COP22と米国トランプ政権

2016年11月21日

住友商事グローバルリサーチ 環境・エネルギー調査部
大代 修司


1. COP22と米大統領選

 2016年11月7日からモロッコのマラケシュで開かれていた気候変動枠組条約第22回締約国会議(COP22)が同月18日に閉幕したが、会期中にドナルド・トランプ氏の米大統領選勝利が伝えられると動揺が広がり、米国代表団に米国の今後の動向について質問が殺到した。米国からはジョン・ケリー国務長官も出席したが、他国の首脳にトランプ氏との会談の機会には気候変動を話題にしてほしいと述べたとのことである。なお、日本からも山本公一環境相が参加したが、パリ協定の批准が遅れたため、議決権のないオブザーバー参加となった。

 

 

2. 米国の気候変動政策

 トランプ氏は気候変動に対しては「でっち上げだ」としており、パリ協定からの脱退を表明しているが、パリ協定自体は発効しており、米国も批准しているため、制度上今後4年間は脱退できない。ただ、大本の気候変動枠組条約自体から離脱してしまえば自動的にパリ協定から脱退することとなる。また脱退せずともパリ協定及び世界の気候変動政策に非常に大きな影響を及ぼすことが考えられる。

 【図表1】に示すように、米国は中国に次いで多量に二酸化炭素を排出しているが、オバマ政権では、2005年比で2025年までに温室効果ガス排出量を26~28%削減するとしていた。

【図表1】国別の二酸化炭素排出量(出所:2015年時点IEA(2015)データより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 この目標を達成するため、米国内では、既設火力発電所からのCO2排出を規制するClean Power Plan (CPP)等を打ち出していた。CPPは現在米国最高裁の判決で一時執行停止状態となっているが、欠員となっている最高裁判事にトランプ政権が共和党系の判事を任命することによってCPP自体が否決されることになると見られている。またEPA米環境保護局が自動車の現行の燃費基準を2025年までに2倍に引き上げるという非常に厳しい新規制を予定していたが、これも承認されない見込みである。トランプ氏がEPAの政権移行チームのリーダーに地球温暖化に懐疑的なマイロン・エベル氏を指名したところ、新規制に反対していたゼネラルモーターズなどの株価が大幅に上がるといった現象も起こっている。

 もっともCPPの廃止によって石炭火力が復活するかと言えばそうはならないと見られている。これは米国では石炭火力よりも安価なシェールガスによるガス火力の方がコストが安く、必ずしも環境規制のために削減されているわけではないからである。

 

 

3. 緑の気候基金(GCF)への影響

 いずれにせよ米国内での温室効果ガスの削減は停滞するものと見られるが、また国際的にも気候変動対応に大きなブレーキをかける可能性がある。米国がパリ協定を脱退しかねないこと自体大きなブレーキであるが、さらにオバマ政権が表明していた、緑の気候基金 (Green Climate Fund: GCF)への拠出をトランプ氏は取りやめるとしており、パリ協定に深刻な影響を与える。パリ協定を採択したCOP21では先進国が途上国へ2025年までに年1,000億ドルを支援することと決まっており、米国はまず30億ドルの拠出を表明していた。【図表2】にこれまで拠出を表明している国とその拠出金額を示しているが、米国が最大の拠出国である。日本も15億ドルの拠出を決めており、さらに2020年には官民合わせて1.3兆円の途上国支援を実施するとしているが、米国抜きでこのような支援が効力を発揮できるのか、また、持続できるのかが大きな疑問である。

【図表2】主要国のGreen Climate Fund(GCF)拠出額

 

 

4. 米国人・米国企業の気候変動に対する意識

 ただ、米国人の意識調査で人為的な温室効果ガスによる温暖化が進んでいると認識している人の比率は、2010年には50%だったが2016年には65%に増えている。また【図表3】は米国企業が気候変動問題に対応している例であるが、既に多くの米国企業がインターナル・カーボンプライシングといった二酸化炭素排出量をベースとした指標を経営や事業活動に取り入れている。さらに米国の有力企業154社以上が、オバマ政権が推進した米ビジネス気候変動対応行動誓約(American Business Action Climate Pledge)に署名し低炭素投資とクリーンエネルギーへの転換を誓約している。米国政府がこの分野で何もしなければ気候変動に対するルール作りの主導権を失うことにもなりかねず、トランプ氏もこの動向は無視できなくなる可能性はある。

 

【図表3】代表的なインターナル・カーボンプライシング導入企業

以上

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