ユーロ圏経済:理想と現実

調査レポート

2022年09月27日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

概要

 ユーロ圏の景気減速懸念がますます強まっている。先行きについて、2022年後半から2023年にかけて、ユーロ圏経済は減速する可能性が高い。物価上昇を抑制する利上げやエネルギー供給問題などが、経済成長の重石になる。エネルギー確保に苦労しており、原子力発電や石炭火力発電などを活用するなど、すでにこれまでの取り組みから逸脱する動きもある。臨機応変に対応していると言えば、そう言える一方で、中長期的な計画が甘かったとも言える。そのため、脱炭素に向けた理想とエネルギー不足という現実との整合性をどのようにとるのかを模索する動きが当面続くだろう

 

 

1. 苦境のユーロ圏

 ユーロ圏の景気について、減速懸念がますます強まっている。新型コロナウイルス感染拡大に伴う物流網や半導体不足などによる供給網のボトルネックに加えて、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機、熱波や干ばつの悪影響などが重なり、ユーロ圏経済への下押し圧力が高まっているためだ。こうした厳しい状態は、図表①のように、対ドルのユーロ相場が1ユーロ=1ドルのパリティ(等価)前後で推移していることにも表れている。

 

 一方で、消費者物価上昇率がユーロ導入後の過去最高を更新し続ける中で、欧州中央銀行(ECB)は利上げに踏み切った。図表②のように、7月の理事会でECBは中銀預金金利(預金ファシリティ金利)を50bp引き上げ、ユーロ圏はマイナス金利から脱却した。マイナス金利からの脱却は、7月の理事会以前はラガルド総裁が9月末としていたものの、前倒しされた。また、9月の理事会では、75bp利上げとさらに大幅利上げが実施された。ECBの声明文でも、今後の利上げが示唆されており、高騰する物価の抑制が喫緊の課題になっている。

 

 もちろん、利上げは景気に下押し圧力をかける。今回の利上げは、加熱した景気を調整するような小幅なものではなく、景気を押さえつけるような大幅な利上げになっている。この大幅利上げによる物価抑制は、景気を悪くすることを確実に意味する。利上げによって資本コストを増加させ、耐久財消費や住宅投資、企業設備投資などの需要を抑える。また、一般的に、利上げによって内外金利差が拡大し、ユーロ高・外貨安となり、輸出も下押し圧力を受ける。このように需要を抑えつけることによって、経済全体の需給バランスをとり、物価上昇率を抑制させようとしている。言い換えれば、ECBは、大幅な物価上昇を抑制するために、景気を悪化させることを覚悟していることになる。

 

 ただし、足元の物価上昇は、食料品やエネルギー価格の上昇が主因であり、これらは供給側の問題に起因する面が大きい。供給側が原因にもかかわらず、感染拡大の落ち込みから回復してきた需要を押さえつけるという矛盾に直面していることになる。

 

図表① ユーロドル相場 図表② ECBの政策金利と保有資産額(出所:St.Louis Fedより住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成)

 

 

2. さえないユーロ圏経済の現状

 ここでは、経済指標からユーロ圏経済の現状を把握しておく。

 

  • 個人消費:弱含んでいる。ユーロ圏の7月の小売売上高(自動車を除く)は前月比+0.3%と、2か月ぶりにプラスに転じた。ただし、年初からプラス、マイナスがほぼ交互になっている上、マイナス幅の方が大きいため、7月の小売売上高の水準は年初よりも低い。年初から経済活動の再開によって、サービス業や対面接客業などの回復が期待されたものの、物価上昇やロシア・ウクライナ危機によって、実質的な購買力が低下、消費者マインドも悪化しており、これらの要因が個人消費の重石になっている。各国政府は補助金などでエネルギー価格の高騰に対応しているものの、エネルギー価格の上昇率に比べると、支援策の効果を実感しにくい状況だ。小売売上高の変化率を国別にみると、ドイツが+1.9%、イタリアが+0.2%と2か月ぶりに増加に転じたものの、フランスは▲0.9%と2か月連続マイナス、スペインは▲1.0%と3か月連続マイナスとなった。全般的に個人消費は弱いものの、国によって状況が異なっている。先行きについて、物価上昇やロシア・ウクライナ危機などが落ち着くまで、当面個人消費には下押し圧力がかかるとみられ、弱い動きが続くだろう。

 

  • 設備投資:持ち直しつつある。設備投資の代替指標となるユーロ圏の6月の資本財売上高は前月比+1.6%となり、3か月連続で増加した。資本財売上高の指数自体も年初の水準を上回った。国別にみると、イタリアが▲3.0%と3か月ぶりに減少したものの、ドイツやフランス、スペインはプラスを維持している。ドイツでは7月も+2.7%となり、4か月連続で増加した。2~3月に停滞した反動から、4月以降増加してきた一面もある。また、ユーロ圏の建設投資も7月に+0.3%と、5か月ぶりにプラスに転じた。ドイツやフランス、スペインなども6月にようやく底打ちの兆しがみられる状態だ。ただし、7月、9月のECB理事会では利上げが実施され、ユーロ圏の金利も上昇している。資本コストの上昇に加えて、エネルギー供給確保やロシア・ウクライナ危機など先行き不透明感も強まっている。そのため、先行きについて、このまま設備投資が堅調に推移するとは想定しがい。

 

  • 輸出:緩やかに回復している。7月のユーロ圏の輸出額は前月比▲1.7%となり、2か月連続のマイナスになった。一方で、6月の輸出数量は▲1.7%と2か月ぶりのマイナスだった。5月に+3.1%と大幅に増加した反動もあり、輸出の回復基調が崩れたと判断するのは時期尚早だろう。ただし、全体として輸出数量の動きには力強さは見られない。また、輸出価格は+1.3%と、2021年10月以降、9か月連続で上昇している。輸出価格が上昇することで、輸出額が膨らむ構図が続いている。これまでドイツで半導体や原材料不足などから自動車生産が停滞しており、それが輸出数量の重石になってきた。半導体不足や物流網の問題については、一時よりも回復しているという見方がある。その一方で、それは感染拡大後の最悪期と比べた場合であり、足元の供給網は依然として厳しいという評価もある。また、ドイツでは干ばつなどから、ライン川の水位が低下しており、物流網に再び混乱が見られる。先行きについて、感染拡大や干ばつの影響が徐々に緩和すると期待されるものの、当面輸出価格に上昇圧力がかかり続ける一方で、輸出数量は緩やかな回復にとどまるだろう。

 

  • 生産:緩やかに持ち直している。7月のユーロ圏の鉱工業生産指数は前月比▲2.3%となり、4か月ぶりの減産となった。ならしてみれば、春頃に減産圧力が一時強まったものの、足元では年初並みの水準まで戻っている。産業別にみると、輸送機械は半導体不足などから感染拡大前に比べて生産水準を落としており、化学工業は年初から減産傾向が続いている。足元では、金属や電子部品なども弱含んでおり、緩やかな持ち直し傾向が継続しているものの、生産に力強さは見られない。先行きについて、供給網のボトルネックが緩和することで回復傾向を強めると期待されるものの、その回復には時間を要するために、当面生産の回復ペースは鈍いものになるだろう。

 

図表③ ユーロ圏の主要経済指標 図表④ ドイツの主要経済指標 (出所:EurostatよりSCGR作成)

 

  • 物価:上昇ペースを加速させている。8月のユーロ圏の消費者物価指数(HICP)は前年同月比+9.1%となり4か月連続で過去最高を更新した。図表⑤のように、物価の内訳をみると、エネルギーが+38.6%と依然4割近い伸び率を維持している。また、食料品が+10.6%となり、2桁まで上昇幅を拡大させている。エネルギー以外の工業財も+5.1%と5%台まで上昇、サービスは+3.8%となった。食料品やエネルギー価格の上昇が目立つ一方で、それ以外の価格も上昇しつつあり、物価上昇のすそ野は広がりつつある。

 

  • また、国による相違が大きいことも、注目される。ユーロ圏では+9.1%であるものの、エストニアは+25.2%、ラトビアは+21.4%、リトアニアは+21.1%といずれも20%超を記録している。その一方で、フランスは+6.6%、マルタは+7.0%と、物価上昇率が半分以下の国もある。この中で、エストニアとフランスを比べると、それぞれ食料品は+18.5%、+7.0%、エネルギーは+100.1%、+23.3%、エネルギー以外の工業財は+11.4%、+4.2%、サービスは+12.1%、+4.1%だった。食料品やエネルギーの相違が目立つものの、それら以外の財やサービスの価格上昇も両国で大きく異なっている。一般的に考えると、国境付近や貿易可能な財やサービスなどでは市場の裁定機能が働き、価格は同じ程度に落ち着くと予想される。その一方で、公共料金や貿易できない財やサービスなどの価格には差が残ると考えられる。これほどの相違が生じるということは、貿易ができない財やサービスや公共料金などの差が大きい可能性があり、国による物価上昇率の差も継続するのだろう。こうした物価上昇率の相違が大きい中で、ECBの金融政策を実施していく難度がますます高まっている。

 

  • 金融政策も、物価抑制に注力している。7月の理事会に続き、9月の理事会でも利上げが決定された。9月の利上げ幅は、7月の50bpから拡大して75bpだった。声明文で、2%目標に物価上昇率を戻すためには前倒しで金融引き締めを実施する必要があるという認識が示された。また、今後複数回(several times)の会合にわたって、利上げが行われるという見通しも明らかにされた。その一方で、将来の政策決定については、データ次第であり、会合ごとに判断するという姿勢を維持した。ラガルド総裁は理事会後の記者会見で金融引き締めの「旅の途中」と繰り返し発言したものの、物価・経済動向次第で、金融政策を柔軟に変更する可能性があることにも注意が必要だ。

 

  • 物価の先行きについて、当面高い伸び率が継続するとみられる。原油価格などには一時に比べて一服感がみられるものの、天然ガス価格や電気料金は高い水準が続きそうだ。EUはエネルギー企業の超過利潤への課税(1,400億ユーロ規模)を通じて、家計や企業に支援策を講じる計画であるものの、物価抑制にどの程度効果を発揮するか見通し難い。また、賃上げや待遇改善を求めるストライキも各地で実施されており、賃金上昇やサービス価格の上昇などによる間接的な物価上昇圧力も高まりつつある。物価上昇率であるため、今年以上にエネルギー価格が上昇しなければ、来年の消費者物価指数も上昇しないことから、2023年には物価の上昇ペースは鈍化するとみられるものの、その鈍化するペースと落ち着く水準は見通し難い。

 

図表⑤ 消費者物価指数(出所:EurostatよりSCGR作成)

 

 

3. 整合性を模索する

 先行きに先行きについて、2022年後半から2023年にかけて、ユーロ圏経済は減速するだろう。ユーロ圏経済のけん引役であるドイツが景気後退に陥るリスクも指摘されている。そうなれば、ユーロ圏経済全体の景気後退局面入りも否定できない。物価上昇、エネルギー供給確保などの課題に対して、景気を悪くするしかないという厳しい状態にある。

 

 また、中長期的に脱炭素を推進するため、足元で化石燃料に新規投資することも難しい。ドイツなどを中心に、原子力発電所や石炭火力発電所など、現在ある設備を活用することで、足元のエネルギーを確保するようになっている。世論もそうした政策を支持している。しかし、こうした取り組みですら、すでに従来の取り組みから逸脱するものである。臨機応変に対応していると言えばそう言える一方で、中長期的な計画が甘かったとも言える。そのため、脱炭素に向けた理想とエネルギー供給不足という現実との整合性をどのようにとるのかを模索する動きが当面続くだろう。

以上

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