ベトナムの政治経済情勢 -好調を続ける経済とTPP、共産党

2016年02月01日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

1. はじめに

 東南アジアの多くの国が経済の停滞に悩む中で、ベトナムは安定して高い経済成長率を維持している。好調な経済は、環太平洋パートナーシップ(TPP)によりさらに加速することが期待されている。

 また、ベトナムでは、2016年1月、5年に1度の共産党大会が開催された。これにより、指導部が改選され、新たな体制が発足することになった。

 そこで、本稿では、好調を続けるベトナム経済の現状とその背景、TPPがもたらすインパクトを説明し、その上で新体制の下での今後の展望について解説する。

 

 

2. 好調を続けるベトナム経済

 ベトナムの2015年第4四半期の実質GDP成長率は前年同期比7.0%のプラスと2010年第4四半期以来の7%超えを記録した。2015年通年の成長率は6.7%と政府目標の6.2%を大きく上回った(【図表1】)。

 

【図表1】ASEAN6か国の実質GDP成長率

【図表1】ASEAN6か国の実質GDP成長率
(出所:各国政府発表、Bloombergより住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成)

 近年のベトナム経済の成長を支えたのは輸出の拡大である。ベトナムの貿易収支は2012年から3年連続で黒字を記録した(【図表2】)。

 

【図表2】貿易収支の推移

【図表2】貿易収支の推移
(出所:ベトナム統計総局よりSCGR作成)

 背景にあるのは外資を中心とした輸出企業の投資・生産の拡大である。ベトナムの主力輸出品は縫製品や履物、水産物であったが、これに加え、サムスンなどの外資系企業が進出したことで、携帯電話やコンピュータ、関連部品などの輸出が大幅に増加した。

 ベトナムの輸出の拡大は、世界的に貿易が停滞し、中国経済が減速する中でも続いているが、その背景には、生産コストの低さに起因する競争力の強さに加え、輸出先の多様性があると考えられる。ベトナムの輸出相手国は、2014年時点で、1位が米国、2位が中国、3位が日本であり、他の東南アジアと比べて米国の比重が高く、中国の比重が低い(【図表3】)。

 

【図表3】輸出相手国(2014年)

輸出相手国(2014年)
(出所:ベトナム統計総局、ベトナム税関総局よりSCGR作成)

 このため、米国の好況による利益を享受し、中国経済の減速の影響をある程度抑えることができたと考えられる。

 一方で、2012年から拡大を続けた貿易黒字は2015年から縮小しつつある(【図表2】)。この背景にあるのは内需の拡大に伴う輸入の急増がある。近年の実質GDP成長率の寄与度をみると、輸出よりも民間消費の方が大きな役割を果たすようになったことが分かる(【図表4】)。

 ベトナムの人口は9,000万人を超える。1人当たりGDPも、全国では2015年時点で2,170ドルであるが、ホーチミンではすでに5,000ドル、ハノイでは3,400ドル近くに達している。ハノイ近郊には2015年10月、イオンモールが開業した。

 消費を支える大きな要因となっているのが物価の安定である。2011年に20%を超えていたインフレ率は近年低水準で安定的に推移し、2015年は0.6%と過去14年間で最低だった(【図表5】)。

 

【図表4】実質GDP成長率の需要別寄与度の推移

【図表4】実質GDP成長率の需要別寄与度の推移
(出所:ベトナム統計総局よりSCGR作成)

   

【図表5】CPI推移

CPI推移
(出所:ベトナム統計総局よりSCGR作成)

 このように、輸出、消費の安定した拡大がベトナム経済の好調を支えている。そして、この好調をさらに加速させると考えられるのがTPPである。

 

 

3. TPPがもたらすインパクト

 2016年1月に発表された世銀の報告書は、ベトナムのGDPはTPPにより2030年までに10%押し上げられるとの試算を出している。これは他の参加国への効果と比べて圧倒的に高い数値であり、このためベトナムは最大のTPP受益国といわれている。

 ベトナムが恩恵を受けるのは、米国と日本をはじめとする巨大な市場が関税を撤廃することにより、縫製品、履物、水産物などの輸出が拡大すると見込まれるからである。

 2015年の外国直接投資の認可額は227億ドルであり、2009年以降で最高額となった(【図表6】)。外国企業からの期待がより高まっていることがうかがわれる。

【図表6】外国直接投資の推移

【図表6】外国直接投資の推移
(出所:ベトナム統計総局よりSCGR作成)

 一方で、TPPにおいて、ベトナムは国営企業改革などにも合意しており、その実施は政府にとっては大きな課題となる。この点で気になるのは政治の動きである。

 

 

4. ベトナム共産党大会

 1月20日から28日まで5年に1度のベトナム共産党大会が開催され、トップ4すなわち党書記長、国家主席、首相、国会議長すべてが改選された。

 1月初めまでは、グエン・タン・ズン首相が書記長に就任するとの見通しが有力であったが、グエン・フー・チョン書記長が当面留任することになった。チュオン・タン・サン国家主席、ズン首相、グエン・シン・フン国会議長はいずれも退任し、新国家主席にはチャン・ダイ・クアン公安相、新首相にはグエン・スアン・フック副首相、新国会議長にはグエン・ティ・キム・ガン国会副議長が就任することが内定した(【図表7】)。これらの3人は7月頃に開催が予定される国会で正式に選出される予定である。

 

【図表7】指導部の交代

【図表7】指導部の交代
(出所:Wikimedia Commons, 撮影者は写真下に記載)

 

 

 ベトナムではTPP参加や対中政策をめぐる議論の対立があり、ズン首相の強いリーダーシップや縁故主義に対して反発があったとみられる。ベトナムは集団指導体制をとっており、指導部の交代が国家の大きな方向性に影響を与えることはほぼないと考えられるが、今後、よりコンセンサスを重視した意思決定がとられ、改革の進展に一定の影響が及ぶ可能性がある。微妙な政治バランスには引き続き注視が必要である。

        以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。