中東フラッシュレポート(2022年3月前半号)

2022年03月23日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2022年3月18日執筆

1. ロシアの要求で一時中断したイラン核合意(JCPOA)再建交渉

 3月5日、ロシアのラブロフ外相は、ウクライナ侵攻を巡って日に日に強まる欧米による対ロ制裁がJCPOA再建に関するロシアとイランの協力に影響することを懸念し、米国に対して対ロ制裁がイランとの協力に悪影響を及ぼさないことを保証する書面を要求した。米国はそれを拒否し、2月半ば以降合意間近と言われてきたJCPOAの再建交渉がいったん中断された。3月12日には、英・独・仏が「合意案はほぼ完成しているのに協議を中断せざるを得ないのは残念」との共同声明を発表した。その中で、JCPOAと関係の無い要求にJCPOAを利用すべきではないとして、暗にロシアの行動を批判した。

 

 しかしその翌週の3月15日、ラブロフ外相は記者会見で「米国から書面で保証を受け取った」と発言した。米国務省のプライス報道官は、「JCPOA再建に必要な原子力関係のロシアとイランの協力活動を妨害しない」とだけ説明しており、あくまで原子力分野での協力に限定したものと思われ、ロシア側が要求を縮小したものと思われる。また、3月16日にはイランでスパイ容疑で拘束されていた英・イラン二重国籍者2人も解放されており、JCPOA再建交渉の再開が期待される。

 

2. イラン/サウジアラビア協議の中止

 3月16日にイランとサウジアラビアによる外交交渉が予定されていたが、その3日前になって突如イラン側が中止を発表した。公式説明は無いが、3月12日にサウジアラビアで81人の死刑が執行されており、その半分がシーア派住民だったことが影響したのではないかと言われている。

 2016年以来断交中の両国は、2021年4月からバグダッドで交渉を開始し、今回が5回目の交渉となる予定だった。

 

3. 紛争中のロシア/ウクライナからの小麦輸入が多い中東諸国

 世界の小麦輸出の3割を占めるロシア/ウクライナからの輸入に頼っている中東諸国は、ロシアによるウクライナ侵攻後の小麦価格急上昇の影響や輸入が滞る可能性を懸念している。エジプトは世界最大の小麦輸入国で、その8割をロシア/ウクライナから輸入している。パンの値上げはデモや社会不安に直結するため毎年数十億ドルの補助金を使ってパンの価格を抑えている同国政府にとって、小麦価格の上昇は頭の痛い問題だ。トルコも小麦の国内消費の半分を輸入しており、その85%が両国からの輸入だ。レバノンも小麦輸入の9割を両国に依存しているが、経済危機の真っ只中にあるレバノンには小麦の在庫が1.5か月分しか残っていないとのこと。

 

4. トルコ:紛争開始後初のロシア/ウクライナ外相との3者会談を実施

 3月10日、トルコのチャヴシュオール外相は同国南部のアンタルヤで、ロシアのラブロフ外相およびウクライナのクレバ外相との3者会談を実施した。2月24日のロシアによるウクライナ侵攻開始以降、両国外相が直接対面する初めての機会になったが、両者の溝は埋まらなかった。トルコはNATO加盟国で、黒海を挟んで両国と国境を接する隣国だ。両国とは貿易・観光・防衛・エネルギー分野などで深い関係にあり、両国と良好な関係を維持している。トルコはロシアによるウクライナ侵攻を非難するも対ロシア制裁には参加せず、仲介に尽力している。

 

5. イスラエル大統領、ギリシャ首相、ドイツ首相が相次いでトルコを訪問

 3月9日、イスラエルのヘルツォグ大統領が、イスラエル大統領として14年ぶりにトルコを訪問した。両国関係は、2010年にトルコが送ったガザへの人道支援船団をイスラエル軍が急襲しトルコ人10人が死亡した事件などで悪化した。今次訪問の背景として、トルコの外交的孤立や経済悪化によりエルドアン大統領が融和外交に舵を切ったことや、2021年イスラエルで政権が交代したことなどが挙げられる。3月13日にはギリシャのミツォタキス首相が、翌14日にはドイツのショルツ首相が立て続けにトルコを訪問し、エルドアン大統領とロシアのウクライナ侵攻などについて話し合った。

 

6. リビア情勢

  • 3月3日にリビア東部にある代表議会(HoR)での宣誓就任式を経て成立した新政権「国家安定政府(GNS)」を率いるバシャガ首相は、3月8日に「2日後に首都トリポリに入る」と表明した。トリポリにはいまだ権限移譲を承諾していないドゥベイバ首相率いる国民統一政府(GNU)が存在する。3月10日にはバシャガ氏を支持する民兵部隊がトリポリ周辺に集結し軍事衝突の緊張が高まったが、翌11日に部隊は撤退した(米国やトルコからの圧力があったという)。いったん緊張は収まったが、1国2政府状態が続く限り衝突の可能性は残るため、今後も予断を許さない。

 

  • 3月11日からトルコで開催された外交フォーラムに、ドゥベイバ首相やマングーシュ外相が参加した。トルコ政府はGNUへの支持を表明した。なお、ロシアやエジプトはバシャガ新政権(GNS)を支持している。当初ドゥベイバ政権の継続支持を表明した西側諸国は、どちらかへの明確な支持表明を控えるようになっている。ノーランド駐リビア米国大使はドゥベイバ、バシャガ両氏による対話を呼びかけ、ウィリアムズ国連事務総長特別顧問はGNS、GNU両政府の後ろ盾になっているHoRと国家高等評議会(HCS)による交渉の仲介を提案している。

 

  • 2022年2月のリビアの原油生産量は日量116万バレル(bpd)に回復した。3月4日、リビア南部の2油田(生産量33万bpd)が閉鎖された。地元部族の不満によるものとのことで、閉鎖は数日間で解決したが、国家収入の98%を占める原油輸出が1日でも止まるとリビアの財政に大きな打撃となる。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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