円安でも増えそうにない輸出

2022年04月04日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

概要

 日本の貿易赤字は2021年8月以降継続しており、2022年1月には2.1兆円まで拡大した。足元の円安・ドル高が輸出を促進するという期待があるものの、実際の促進効果は小さいようだ。輸出が円高耐性を強めてきた一方、輸入は為替変動の影響を受けるという非対称な構図の中で、国際商品価格の上昇と円安・ドル高によって、当面貿易赤字が継続しそうだ。

 

 

1. 一見堅調な輸出

 日米欧の輸出額は、経済活動が再開する中で、増加しているようにみえる。図表①のように、足元までの輸出額は前年同月比2桁増で増加しており、一見堅調だ。しかし、図表②のように、輸出数量は小幅プラスにとどまっている。日本の輸出数量は、2021年10月(▲2.6%)と2022年1月(▲4.0%)に前年割れになるなど、力強さを欠いている。つまり、輸出額の増加は輸出価格の上昇が主因であり、輸出は見た目ほど堅調ではない。

 

 足元の輸出価格の上昇も、積極的に評価できるものではない。高付加価値化や競争力の向上の結果、輸出価格が上昇したのならば、評価できる。しかし、現在の輸出価格の上昇は、国際商品の価格上昇や原材料や人手不足によるコスト増を企業が販売価格である輸出価格に転嫁した結果だ。

 

 そのため、輸出価格の上昇は、必ずしも企業収益の改善につながっているわけではない。また、輸出数量が伸び悩むことで、国内生産も回復の勢いを欠いている。実際、2021年に経済活動が再開する中で、半導体不足などから自動車生産が一時休止となり、その影響を受けて鉄鋼業も減産したことは記憶に新しい。

 

図表① 輸出額 ②輸出数量(出所:財務省、米労働省、St.Louis Fed、Eurostatより住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成)

 

2. 輸出に対する円安効果に変化

 日本の輸出数量が伸び悩んでいるところで、ドル円相場が円安・ドル高に振れた。ドル円相場は3月28日に2015年8月以来となる1ドル=125円台をつけたほどだった。このため、円安・ドル高が輸出を後押しするという期待が一部で盛り上がった。しかし、かつてほど、そうした期待は大きくない。むしろ輸入物価の上昇など、悪影響が認識され始めている。

 

 そこで、為替による日本の輸出への影響を考える上で、図表③のように、輸出数量が、①輸出先の景気動向を表す輸出加重平均GDP成長率と、②物価変動と輸出先を考慮した実質実効為替レートの2つの要因によって説明されると想定して要因分解してみた。

 

 この結果によると、輸出数量は、輸出加重平均GDP成長率とおおむね同じ方向で動いている一方で、実質実効為替レートと反対の動き(実質実効為替レートが上昇すると、輸出相手国通貨に対して円高となるため)をしていることが、改めて確認できる。

 

 また、ここでは、為替の変動がタイムラグをもって輸出数量に影響することを考慮した。為替の変動幅や円安に振れる期間の長さなどの相違もあるため、輸出数量の為替への反応は一定ではない。1四半期内(当期)、1年以内(短期)、2年以内(中期)と、時間軸によって輸出数量の反応度合が異なっている。そのため、足元の円安トレンドが当面継続すると想定されていることは、輸出数量を今後押し上げていくという期待がある。しかし、その押し上げ効果自体が小さくなっている。

 

 輸出加重平均GDP成長率や実質実効為替レートの変化に対する輸出数量の感応度であるパラメータが時間とともに変化することを許容した推計であるため、リーマンショック後に為替の感応度(パラメータの絶対値)は小さくなったものの、2017年頃から再び大きくなり、2020年以降再度小さくなった様子がうかがえる。

 

 図表④のように、為替相場が2000年代後半にそれまでのトレンドから一転して円高に振れ、円高が「輸出企業の6重苦」の1つに数えられた。その後のパラメータの低下、すなわち輸出数量の為替相場への感応度の低下は、企業が円高耐性を高めた結果である。2017年頃から新型コロナ感染拡大前にかけて、為替のパラメータが再び大きくなった背景には、為替の小幅な変化を輸出数量の変化に結び付けているため、感染拡大前の数年間にドル円相場の変動が年間10円程度と安定したことで計算上感応度が高まったことや、明らかになっていない何らかの構造的な変化が生じていた可能性もある。

 

 むしろ、重要なことは、2020年以降再び、為替に対して輸出数量が反応しにくくなっていることだろう。2022年以降の円安が輸出数量を押し上げる力も弱くなっていると考えられる。また、円安がある程度継続することで、輸出数量を押し上げる短中期の効果も小さくなりつつある。つまり、足元の円安によって輸出金額が増える傾向があるとはいえ、かつてのように輸出数量をも後押しするわけではなさそうだ。

 

図表③輸出数量の要因分解 各種資料をもとにSCGR作成

 

 また、輸出財の生産能力が、輸出の制約になっていることが注目される。図表⑤のように、2010年代になってから輸出財生産能力指数の上昇ペースは緩やかになっている。低下してきた国内の生産能力を輸出財生産に振り向けてきたものの、輸出財の生産能力はここ数年伸び悩んでいる。つまり、国内生産体制は、輸出需要の増加に対応しきれない可能性がある。それに加えて、足元では、半導体などの原材料不足の問題もあり、円安になっても、海外需要に対応できない状況になっている。

 

 

3. 為替変動に対する輸出入の非対称性

 輸出数量が円安・ドル高に反応しにくい一方で、輸入額は為替の影響によって金額だけが膨らんでいる。かつては、円安・ドル高になれば、輸入価格の上昇に比べて、輸出数量の増加の影響が大きく、貿易黒字が拡大すると期待された。しかし、足元では、輸出が円高耐性を強め、為替への感応度を低めた一方で、輸入は為替の影響で膨らみやすいという非対称性があり、貿易赤字が拡大しやすい。足元では、資源エネルギー価格の上昇もあり、その傾向に拍車がかかっている。日米の金融政策の方向性の相違や地政学リスクの高まりなどを踏まえれば、当面日本の貿易赤字は継続しそうだ。

 

図表④実質実効為替レート⑤生産能力指数 出所:各種資料よりSCGR作成

 

以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。