英国総選挙 保守党“大敗”と今後の見通し

2017年06月12日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石野 なつみ

 6月8日に行われた英国の解散総選挙の結果と、今後の見通しについて解説する。

 

1.英国総選挙結果

【図表1】 英国総選挙結果(出所:各種報道等より住友商事グローバルリサーチ作成、写真:Chatham House/ Wikimedia Commons)

 この選挙は近年まれにみる混戦となった。保守党が318議席を獲得し、第1党を維持したが、解散総選挙前の330議席から13議席減らし、過半数を割った。これは、保守党としては事実上"大敗"である。投開票直後、メイ首相自身は辞任を否定していたが、保守党内部や他政党からの引責辞任へのプレッシャーがかけられている状況である。

 一方、解散総選挙前に229議席であった労働党は30議席増やし、262議席を獲得。他に目立った飛躍は惨敗すると思われていた自民党の12議席獲得である。

 

 

2.保守党"大敗"の理由

【図表2】保守党“大敗”の理由(出所:各種報道等より住友商事グローバルリサーチ作成、写真:Sophie Brown/ Wikimedia Commons)

 次に保守党"大敗"の理由について解説する。最大の理由として、メイ首相の選挙キャンペーン戦略の失敗が挙げられる。保守党の公約を幾度も撤回したことで、"Uターン"と批判され、メイ首相自身が国民からの信頼を失った。また、ロンドン橋のテロ発生時に政府が批判された警察官の数の減少、治安関連予算の減少は、どちらもメイ首相が内務大臣時代に決定したことで、メイ首相の政策およびメイ首相自身への批判の声が非常に高くなった。

 この機会を逃さなかったのが、労働党のコービン党首である。もともとあまり投票をしない若年層からの支持を拡大し、一度も党首同士の討論会に出席しなかったメイ首相のリーダーシップの欠如を声高に批判したことも、労働党の躍進につながったといわれている。

 

 

3.英国の今後の見通し

 どの政党も議会で過半数を取れないハング・パーラメントとなった結果、メイ首相は早急に対応した。まず、北アイルランドの中道右派政党である民主統一党との「協力」を取り付け、エリザベス女王に報告した。その後、記者会見で民主統一党との協力体制を整え、少数政党政権を誕生させたと発表した。

 しかし、これはメイ首相が勝手に行動・宣言したことで、民主統一党は、「前向きな話し合い」をしているが、話し合いは今週も続く見込みとの発表を行った。

 ハード・ブレクジットを推進する保守党と、Brexitには一定の理解を示すが、北アイルランドとアイルランド共和国との国境はこれまでどおりソフト・ボーダーを望む民主統一党との間に「協力」を越えた「連立政権」は難しい可能性もある。また、たとえ民主統一党が「協力」したとしても、保守党が少数政党政権であることには変わりない。

 そんな中、ハモンド財務相、デービスEU離脱担当大臣等、 ほぼすべての閣僚の留任が発表された。しかし、メイ首相への批判は、野党はもとより保守党内部からも起こっており、彼女を操っているといわれたアドバイザー2人が辞任した。彼らはメイ首相に解散総選挙実施を進言したといわれ、保守党議員らが、"彼らの解雇か、メイ首相の辞任"を迫ったとされている。メイ首相は孤立状態にある。

 このような混乱が続く中で、このままメイ首相が政権運営を行おうとしても、2度目の解散総選挙の可能性も否定できない。また、メイ首相に対する不信任案が提出される可能性も残されている。

 

 

4.Brexit交渉の見通し

 Brexit交渉の開始は6月19日に予定されている。選挙結果が明らかになった直後には予定通り交渉を開始すると言っていたメイ首相は、議会の混乱を受け、その後「数週間以内に開始」と言い換えたが、6月12日朝の段階ではまた、予定通り19日に開始するとしている。

 先述の通り、保守党と民主統一党の協力あるいは連立政権の今後の政策協議が不透明な中で、労働党、自民党、スコットランド国民党による連立政権の可能性も理論的にはまだ可能性がある。実際、コービン労働党党首は、連立政権樹立を日本時間6月12日朝のテレビインタビューで訴えている。

 その場合、英国のBrexit交渉の方向性に影響が出ると思われる。まず、労働党はソフト・ブレクジット、つまりEU市場へのゼロ関税のアクセスを公約に掲げている。また、自民党はBrexit自体に反対しており、2度目の国民投票実施を最重要公約としている。さらに、スコットランド国民党も基本的にBrexitに反対の立場である。

 ただし、EU側は、ソフトでもハードでもない、クリーン・ブレクジット(Clean Brexit)、つまり英国が第3国扱いになる「完全な縁切り」しかないと考えており、どのような交渉内容を英国が望んだとしても突っぱねるつもりである。そして、英国が新政権でBrexit交渉に臨んだとしても、何も決まらず、2019年3月を迎える可能性がある。

 今回の解散総選挙は英国の政情をかつてないほど不安定にしただけであり、2019年3月の時点で通商上のステータスが何もないWTOベースの第三国扱いになる可能性もあり、コンティンジェンシー・プラン(危機管理計画)を含め、これまで以上に注意しなければならない状況だと思われる。

 

以上

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