広がるデジタルエコノミー

調査レポート

2019年01月25日

住友商事グローバルリサーチ 代表取締役社長
須之部 潔

代表取締役社長 須之部 潔
経済部 シニアエコノミスト 鈴木 将之
戦略調査部 アナリスト 濱西 由実

1.はじめに

 個人の生活と世界の産業はデジタル化の進展により劇的に変わりつつあります。そうした中、従来の経済の諸々の指標などでは、表せない世界が広がろうとしています。世界的にも定量化が模索されている中で、このデジタル化によって変わるデジタルエコノミーのインパクトを数量化し、将来の経済活動に生かす指標の作成を試みました。

 

 

2. デジタルエコノミー

(1) これまでの産業革命のインパクト

 これまで産業革命は、人々の生活やビジネスを激変させてきました。現在、「デジタル」をキーワードに再び産業革命が起こりはじめており、その動向が注目されています。

 その産業革命のインパクトについて、1人当たり実質GDPを通じて捉えてみます。蒸気機関の発明に始まる第1次産業革命では、18世紀半ばからおよそ100年かけて英国の1人当たり実質GDPは1.2倍になりました。第2次産業革命では、人類に電力の恩恵をもたらし、19世紀後半から数十年かけて1人当たり実質GDPは1.4倍になりました。また、第3次産業革命・情報革命では、1980年頃からわずか30年間で1.7倍に拡大しました。日本や米国でも同じような1人当たり実質GDPの増加がみられます。

 過去の産業革命によるGDPへのインパクトとスピードを踏まえると、現在起こっている第4次産業革命によるデジタルエコノミーの進展は、さらに短期間で、人類に大きな影響を及ぼすことが想定されます。

 

図表1 1人あたり実質GDP(出所:Maddison Project Database, version 2018より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

(2) ICTの効果

 第3次産業革命のもと、ICT(Information and Communication Technology、情報通信技術)は大きな影響をもたらしてきました。例えば、図表2のように、日本人の労働時間は年々減少してきている一方で、労働生産性は向上してきました。この間、パソコンや携帯電話、スマートフォンの普及などがあり、仕事のスタイルを大きく変えてきました。ここに、ICTの効果の一端があらわれています。

図表2 日本における労働時間と労働生産性(出所:内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

(3) ICTの価格低下と品質向上

 図表3は、ICTに投資した資材価格を指標化したものです。ハードである情報通信機器に対する投資価格は、急激な技術進歩もあって、この20年で5分の1にまで下がりました。

 しかしながら、機械設備の蓄積である資本ストックをその性能を考慮した実質値で見ると、情報通信機器では3倍近く、コンピュータソフトウェアでは2倍ほどに増えています。つまり、このハードとソフトの性能の向上と量的な拡大を通じた資本ストックの増加が労働生産性を大きく向上させました。

 デジタルエコノミーの世界では、AI(人工知能)/IoT(Internet of Things、物のインターネット)、ロボットなどが日常生活やビジネスの現場に浸透することで、さらにこうした恩恵が広がっていくと期待されます。

 

図表3 日本におけるICT投資財価格(左)と実質資本ストック(右)(出所:内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

(4) 生産者と消費者の垣根の低下

 ここで、近年の生産者と消費者のポジションの変化を見ておきたいと思います。それぞれの視点を図表4に表してみました。従来、生産者は「生産者の視点」から生産し、消費者に商品やサービスを提供してきました。例えば、自動車会社は自動車を生産し、消費者に提供してきました。また、レンタルサービスやカーシェアの会社は自動車や自転車サービスを提供し、鉄道・バス会社は移動手段を提供してきました。

 これを現在の消費者の視点から見ると、ICTの向上により移動するという目的のために、最適もしくは好みの手段を自由に選べることができるようになっています。

 また、シェア経済の拡大やデジタル世界の中で、「モノからサービスへ」など生産者が消費者により接近する一方で、消費者自身も生産者としての役割を担うようになり、両者を隔てる垣根がさらに低くなっていくことが想定されます。生産者の視点からのビジネスに加えて、生産者と消費者を結びつけるビジネス、消費者の視点からのビジネスなど、企業にとってその立ち位置をどこに置くのか、デジタルエコノミーの進展の中で、再考が求められます。そうしたところに、ビジネスとしての成長の芽が生まれつつあります。このように、消費者のポジションが相対的に強くなっており、生産者にとって「消費者の視点」からも、ビジネスを見る重要性がさらに高まっています。

図表4 生産者と消費者の垣根の低下(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

3. 消費者の視点から見たデジタル世界

 図表5は消費者から見たデジタル世界を、時間、空間、消費者需要の拡大という3次元の世界の拡大として表してみたものです。

 デジタル化の進展により、例えば、通勤などの移動時間中においても買い物や読書、情報収集、友人などとの会話などが可能になりました。また、その効率も大きく向上しており、実質的に使える時間が拡大しているといえます。空間でも同じように、かつて人類は徒歩圏内しかアクセスできなかったところ、自動車、鉄道や飛行機などの登場により、活動領域が非常に大きく広がりました。これらの移動手段は、デジタル化によって効率よくなり、われわれはその恩恵を享受しています。

 さらに、デジタル化の進展により、例えば、VR(バーチャル・リアリティ)の利用を通じて、実際に移動しなくとも、その場所にいて様々な活動をしているかのような世界も広がろうとしています。そこでは、リアルな世界とデジタルな世界との融合が起こり、新たな世界も出現しています。

 このようなデジタル化の進展により、人類にとり時間と空間が大きく拡大しています。その中で、消費者の潜在的な需要とともに、マーケットも拡大、変化しています。

図表5 消費者の視点からのデジタル世界(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

4. デジタル世界のグローバルマーケット

(1) 生活時間の拡張

 では、これらの広がった時間と空間をどのようにして市場規模として捉えればよいでしょうか。

 一つの案として、「時間を切り口」に拡張した生活時間に着目して、図表6のような推計を行いました。これは先に示したような「移動時間中に他の作業ができる」、いわゆる「ながら時間」を定量的に捉えようとしたものです。これを積極的な意味で解釈して、デジタル化の流れの中では、1日は24時間ではなく、それ以上に使える時間が拡大している、すなわち、「生活時間の拡張」と捉えました。デジタル化は、人々の活動時間・可能性を拡大させつつある、すなわち、潜在的な需要を拡大させつつあるということです。

 実際、「ながら時間」は、携帯電話やスマートフォン、インターネットの普及などによって、2001年と比べて2016年時点では90分間(6%)増えています。今後のデジタル機器の普及率や性能の進歩を考慮して、この生活時間の拡張率を2030年時点まで延長推計すると、251分間(17%)拡張すると試算しました。

 

図表6 日本人の1日あたり生活時間の拡張(出所:総務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

(2) グローバル・デジタル市場の拡大

 この拡張した時間の推計をもとに、世界のデジタル市場規模を、2001年、2016年および2030年時点で地域ごとに算出したものが図表7です。

 これは、拡張した時間(生活拡張時間)をもとに、各地域のデジタル化率(ネット普及率やインフラ整備率など)を考慮して、平均時給によって金額換算したものです。

 2001年時点では、世界全体で3,100億ドルだったデジタル市場が、2016年では1兆3,800億ドルと4倍に拡大、GDP比換算では2倍になりました。これが2030年では13兆8,200億ドルとさらに10倍に成長し、GDP比でも5倍に拡大します。また、デジタル市場は各地域で大きくなっている中で、特にアジア・太平洋地域での拡大が目立っています。

 このグローバル・デジタル市場の需要をいかに顕在化させていくのかが、デジタルエコノミーでのビジネスにとって大きな課題といえます。

図表7 世界のデジタル市場規模(出所:内閣府、総務省、ITU、UN、IMFより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

5. デジタル社会の未来は

 前述の試算により、デジタル市場が大きく拡大する一端が定量的に見えると思います。

 先に述べたように、デジタル市場では生産者と消費者との間の垣根は非常に低くなっており、ビジネスにおいては「消費者の視点」で見る重要性が増しています。したがって、これからは「生産者の視点」と「消費者の視点」の両方の視点から、ビジネスを見てゆく必要があります。

 生産者の視点からは、まず、これまでと同様に既存技術・設備で対応できるビジネスがあります。また、IoTやAI、ロボットの活用などに代表されるように、既存技術・設備を代替するビジネスがあります。さらに、電気自動車(EV)やそのバッテリーなどに関連するような新規投資もあります。

 その一方で、消費者の視点からは、キャッシュレス化が進むことでモノとしての紙幣・硬貨需要が低下するなど、既存需要が縮小するものもあれば、電力など既存需要が拡大するものもあります。その他には、シェアリングのように既存あるいは新需要を代替するものや、eスポーツのような新しい需要が創出されるものもあります。

 さらに「生産者の視点」と「消費者の視点」の間には、"as a Service"(~のサービス化。例えば製造業では、製品というモノだけでなくメンテナンスなどのサービスを提供するビジネスモデルに転換すること)のような既存ビジネスを補完するものや、電力アグリゲーション(企業や家庭の節電により余った電力をとりまとめ、電気事業者に販売すること)やVPP(Virtual Power Plant、仮想発電所。一般家庭や事業所の蓄電池やEVなどを統合制御し、一つの発電所のように機能させること)など代替するもの、さらには情報銀行などこれまでにない新ビジネスの創出もあるでしょう。

 

図表8 ビジネスの変化(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 このデジタル空間と時間の拡張によって、生活スタイルとニーズは変化してゆき、デジタル技術の進歩もあって、さらなる変化がビジネスにもたらされると考えられます。

 ただし、昨今の大手IT企業の情報漏えいや課税のあり方に対する各国の厳しい対応や、米中のデジタル技術の覇権争いに示されるように、日米欧中の規制や税制は、このデジタル社会の進展に影響する可能性もあり、デジタルエコノミーの行き先は複雑な様相を呈しています。

 これらの複雑な要因を背景に、今後のデジタル社会がどのように進展していくのかを注意深く見守りながら、果敢に自ら変革していく先に、デジタル世界での新しいビジネスの成長があると考えられます。

 

図表9 デジタルエコノミーの行き先(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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