米中貿易戦争による日本経済への影響

2018年04月16日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
本間 隆行

 

 トランプ政権は、中国による知的財産取り扱いを不公正とし、通商法301条に基づき、中国から米国へ輸出される物品1,300品目、推計輸入額で500億ドル相当について一律25%の追加関税を賦課すると発表し、WTOへも提訴しています。中国もこれに対抗し、米国からの輸入品106品目について25%の追加関税を賦課すると対抗措置に出ています。更に、トランプ大統領は追加で1,000億ドルを賦課するべくUSTR(通商代表部)に指示を出しています。二つの経済大国間での対立はメディアを中心に「貿易戦争」と表されています。一方、米中間での対話は続いており、追加関税賦課を双方表明したものの実施まで時間的な余裕が残されていることから、「戦争」には至らず、双方がどこかで手打ちにすることで収束を迎えるという観測も根強い状況です。トランプ大統領は選挙期間中から不公正な貿易とそれに起因する巨額の貿易赤字により米国の雇用が他の国に奪われていると一貫して主張しており、今回の一連のアクションはトランプ大統領にとっては有権者との約束を実行に移しただけ、ということになります。約束を実行しなければ2018年11月6日に行われる中間選挙で共和党を勝利へ導くことにならないばかりか、自身が目標として掲げた再選が危うくなります。トランプ大統領のこうしたアクションに対し「経済的には非合理的な政策だ」との冷ややかな評価や「大人の対応をするだろう」との期待もありますが、最近のホワイトハウスにおける人事などを念頭に置くと、大統領選挙での約束を守ること、つまりアメリカ第一主義を最優先課題として前面に押し出してきています。足元では支持率も持ち直す兆しを見せ始めていることからより強気の政権運営へと変化していくことも考えられます(図表1)。

 

図表1:トランプ大統領支持率(出所:Real Clear Politicsより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 米国の貿易収支赤字に占める対中貿易赤字の割合は2000年代初めには25%ほどでしたが2008年の金融危機をきっかけに割合は急上昇し、それ以降現在まで5割弱で推移しています。米国では景気回復が続いたことで最近では対EUの貿易赤字が対NAFTA、対日本の赤字よりも比率が拡大しています(図表2)。貿易赤字を減らすには輸出が輸入を上回らなければなりませんが米国のような国民1人当たり所得の高い国から中国のような低い国に輸出を増やすのは容易なことではありません。そしてもう一つ重要なことは金融危機を経ても対中貿易赤字が減少していない点です。不況期の一時凌ぎで安価な財に対する需要が増えたことが中国からの輸入増の背景であれば一件落着ですが、景気回復が実現したにも関わらず一定割合の輸入が定着しています。これは米国企業が(もちろん日本企業もですが)より安い人件費を求めて中国に生産拠点を置き、米国への輸出を強化したことなどが挙げられます。結果的に財の貿易収支は対中赤字が続いていますが知的財産などのサービス貿易では黒字となっています。しかし、中国進出時に知的財産や技術移転を求めるなど外国企業に対する扱いが不公平というのがトランプ政権の主張です。また、米国にとって重要な産業や技術を有する企業の買収にも規制を厳しくしています。先般、クアルコムという半導体メーカーをシンガポール系企業が買収をしようとしましたが差し止めになったのも国の安全保障と産業保護がその理由とされています。

 

図表2:米国の貿易赤字発生元(貿易赤字対比)(出所:米国センサス局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 製造現場をコストの安い新興国に移転させ、非製造業(サービス業)を推進役として経済政策運営を進めることが先進国の今後の成長パターンであり、新興国の目指すところと評価されていましたが、今回の問題はそうした産業の有り方にも一石を投じました。もし、いま米国が海外の生産設備を国内に回帰させようとしても生産技術や技術開発拠点が無ければ回帰させることは物理的にかないません。合理的に見えた金融危機後の米国経済の構造変化ですが、国として守るべき一線がある、ということを示唆するものかも知れません。そうした現状を理解できるからこそ、米国の内向き政策を批判してきた他の先進国も、ここで明確な反対の意向を示せないというジレンマに陥っているように映ります。

 

 

 一方の中国は米国向け輸出があったことが、中央政府の目標とする経済成長率を達成できた要因でもあります。今後輸出が減少すると外需の取り込みが難しくなり成長を下押しさせるばかりか、既存の輸出向け設備が過剰になるリスクが浮上してきます。中央政府の歳出増を下支えとしながら、ようやく成長軌道に戻りかけた中国経済にとってやはり痛手であることに変わりはありません。関税引き上げが両国で回避され対立が先鋭化しなくとも、最終的にトランプ政権の貿易赤字を削減するという目標に行動を合致させるとなると中国側が輸出自主規制を行うか、米国の貿易赤字を削減させるほど米国産製品を輸入する必要に迫られるので、中国にとって政策運営の難易度は上がることになります。

 

 

 今回の貿易戦争が米中2国間だけの問題であれば我が国にとっては関係のないことになりますが、米中経済の相互依存を前提に企業が中心になって産業のグローバル化を進めてきたことを考慮すると、この対立により日本も影響を受けそうです。また、我が国も中国同様に多額の対米貿易黒字を保有しているとトランプ政権は主張しています。

 

 

 2017年の世界経済は期待以上に強かったわけですが、その原動力は何かを突き詰めていくと米中経済が好調だったから、という点に解が求められます。戦後からこれまで、我が国経済の成長と安定は海外経済によって支えられてきましたが、同時にその動向が景気の安定を脅かす最大のリスクにもなっています。近年では特にその結びつきが強まっており、1995年の貿易総額は対GDP比で16.7%だったものが2017年には34.4%まで大きく増加しています。輸出は17%と半分程度を占めていますので単純に輸出が増えたのではなく、輸入も相応に増加しているのが特徴です。もう一つの特徴は海外に投資したことで得られる所得の受け取りが1995年はGDP比で1%に満たなかったものが今では3.6%を占めており、規模としては年間で約20兆円に拡大しています。2017年の日本の対米貿易黒字が7兆円ほどでしたので例えばこれがすぐに半減(3.5兆円削減)するとなると名目経済成長率を0.6%ほど下押しすることになります。名目経済成長率で2%前半の成長に留まっている我が国にとって、そうなった場合の影響は決して小さくはありません(図表3)。

 

図表3:我が国の海外経済依存状況(出所:内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 ところで、バブル崩壊の後、我が国において過剰な生産能力を持て余していたことで設備投資は長年横ばい圏内の動きにとどまっていましたが最近では外需の増勢を契機に設備投資が活発になっています(図表4)。設備投資の動きと密接な関係がある工作機械受注は2017年初めから足元まで外国からの受注が急増しており、2018年になってからは国内からの受注も増加に転じているなど好循環が生まれつつあります(図表5)。しかし、中長期的には米中の対立がこうした好循環を断ち切ってしまうのではないかとの懸念も生じています。

 

図表4:企業の設備投額と輸出(出所:内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

図表5:工作機械受注(出所:日本工作機械工業より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 海外からの所得を生み出している我が国の企業による海外での活動は依然活発になっています。アジアでは進出先国内(自国内)向けが経済成長に伴い増加していますが、我が国以外の第三国向けに売り上げが立っている割合は依然として少なくありません。同じ統計で米国を見た場合の企業活動はほぼ地産地消となっていますが、アジアでは各業種で独自のバリューチェーンが構築されており、先進国向けを中心に輸出されています。今回のような貿易摩擦が先鋭化してしまうことで、企業活動が委縮し売り上げに影響する結果、企業の利益が損なわれることが懸念されます(図表6)。

 

図表6:アジアにおける我が国企業の売上先(出所:経済産業省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 さて、双方の関税引き上げが実施された場合、知財保護の状況や関税メリットを求めて米国企業から我が国企業に対する需要が増えることは充分に考えられます。しかし、米国企業が輸入元を振り替えたところで貿易赤字の削減には繋がりませんし、むしろ新たな貿易摩擦が生じます。そして、何よりも昨今の人手不足やこれまで能力拡大投資を必要最低限しか行っていなかった我が国ではその受け入れ余地は充分ではありません。

 

 

 先日、トランプ大統領がTPPへの参加をほのめかしましたが、参入ハードルが高ければ2国間FTAの提案や為替操作国の対象として我が国を取り上げることを示唆することなど、これまで以上に政治的な圧力を強めてくることが考えられます。結果的には円高圧力はくすぶり続けますし、米国の政策変更に対する不安が払拭されないことで企業行動も制約され、我が国の経済活動が萎えてしまう可能性には留意が必要です。今回の「貿易戦争」では、過去から学ぶべき点ももちろん大いにあり、米中間が衝突することなく話し合いにより解決に向かうことが最良のシナリオですが、金融危機後の10年間に築かれた経済構造が今後大きく変化するリスクも同居しており、報じられている以上に緊張感が募っています。

 

 

以上

 

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。