BREXIT決定後に再燃した欧州金融不安
2016年07月19日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美
英国のEU離脱(Brexit)決定後、欧州で金融不安が再燃している。
英国は6月23日の国民投票でEU離脱を選択し、世界に衝撃を与えた。最短でも2年とされる離脱プロセスは見通しが立ちにくく、国際政治・経済の両面にも不確実性が高まることで英国、欧州ひいては世界経済の下押しになる公算が高まっている。低成長と低金利は銀行収益を圧迫するが、これがさらに長期化する見通しとなった。
これを受け、真っ先に売りを浴びたのはイタリアの銀行株だった(図表①)。イタリアの銀行は数が多すぎることや融資業務の比重の高さ等でかねてから収益性の低さが指摘されていたが、そこに景気の長期低迷が重なり、不良債権は3,600億ユーロとGDPのおよそ20%にまで膨れ上がっている。銀行融資全体に占める不良債権比率は金融危機時の米国でも5%だったのに対して、イタリアは17%と突出して高い(図表②)。イタリア政府は危機感をあらわにし、Brexitが決定した直後に、一部の銀行に対して最大400億ユーロの資本注入ないし政府保証の検討を開始したと発表した。しかし、ここにも問題を内包する。
図表①で赤線で示したイタリア国内3位のモンテパスキ銀行の不良債権比率は42%という水準で、年初から既に株価は大きく下がっていた。EUでは2016年1月から銀行の救済に関して新たな規制が実施されており、投資家や預金者などの民間債権者が負債総額の8%を負担するまで公的資金を投じることを規制する内容となっている。これを一般に「ベイルイン・ルール」と呼ぶ。
これは金融危機の際に銀行に血税を注入して救済したことに対する批判と、金融危機と財政危機の負の連鎖を断ち切る目的で導入されたものだ。
レンツィ首相はEUに対してベイルイン規制の例外適用を求めているが、新規制の開始直後に特例は認められないと拒否されている。また、モンテパスキは欧州中央銀行から不良債権の削減加速も求められているが、現状では資本増強は極めて困難だ。イタリアは、ユーロ圏に加盟しているために通貨切り下げによる産業競争力回復もできず、国民の痛みを伴わずに公的資金で銀行を救済することもEUルールでできない、というジレンマに晒されている。
この影響は主に2つある。1つは政治的な影響である。イタリアでは10月30日または11月6日に憲法改正に関する国民投票が予定されている。レンツィ首相はこの投票で憲法改正が否決されたら辞任すると公約している。仮にイタリア国民が現政権にNoを突き付ける場として国民投票に臨み、憲法改正が否決された場合、首相は辞任することになり、既に台頭しつつある反EU政党が勢力を伸ばす可能性がある。このことは、多くの国で選挙が予定される2017年に向けて欧州の政治リスクを更に高めることになりかねない。
もう1つの影響は、市場で次の「危ない銀行探し」が既に始まっていることだ。6月29日に米FRBが発表した銀行ストレステストでは、スペイン・サンタンデール銀行とドイツ銀行の各米国子会社が不合格となった。6月30日にIMFが発表した年次資料では、世界のメガバンクの中で金融システムへの潜在的リスクが大きいのは順にドイツ銀行、HSBC、クレディスイスだと指摘されている。図表③はそれらの銀行の株価状況を示したものだ。赤で示したイタリアの大手3行と、クレディスイス、ドイツ銀行の下げが目立つ。 7月に入ると、英国の商業不動産ファンドの一時解約停止が発表され、不動産のエクスポージャーの大きい銀行の株が売られる場面もあった。7月29日には欧州中央銀行のストレステストの結果発表が予定されており、不合格ともなれば再び不安視される可能性がある。
銀行の体力低下は融資停滞などを通じて実体経済に影響を及ぼしかねないが、イタリアについてはEUのルールと国内政治の要求との対立という問題も抱えている。現在、不良債権処理について様々な方策が検討されており、市場は小康状態ではあるが、メディア記事では既にItalyとLeaveを掛け合わせた「Italeave」なる造語も散見される。図表④で示した経済規模からみても、事態がイタリアのEU離脱にまで発展すればその影響はギリシャの比ではなく、今後の動向を注視していく必要がある。
以上
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