食料生産における品種保護の重要性

調査レポート

2026年09月17日

住友商事グローバルリサーチ 経済部 戦略調査チーム アナリスト
真鍋 舞

2026年9月16日執筆

はじめに

 

 2026年7月、重要品種の育成及びその種苗の生産の振興に関する法律(以下、気候変動等対応品種法)と種苗法の一部を改正する法律(以下、改正種苗法)が成立し、同月24日に公布された。本稿では、これらの法律の対象となる国内市場に焦点を当てつつ、品種の改良とその保護の意義を考察する。

 

1. 「品種」の重要性と足元の状況 

 

 食料生産にあたり、「品種」や「種苗」の持つ力は極めて大きい。例えば、鶏の原種が卵を産むのは年に1回だったが、品種改良が重ねられてきた今日の採卵鶏は、1日1個弱、年に300個ほどの卵を産む。成長に要する期間も、原種は半年ほどであるのに対し、肉用に飼育されるブロイラーは、1か月から1か月半ほどで出荷サイズに育つ。植物も同様で、コシヒカリやササニシキの10アールあたりの収量が400kg台半ばから500kg台半ばであるのに対し、多収米のつきあかり等は700kgを超える。より多収を追求してきた海外では、1,000kgを超える品種もある。それだけに、採種しても優良な性質が受け継がれず、毎年の種子購入を必要とするF1種子や、除草剤と除草剤耐性を持つ遺伝子組換え作物、施設園芸システムと専用種苗のような、種苗と化学品他、各種技術とのかけ合わせは、企業の収益や競争力の源泉となってきた。日本では、コメと麦(大麦・小麦・はだか麦)、大豆は種子法(2018年に廃止)に基づいた自治体による開発が中心だったこともあり、バイエルやコルテバのような規模の企業は国内には存在しない。しかし、野菜や果菜類は強く、サカタのタネ等は世界でも知られている。

 

 矢野経済研究所によると、国内の種苗市場の規模は、2,282億円(2025年見込、国内出荷額ベース)ほどで、近年ほぼ横ばいである[1]。しかし、新品種の登録・出願件数は減少しており、2025年度の出願・登録件数は、それぞれ541件と750件と、2007年のピーク時(各1,533件と1,432件)と比較すると、約65%減と約48%減となっていた[2]。また、国内農業は生産者の高齢化や気候変動などの課題に直面しており、新品種の開発はより期待と重要性を増している。これらの状況の下、行われたのが今回の気候変動等対応品種法の策定と種苗法の改正である。

 

2. 気候変動等対応品種法と改正種苗法

 

(1)気候変動等対応品種法 

 気候変動等対応品種法は、国内農業が広く直面する課題への対応に役立つ品種の開発を推進・奨励する法律で、重要品種育成事業と重要品種種苗生産事業から構成されている(図表1)。通称「気候変動等対応品種法」とされているが、同法が対象とする課題には、温暖化や異常気象のほかに人手不足等も含まれる。自治体主体の開発では、各地のニーズや地域性にきめ細かく対応できた一方、他県や全国まで視野に入れた開発・普及は難しく、さらに、他地域・企業などで開発された品種が自治体の奨励品種入りしにくい等の問題があった。そのため、気候変動等対応品種法では、省人化や多収化、高温などの環境変化への対応につながる、広域で普及が可能な品種を国が「重要品種」に指定し、その開発と生産を支援するとしている。

 

 重要品種育成事業では、自治体や企業等の品種育成者が品種開発にあたっての事業計画を策定・提出し、当該計画が農林水産大臣に認定されれば農研機構の設備利用や出願料の減免という特別措置を受けられる。創出された品種は登録が義務付けられる一方で、重要品種として種苗生産事業の対象になる。重要品種種苗生産事業としては、重要品種の要件を満たす品種の情報を国が都道府県に提供し、都道府県は、国との協議の下、種苗の生産・普及方針を定めた基本計画を作成する。種苗生産者は、事業活動計画を都道府県に申請し、それが都道府県の基本計画に適合していると認定されれば、指定区域内における種苗生産について、地域計画協議への参加の申出、種苗の生産団地形成に係る栽培管理協定の締結などが可能になる。新品種の迅速な生産と普及を後押しする仕組みである。

【図表1】気候変動等対応品種法(出所)農林水産省よりSCGR作成

 

(2)種苗法の改正 

 種苗法は1978年に成立した法律で、流通する種苗の管理・取り締まり(指定種苗制度)と新品種の保護(品種登録制度)の2つの柱から構成されている。開発者は新しく開発した品種を国に登録することで「育成者権」という当該品種の生産や販売などに関する権利を一定期間与えられる(図表2)。これまでも植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV)[3]に代表される国際的な品種保護強化の動きに合わせて自家増殖禁止項目の設定(1998年)や罰則強化などの改正が行われてきており、2020年の改正では、種子の自家増殖を原則禁止としたことが大きな議論になった。今回の改正では、出願期間中の輸出の差し止めや、輸出目的の保管に対する育成者権の主張等ができるように変更が加えられた。育成者権の有効期間は10年延長され、国際的にも長い35年(果樹等は40年)となった(図表3)。

 

【図表2】種苗法の仕組み(出所)各種資料よりSCGR作成【図表3】2026年の改正による主な変更点(出所)農林水産省資料よりSCGR作成

 

 また、改正種苗法成立の同日に、優良品種の海外への流出を抑止するとともに、海外ライセンスにより収益化を図る「育成者権管理機関」の第1号が認定された。認定を受けたのは、全農と青果流通会社ファーマインドの合弁会社であるJ-PLANTSで、当面は農研機構の育成品種を中心に、国内での新品種の普及や流出防止に向けた管理および輸出と競合しない形での海外へのライセンス供与を行う予定だという。国内普及対象の取扱品種としては、2026年8月時点で梨の蒼月、ぶどうのサニーハート、りんごの紅つるぎが同社ホームページに掲載されている。海外ライセンスの候補としては、柑橘や柿等が挙がっている。今後、都道府県や企業の育成品種への対象拡大も検討するという。企業等との交渉やライセンス料の徴収、無断栽培の監視、権利侵害時の訴訟などにも対応し、徴収したライセンス料は権利者に還元することで新たな品種開発への投資につなげるとしている。

 

(3)両法の意義

 新品種の開発は相当な時間と費用を要する。例えば、異なる品種や系統をかけあわせる従来型の交雑育種では、一年草のイネ等でも8~10年を要し、生育に時間を要する果樹では数十年かかる例も珍しくない(例:シャインマスカットの創出は単独で18年(親系統の交配からは33年)、紅みのり(りんご)は約38年)。近年のゲノム関連技術やAI技術の進歩は、望ましい特性を持つ品種の選別・開発をより容易にし、時間の短縮も可能にしたが、技術の活用には知見や設備が必要になる。そして、いかに開発時間を短縮しようと、実際の栽培まで含めれば開発には年単位の時間が必要になる。さらに新品種出願後も、登録までには通常2~3年、最長で6年ほどかかり、開発に使用された技術によっては追加の安全性検査や審査も発生する(例:ゲノム編集技術を活用して創出されたハイGABAトマトは、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第1期(2014~2018年)に研究が始まり2021年に一般販売開始)。品種あたりの開発費用については基本的に非公開であるものの、関係機関の予算や人件費などからの推定で数億~数十億円かかり、さらに審査やライセンス管理の負担も重い。世界展開する遺伝子組換え作物ではむしろ審査や行政手続きの費用のほうが開発よりも金額が大きく、4,000万~5,000万ドルという数字もある[4]。

 

 このように時間と費用の負担が大きい品種開発の継続には、投じたリソースの回収可否が極めて重要になる。そこで育成者権に基づいた生産・販売による収益化を可能とするのが種苗法であり、国内生産の課題解決に貢献しそうな開発・普及を特に支援・後押しするのが気候変動等対応品種法である(図表4)。例えば、後者の重要品種種苗生産事業は、従来新品種の登録後の壁であった普及(生産・販売)部分につき、都道府県との連携により、種苗生産、地域にあった育成方法の確立、利用推進等を支援する。

 

【図表4】両法による品種開発の各段階におけるサポート(出所)農林水産省よりSCGR作成

 

3. 課題

 

 気候変動等対応品種法と改正種苗法は、ともに新品種の開発・普及を後押しする目的で制定された。しかし、課題も多く残っている。

 

(1)保護と普及の両立

 新品種の開発に伴う費用の回収には権利の保護が不可欠だが、創出した品種が普及しなければ売上は拡大しない。そして保護と普及は反比例の関係にある。種苗の利用許諾を徹底し、違法利用の監視体制を構築するなど保護を強化するほど、種苗の入手や管理に伴う負担は増し、保護にかかるコスト分の価格上昇等により新品種は利用しにくくなる。しかも日本の人口が減少し、それ以上に農業生産者が減少している現状では、国内の種子・種苗市場自体、今後縮小が予想される。また、国内の品種登録件数を出願者別にみると、個人(22%)が種苗会社(27%)に次いで多いが、個人による品種開発は、自家採種を繰り返す中で進んできた部分が大きい。2020年の種苗法改正に伴う登録品種の自家増殖の禁止(育成者権が失効した品種は対象外)や生産者の減少、それに加えての今回の保護の強化は、個人による革新を一層抑制し、登録件数の減少につながる懸念がある。

 

(2)新品種の開発・普及の速度

 気候変動等対応品種法は国内の食料生産が直面している課題に対応する新品種の開発を促進・加速するものであるが、新品種の普及までに要する時間を考慮すれば、開発は時間との勝負である。農業を主な仕事とする「基幹的農業従事者」は、2016年からの10年で37.8%減少しており、2026年には初めて100万人を切った。また、その7割は65歳以上であり、平均年齢は67.7歳に達している[5]。気候変動の影響も深刻化しており、2023年の高温による一等米比率の低下は、2024年から2026年にかけてのコメの価格高騰、令和のコメ騒動を引き起こした。2025年の初めには天候不順により、キャベツが1玉で1,000円を超える異常事態も発生した。温暖化は、必要な水管理や肥料の増加という形でも生産者の負担を増しており、病害虫の広がりも問題になっている。新品種の開発による省人化や高温対策等が間に合わなければ、生産者は栽培作物自体を変更する必要に迫られると予想される。実際に、農研機構は、2025年に平均気温の上昇により、従来のみかん産地は30年後に6割が消滅し、アボカドの栽培適地が今世紀半ばに2.5倍に拡大するという予測を公表した。従来鹿児島や沖縄で栽培されていた青パパイヤが、その高温耐性や省人性から千葉や埼玉でも生産されるようになった等の目に見える変化も既に起きている。

 

(3)海外流出や違法利用への対応

 種苗法の議論で常に事例として挙げられるのが、日本で開発されたブランド品種の海外流出に伴う経済損失である。代表的なシャインマスカットの中国や韓国での栽培については、輸出市場での競合等を別にしても年間200億円の損失が生じているとされる[6]。しかし、この数字は現地での栽培を認めていた場合に得られたと想定されるライセンス料を基に算出されたものであり、相手国で品種登録が行われていなければ、ライセンス料は発生しない。つまり、今回の種苗法の改正が国内の保護体制を強化したとはいえ、海外での栽培を禁じたり、ライセンス料を徴収したりするためには、相手国でも品種登録を行う必要がある点に変わりはない。そして、海外での品種登録に要する費用や労力の負担は重い。UPOV条約加盟国については多くが共通プラットフォームUPOV PRISMAからの申請が可能ではあるものの、登録制度は国ごとに異なり、登録費用も個別に発生する。全世界で登録するのは現実的には難しいことから、申請者は、ターゲット国の絞り込みから始めることになる。また、品種登録をした場合でも、外国での生産・販売においては当該国の法制が優先される。国内の育成者権の有効期間が35年に延長されても、A国の保護期間が20年であれば、A国内ではその20年が適用されるということである。ライセンス生産での成功例としてキウイのZespri等が知られるが、海外でも本格的に収益を得ていくためには、法制度の違い等も踏まえて戦略的に判断・対応していく必要がある。

 

 これまで、直接の利益にならない、費用対効果が見合わない、対応するリソースがないといった理由で、海外のみならず国内についても、違法利用のモニタリングや発覚時の対応は徹底されず、多くの違法生産や販売が野放しになってきた。今般稼働した「育成者権管理機関」の活用や実効性が期待される。

 

4. 最後に

 

 食料生産において、品種や種子は極めて重要な鍵であり、今回の気候変動等対応品種法と改正種苗法の制定はともにその重要性を認識したものである。

 

 気候変動に伴う平均気温の上昇や異常気象が国内農業に及ぼす影響が深刻化し、農業生産者も減少する中で、環境の変化に耐性を持つ品種や、省人化に資する品種の開発への期待は大きい。種苗法の改正による育成者権の期間の延長等に代表される登録品種の保護の強化は国内の種苗市場の魅力向上につながろう。

 

 しかし、生産者の減少により、今後国内の種苗市場は縮小が見込まれ、出願・登録件数の減少からは、開発力の低下も読み取れる。単なる保護強化は、新品種の普及やイノベーション(個人による自家増殖からの新品種の創出)のブレーキにとどまる懸念をはらむ。

 

 日本にはこれまでの品種開発の蓄積があり、育成者権が失効した品種も豊富に存在する。競争力が低下する前に、ライセンス料等によって収益を確保し、それを次の品種開発につなげる意識の醸成と、収益力の強化に資する仕組みの構築・拡大が求められる。

 

[1] 矢野経済研究所 2026年版 種苗ビジネスの市場実態と将来展望

[2] 農林水産省 出願・登録の動向

[3] The International Union for the Protection of New Varieties of Plants。2026年時点で80の国や組織が加盟。日本は1982年にUPOV78に加盟した。

[4] AgbioInvestor ”Time and Cost to Develop a New GM Trait”

[5] 農林水産省 令和8年農業構造動態調査結果 統計表(令和8年6月30日公表の第1報)

[6] 農林水産省 鈴木農林水産大臣記者会見概要(2026年6月22日) 

 

 


<執筆者・アーカイブ>真鍋 舞 

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