サウジアラビア・サルマン国王訪日の背景

2017年03月15日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

1.はじめに

 2017年3月12日から、サウジアラビア(以下、サウジ)のサルマン国王が訪日している。サウジ国王の訪日は、1971年のファイサル国王訪日以来46年ぶりとなるが、サルマン国王は皇太子時代の2014年に一度訪日し、国王の息子であるムハンマド・ビン・サルマン副皇太子も2016年9月に訪日した。今回のサルマン国王の訪日は、アジア6か国を1か月間にわたって歴訪する一環であり、日本の後、中国を訪問する予定である。本稿では、サルマン国王訪日の目的、及び訪中の意図に焦点を当てて解説する。

【図表1】サルマン国王の訪日(出所:各種報道等を基に住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成、 写真はWikimedia Commonsより、著作権者は写真下に記載)

 

2.訪日目的

今回のサルマン国王訪日の目的は、大きく次の3つと考えられる。

 

(1) サウジへの投資呼び込み

【図表2】ブレント原油価格推移 サウジは長引く原油安の影響を受け、国家収入が激減し財政赤字状態が続いている。国家収入の8割以上を原油の売り上げ収入が占めており、その原油の販売価格が半値以下に落ち込んでしまったため歳入が激減した。この深刻な財政赤字に対応するため、2016年4月に副皇太子が「ビジョン2030」という経済・社会改革パッケージを大々的に発表した。これまでの原油依存から脱却しサウジを投資立国にする、国有企業を民営化し民間企業が活躍できる社会にする、経済を多角化し若年世代の雇用を生み出す、などあまりにチャレンジングなビジョンに、実現可能性を疑問視する声も聞かれるが、翌月の2016年5月には大幅な省庁再編と大臣の若返り人事を断行。更に翌6月には、担当省庁ごとに具体的な数値目標を定めた5か年計画を発表、そして年末には2020年までの財政収支均衡を目的としたプログラムも発表した。特に財政収支均衡については、エネルギー補助金や公務員給与の削減など主要政策の多くが、第一歩として小幅ながら既に実施されており、着実な実施が期待される。

 

 この改革を進めていく上で、サウジは従来のパートナーであった米国に加えて、経済力を持った日本や中国を戦略的パートナーと考え、ビジョン2030実現のためのサポートを期待している。日本政府も、サウジ政府の期待に応え、2016年9月の副皇太子訪日時に「日本・サウジ・ビジョン2030共同グループ」を立ち上げ、ビジョン2030実現への日本の強い協力姿勢を表明した。その後、貿易・投資から文化・スポーツ交流に至るまで各分野の作業部会が立ち上がり、事務レベルでも活発な議論が行われてきたが、今回の国王訪日に合わせて、2国間協力の方向性と具体的なプロジェクトをまとめた「日・サウジ・ビジョン2030」が発表された。脱石油依存を目指し経済を多角化し雇用を増大するためには、サウジへの産業誘致が必要であり、エネルギー、健康・医療、質の高いインフラ、投資・ファイナンスなど重点9分野にまたがる協力分野が設定され、今後の包括的かつ戦略的な2国間協力体制が示された。

 

(2) アラムコ新規株式公開(IPO)への興味喚起

 原油価格が落ち込む現在の状況下で、2018年にも実施される史上最大と言われるアラムコIPOを成功させるために、サウジ政府はアラムコへの投資に日本や中国を惹きつけたいという思惑がある。また、どこで株式を上場するのかも話題になっている。ニューヨーク市場での株式の上場には、米国と関係が悪化した時に容易にオイルマネーを差し押さえられてしまう懸念があるため、世界金融センターの一角であるロンドンでの上場や、中国マネーの取り込みを狙って香港やシンガポールでの上場の噂も出ている。資源関連企業が多く上場するトロントに加え、東京証券取引所もアラムコ株の上場誘致合戦に名乗りを上げており、今回の国王訪日に合わせて、日本取引所グループ(JPX)はサウジ証券取引所との関係を強化する覚書に署名した。しかし、アラムコIPOの幹事会社がJPモルガンなどの米系金融機関に決まったことで、ここにきてニューヨーク市場への株式上場が現実味を増してきている。

 

(3) サウジ原油の市場シェア確保

【図表3】サウジの主要貿易相手国(2015年)

 サウジにとって日本と中国は、サウジの最大の輸出品である原油を大量に買ってくれる上顧客である。日本の輸入は年々減っているものの、依然サウジから日量約140万バレルの原油を購入する大切な販売先であり、また、中国はサウジにとって輸出も輸入も第1位の最重要貿易相手国である。しかし、日本も中国もリスク回避のために原油調達先の多角化を目指しており、また近年ロシアやイランからの石油輸出攻勢で両国への原油輸出も増加しているため、サウジはアジア市場における自国原油のシェアが落ちてしまうことを懸念している。日本のようなエネルギー輸入国は、産油国が原油を売ってくれなくなるリスクを常に心配するが、逆に産油国は消費国が自分たちの原油を買ってくれなくなることを懸念している。そのため、日本や中国のような大切な顧客のつなぎとめも、今回の訪日そして訪中の重要な目的の一つと考えられる。

 

 

3.サルマン国王訪中の意図

 また、訪中には別の意図も見え隠れしている。アメリカで2017年1月にトランプ政権が誕生し、サウジ政府はトランプ政権がサウジのライバルであるイランに対して強く出ることを期待しているが、現在のところ具体的な政策は見えていない。トランプ政権は、過激派グループであるイスラム国の撲滅も目標に掲げており、その目標達成のためには、現在シリアやイラクでイスラム国と戦っているロシアやイランとの協調が不可欠になってくる。結局のところ、トランプ政権が中東においてどのような政策をとるのか不透明な状況の中、国連安保理の常任理事国であり、AIIBを設立するなど、国際社会の政治・経済に大きな影響力を持つ中国とのパートナーシップに対する期待は大きいだろう。

以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。