イラン大統領選挙の展望

2017年05月15日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 5月19日金曜日に、イランの大統領選挙が行われる。その展望と、大統領選に大きな影響を与えるトランプ政権の動きを解説する。

 

1.イラン大統領選の概要

 イランの大統領の任期は4年で、2期連続8年務めることができる。過去4人の大統領は全員2期8年を全うし、今回も現職の穏健派ロウハニ大統領が再選を目指して出馬している。5月19日の投票で過半数の票を得る候補者が出ない場合には、上位2人での決選投票が1週間後の5月26日に実施される。前回の選挙では、1回目の投票でロウハニ大統領が51%を獲得し、大統領に選出された。

 今回の大統領選の候補者は、【図表1】の6人で、左側の3人が支持率の高い候補者とされている。

 

【図表1】第12回イラン大統領選挙候補者(出所:各種報道等より住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成、写真はWikimedia Commonsより、Authorは写真下に記載)

 

 イランでも、米国やフランスと同じく、大統領選挙前に候補者によるテレビ討論会が行われる。今回も、既に4月28日、5月5日、5月12日と、3週にわたり3回(1回3時間)のテレビ討論会が行われ、政治、経済、社会などについて幅広く討論が交わされたが、最大の争点は経済である。テレビ討論会では、原則主義派のガリバフ市長とライースィ師がロウハニ政権の政策を激しく批判し、それに対してロウハニ大統領とジャハンギリ副大統領が反論するという場面が何度も見られた。

 

 今回の選挙は、第1期ロウハニ政権(2013~17年)に対する信任投票という色合いを持つ。ロウハニ政権は核合意と制裁解除を実現したものの、多くの国民は自分の生活が豊かになったとは感じていない。国際関係の改善やエアバス・ボーイングからの旅客機大量購入など、国民の生活とかけ離れたところでの成果をアピールするロウハニ大統領に比べ、貧困層への手当の支給を増額すると主張するライースィ師や、力強く雇用拡大を約束するガリバフ市長の主張は国民の生活に直結したもので、特に貧困層に対して強いアピール力を持つと考えられる。実際にいくつかの世論調査結果によると、テレビ討論が進むにつれてライースィ師とガリバフ市長が少しずつではあるが支持率を伸ばしている。

 

 ロウハニ大統領は、前回の選挙と同様、1回目の投票で過半数の票を獲得して再選を確実にしたいと考えているが、ライースィ師やガリバフ市長は、決選投票に持ち込んで、反ロウハニ票を結集させて戦う構えである。現職が再選を目指す大統領選挙で決選投票に持ち込まれた例はこれまでにないが、前述の通り、現政権の経済政策に不満を持つ国民も多く、51%というギリギリ過半数で当選した前回より国民のロウハニ大統領への支持は低下しているとも言われており、決選投票になる可能性も出てきている。

 

 

2.トランプ政権の動きとその影響

 イランの大統領選を見るうえで重要なのがトランプ政権の出方である。ロウハニ政権は、オバマ前政権時に核合意を実現させた。しかし米国は、イランに課していた制裁を完全に撤廃したのではなく、制度上は制裁を残したまま、大統領権限で一時的に効力を停止している状態である。これらには、120日ごとに見直されるものと180日ごとに見直されるものがあるが、トランプ大統領就任後の初めての見直しが、今週つまりイラン大統領選の直前に行われる予定である。トランプ大統領は、選挙キャンペーン中から「核合意は最悪の合意であり、自分が大統領になれば破棄する」と主張してきただけに、トランプ大統領が制裁停止継続の署名をするのかどうか、その決断が注目される。

【図表2】トランプ米大統領の初外遊日程(出所:各種報道等よりSCGR作成、写真はWhite Houseより)

 仮にトランプ政権が制裁を復活させるような事態になれば、制裁解除の実現を主要な成果として国民にアピールしてきたロウハニ大統領の立場を弱め、反米強硬派を勢い付かせかねない。また、仮に決選投票に持ち込まれた場合、その直前の5月20~23日にかけてイランの最大のライバルであるサウジアラビアとイスラエルを訪問する予定のトランプ大統領の言動によっても選挙結果が大きく影響されることになるだろう。

 

 現職のロウハニ大統領が優位とは言われているが、直前まで目が離せないイラン大統領選の状況と、選挙結果に大きく影響を与えかねないトランプ政権の動きに注視したい。

 

以上


*2017年5月17日追記:

5月15日月曜日、有力候補の一人であったガリバフ・テヘラン市長が大統領選の出馬辞退を表明した。原則主義派内で、当初の思惑通りライースィ師に候補者を一本化するのが目的である。ガリバフ氏は書面で「私の支持者は、全員ライースィ師支持に回ってほしい」と述べた。また、その翌日の16日には、改革派のジャハンギリ副大統領も出馬辞退を表明。こちらも当初から言われていた通り、改革派の支持をロウハニ大統領に一本化させるためである。それに先立つ14 日には、改革派の重鎮であるハタミ元大統領が、ビデオメッセージで公式にロウハニ大統領支持を表明していた。投票日直前の2候補の辞退により、有力候補がロウハニ大統領とライースィ師の2 人に絞られたことで、決戦投票に持ち込まれる確率は低くなったとみられる。

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