手続きが不要なため、投資の意思決定から実行までの時間を短縮できる。さらに、借入期間と投資期間のミスマッチを解消できることもあげられる。その他には、不況期の貸し剥がしなどを回避できるメリットもある。このように、現金・預金の増加は、柔軟かつ迅速な対応が求められている中での企業の対応策といえる。

 

図表⑦ 労働分配率と実質GDP成長率 (出所:財務省、内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 また、好調な企業業績との対比で、労働分配率の低下が話題にのぼることが多い。労働分配率(=人件費÷付加価値額)をGDPと比べると、図表⑦のように、労働分配率の変化(前年度差)とGDP成長率が逆方向に動いている。このGDPと労働分配率の逆相関は、過去からみられる現象である。

 

 これには、賃金の決定方法が影響していると考えられる。生産活動が活発化して残業時間が増えれば、その分賃金が増加するため、景気と残業代の相関は高くなる。しかし、労働分配率を大きく変化させるのは、雇用者数の増加と、ボーナスやベースアップなどの賃金上昇である。雇用者数については、残業時間で対応しきれず、将来的にも人手が必要な場合に増やされる。また、ボーナスや一時金などの賃金を企業が決める際に基準となるのは、一般的に前年度の業績である。そのため、景気や生産活動に対して賃金上昇は遅れがちになりやすい。

 

 しかも、リーマンショック後の世界同時不況という100年に1度の危機の痛手を回復するには、相応の業績の回復が欠かせなかったこともある。確かに失業率は上昇したものの、企業内で雇用を維持していた一面もある。そのため、これまで企業は賃上げに慎重にならざるを得なかったとみられる。

 

 また、ベースアップなど企業のコスト負担が後年に続くものについては、これまでの実績に加えて、今後の業績見通しも重要になる。実際、内閣府『企業行動に関するアンケート調査』によると、2015年度には1年後および5年後の見通しともに、企業の見通しに1.1%の成長率で加速する姿は描かれていない。経済成長のペースが鈍化してきたため、結果的に賃金が伸び悩んできたのだろう。

 

 ただし、足もとでは、変化の兆しも見えはじめたことも事実だ。労働需給は逼迫しており、アベノミクス開始後の賃金は緩やかな上昇トレンドに転じた。ここ3年間にわたって、付加価値とともに人件費が増えつづけており、労働分配率には下げ止まりの兆しが見えつつある。このため、現状は、企業が変化する外部環境に対応しながら、ようやく賃金が上昇する好循環の入り口に立った段階といえるだろう。

 

 

3. 企業の稼ぐ力は堅調な見通し

 以上のように、バランスシートの両側からみると、企業は資金調達や収益源を変えながら、稼ぐ力を高めてきた。そこに、世界的な景気回復が重なった上、コーポレートガバナンス改革によって、市場の目が厳しくなっていることも、総資本利益率(ROA)や自己資本利益率(ROE)の向上につながっている。実際、図表⑧のように、2016年度のROAとROEは、リーマンショック前のピークを上回っている。

 

 先行きについても、当面好調さは保たれそうだ。日本銀行の『短観(全国企業短期経済観測調査)』によると、大企業全産業の業況判断DIも12月調査で25%ポイント、先行きは19%ポイントであった。先行きは幾分鈍化するものの、高水準がつづく見通しだ。この鈍化は、2017年後半の景気がかなり好調であったことに加えて、先行きについては、欧米の金融政策の変更や政治情勢、地政学的なリスクなど、相変わらず不透明感が残っており、企業の慎重な姿勢を反映していると考えられる。

 

 このため、メインシナリオとしては、2018年前半も経済成長が続くことで、稼ぐ力が向上した日本企業の追い風になって、株価が堅調に推移することが想定される。その一方で、リスクシナリオとしては、2017年末にかけての上昇からの調整局面が想定されることや、前述のようなリスクが顕在化することがあげられる。

 

図表⑧ ROAとROE (出所:財務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

以上

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