円安という重石~日本経済2022年4月~
2022年04月13日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之
概要
日本経済は、緩やかな回復傾向の中で足踏みしている。新型コロナ感染状況に経済活動が左右され続ける中で、エネルギー価格の上昇と円安・ドル高という2つの事態が日本経済の重石になった。当面貿易赤字が続く公算が大きい一方で、デフレから脱却できず、金融政策の変更も見込み難い。日本経済では、米欧とは異なった厳しい状況が続きそうだ。
1. 現状:緩やかな回復傾向の中で足踏み
日本経済は、緩やかな回復傾向の中で足踏みしている。オミクロン株の感染拡大を受けて適用されたまん延防止等重点措置が3月21日に解除され、経済活動の再開が期待されている。その一方で、「BA.2」株の感染拡大も懸念されており、慎重な年度始めとなった。実際、足元の新規感染者数は一時のピークよりも減少しているものの、下げ止まっているようにみえる。
また、ウクライナ危機に関連して、国際商品価格が上昇し、エネルギー・原材料確保など供給網の見直しが喫緊の課題になっている。また、金融引き締めを進める米国に対して、金融緩和政策を継続する日本という対比から、ドル円相場が3月末に一時125円10銭をつけた。これによって、ここ数年安定してきた105~115円のレンジが上方にシフトした。円安・ドル高方向に振れており、円安の痛みが注目されはじめている。
2. 雇用回復と物価上昇の加速
足元の経済環境について、需給要因などから現状を確認しておく。
- 個人消費は、持ち直しに、足踏みがみられる。2月の総消費動向指数は前月比▲0.4%と、3か月連続で減少した。また、2月の小売業販売額は同▲0.8%と、3か月連続で減少した。これらは、まん延防止等重点装置の適用によって、人々が慎重に行動したことを反映している。欧米に比べて、日本経済の回復が遅れているという見方があるものの、ワクチン接種の進捗状況とともに、消費者のマインドの相違も大きい。感染防止や安全確保、経済活動の両立が引き続き、課題になっている。先行きについて、重点措置は3月21日に解除されたため、個人消費が再び上向くことが期待される。ただし、感染再拡大の兆しもあり、当面緩やかな持ち直しにとどまるだろう。
- 設備投資は、持ち直しつつある。2月の資本財(除く輸送機械)出荷は前月比▲6.5%と、4か月ぶりに減少した。これは1月に+6.1%と増加した反動の影響もあるだろう。先行きについて、機械受注額(船舶・電力を除く民需)は2月に前月比▲9.8%と2か月連続マイナスになり、1~3月期も前期比▲0.5%と4四半期ぶりにマイナスになる見通しだ。しかし、これまでの受注残があるため、設備投資の持ち直し傾向は当面継続すると期待される。
- 輸出は、横ばい圏を推移している。2月の輸出額は前年同月比+19.1%と、12か月連続で増加した。内訳をみると、輸出価格が+15.9%と2桁上昇となった一方で、輸出数量は+2.7%と小幅プラスにとどまっていた。つまり、輸出増は価格上昇によるところが大きい。先行きについて、海外経済の緩やかな回復を背景に、日本の輸出も緩やかな持ち直しが期待される。足元にかけて円安・ドル高傾向によって、輸出が増加するという期待も膨らんでいる。しかし、これまでの企業が円高耐性を強化してきたことや、半導体不足など供給網のボトルネックが制約になっていることもあり、円安・ドル高の輸出押し上げ効果が従来同様に表れるかは不透明といえる。そのため、エネルギー価格の上昇を踏まえると、当面貿易赤字傾向が継続するとみられる。
- 生産は、持ち直しの動きがみられる。2月の鉱工業生産は前月比+0.1%と、3か月ぶりの増産となった。半導体や原材料不足がやや和らぎ、自動車工業が増産した影響が大きかった。また、足元では汎用・業務用機械、鉄鋼・非鉄金属、パルプ・紙・加工品などが増産となった。まん延防止等重点措置が解除されたこともあって、サービス業の生産が回復することも期待される。1月の第3次産業活動指数は前月比▲0.7%と5か月ぶりに低下していた。対個人サービスが▲2.3%、特に観光関連産業が▲11.7%と低下した影響が大きかった。対事業所サービスは+1.8%と4か月連続で増加しており、ビジネス活動自体は回復しつつある。生産活動全体でみると、半導体不足が和らいだとはいえ、不足した状態が継続していることも事実だ。また、感染状況も下げ止まりつつあり、サービス業の回復も緩やかなものにとどまるだろう。そのため、先行きの増産が期待されるものの、供給制約や感染対策などが生産活動の重石になるだろう。
- 物価は、上昇している。2月の消費者物価指数は前年同月比+0.9%と5か月連続で上昇した。携帯電話通信料の影響を除くと約2.4%の上昇となる計算だ。このうちエネルギー価格上昇の影響(寄与度1.2pt)を除くと、物価は約1.2%の上昇となる。半分程度がエネルギーによる押し上げ効果であり、ユーロ圏と同じようにみえる。しかし、ユーロ圏の物価上昇率に比べると、各段に低い。エネルギー以外の財やサービスの価格の上昇ペースが鈍いためだ。政府はエネルギー価格の高騰に対して対策を講じる構えだ。捉えようによって値上げに反対と受け止められかねないため、これまでデフレ脱却に取り組んできたこともあり、物価対策ではなくエネルギー対策という位置づけであることが重要だ。
- 雇用は、回復している。2月の失業率は2.7%となり、ここ数か月間、2.7~2.8%で推移している。2月の名目賃金は前年同月比+1.2%と、2か月連続のプラスだった。また、共通事業所ベースも+1.0%と上昇した。見た目は0.9%でも実質的には2.4%近い物価上昇率に賃金上昇率が追いついていないため、物価上昇の痛みが意識されやすく、個人消費の重石になる恐れがある。
3. 日銀は動けるのか
財政政策について、3月22日に令和4年度予算が成立した。また、岸田首相は3月28日に「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」をまとめるよう関係閣僚らに指示した。原油高、食料・資源高、中小企業支援、困窮者支援などが実施される見通しである。これまでデフレ脱却を目指してきたのだから、物価上昇は望ましいはずだ。しかし、現実は異なっている。エネルギー価格上昇と円安の2つによって、コスト負担感が増大しており、賃金上昇よりも物価上昇が先行するため、痛みを感じやすくなっているからだ。
金融政策については、日本銀行は2月14日に続いて、3月28日に指し値オペを実施、3月29日から31日には連続指し値オペを導入後初めて実施した。これによって日銀の金融緩和継続の意思が示され、米国との対比が鮮明になったため、円安・ドル高傾向に拍車がかかった。
4月以降2%の物価上昇になる公算が大きい。久しぶりにデフレ脱却宣言に近づいているといえる。ただし、エネルギー価格上昇が主因であり、経済の好循環の中での物価上昇とは性格が異なっている。しかし、金融政策を見直す機会であることは事実だろう。今回を逃すと当面、その機会が訪れない恐れもある。こうした中で注目されるのは、足元の春闘で賃上げ気運が高まっていることだ。企業には人的資本を意識すること、つまり人材をいかに育てて、賃金を引き上げていくのかが求められるようになっている。賃上げ機運の広がりがデフレ脱却のカギを握るだろう。
4. 先行き:円安という重石
先行きについて、景気は緩やかに持ち直すと期待される。感染状況に経済活動が左右され続ける中で、エネルギー価格の上昇と円安・ドル高という2つの事態が日本経済の重石になっている。貿易構造を踏まえると、当面貿易赤字が継続する公算が大きい。その一方で、物価は上昇するものの、デフレ脱却宣言までは到達できないため、金融政策の変更も見込み難い。このように、日本経済では、米欧とは異なった厳しい状況が続きそうだ。
以上
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