カタール断交の背景とその影響について

2017年06月12日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 カタールに対する国交断絶問題の背景とその影響について解説する。

 

1.カタールとの断交

 6月5日、サウジアラビア(以下、「サウジ」)、UAE、バーレーン、エジプトの4か国は、カタールに対して、テロ組織を支援しているという理由で、外交関係を断絶すると発表した。外交関係の断絶と同時に、カタールに対し陸・海・空全ての国境を閉鎖し、カタール唯一の陸路国境であるサウジとの国境を閉鎖、カタール船籍の船や前後にカタールに寄港する船の入港を禁止、空路に関しても直行便の往来や、カタール航空による4か国の領空通過を禁止する措置を取った。その後、イエメン、リビア東部政府、モルジブなどがカタールとの断交を発表し、ヨルダンやジブチ等いくつかの国が外交関係の縮小を発表するなど、状況は流動的である。

 

 サウジやUAEなどからカタールへの要求は、イランとの国交断絶、アルジャジーラ放送の解散、ハマスやムスリム同胞団に対する支援の停止や関連分子の国外追放などである。カタールは、国交断絶の理由とされたテロ組織支援について「全く根拠のないもの」であると否定しており、圧力によって外交政策を変更することはないと訴えている。カタールの外相は、6月9日以降ロシアや欧州諸国を訪問し、カタールへの支持取り付けに奔走している。これまでのところ、カタールの対応は冷静で、断行した国に対する対抗措置などは講じていない。

 

【図表1】カタール断交を取り巻く各国の関係(出所:各種報道等より住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成、写真:タミーム首長=外務省HP、他=Wikimedia Commonsより)

 

2.直近の断交に至る背景

 断交自体は突然のことだったが、断交に至るまでの緊張の高まりは確認されていた。5月20~21日にトランプ米大統領がサウジを訪問し、巨額の武器売却契約に調印。反イラン、反テロを訴え、トランプ政権下の米国はサウジと共にあることをアピールした。その2日後、カタール国営放送のサイトに載ったタミーム首長の発言が、親イラン的であり、テロ組織を肯定するものだとして、サウジやUAE系のメディアが一斉にカタール政府を非難した。カタール政府は、「外部からのハッキングによって掲載された偽情報である」と発表したが、サウジやUAE系のメディアは、カタールに対する非難を止めることはなかった。6月3日には、今度は駐米UAE大使のメールがリークされ、UAEがこれまで裏でカタールに対するネガティブキャンペーンを行ってきたことが暴露された。このような双方による応酬が、6月5日の断交につながった。

 

 湾岸協力会議(GCC)6か国のうち、断交に参加していないのはクウェートとオマーンだが、クウェートのサバーハ首長は断行が発表された翌日からサウジ、UAE、カタールへ飛び、立て続けにトップと会談するなど、積極的に仲介に尽力している。同じくオマーンも、仲介に向けて動いている。トルコのエルドアン大統領は、カタールとの国交断絶を批判し、トルコ政府はカタールへの食糧支援と軍隊の派遣を決定した。トルコとカタールは経済関係も強く、外交面でも共通する点が多くあり、2016年夏にトルコでクーデター未遂が発生した際にも、タミーム首長はエルドアン大統領への支持を即座に打ち出した。

 

 トランプ米大統領は、当初カタールを非難し断交を追認する発言をツイッターで発信したが、すぐに態度を変え、ホワイトハウスでの会談などの支援を提案した。しかし、6月9日になって「カタールは、テロ組織に対して資金を供与してきた歴史がある」と発言し、再度カタールへの圧力を強めている。かたや、ティラーソン米国務長官は、一貫してGCCの結束を求め、カタールに対する経済封鎖を緩めるよう訴えている。カタールには、1万人を超える米兵が駐留する中東最大の米軍基地があり、米国にとってカタールは戦略的重要国の一つのはずだが、米国政府内から発せられるメッセージは迷走しており、一貫した政策が見えない。

 

 

3.断交による影響

【図表2】陸路国境閉鎖(出所:各種報道等よりSCGR作成)

 断交の影響として、陸路国境閉鎖による食料品や建設資機材の輸入への影響が挙げられる。カタールは食料品の90%を輸入に頼っており、その半分近くが陸路国境を通って入ってくるため、断交発表後、食糧難が発生することを危惧した人たちがスーパーに食料品の買いだめに走った。しかし、トルコやイランがすぐに空路での食糧支援を実施したため、ひとまず混乱は収束している。またカタールでは、2022年ワールドカップの開催に向けてスタジアム建設や各種インフラプロジェクトが進行中で、建設資機材の搬入遅れが工事の進捗に悪影響を与えかねない。

 

 空路に関しても、カタール航空はサウジを含む4か国の上空を飛べなくなったことから飛行ルートの変更を余儀なくされているが、現状150以上の行き先へのフライトに大きな影響は出ていない。船舶、エネルギー関係では、カタールと4か国との間での原油の相積みができなくなったため、問題が発生している。また、スエズ運河を有するエジプトが断交に参加しており、カタールから欧州へのLNG輸出に影響が生じているとの報道も出ている。日本はLNG輸入の14.5%をカタールに頼っており、現時点で問題はないが、今後何かのきっかけで日本にも影響が及ぶリスクは考えられる。ちなみに、断交に参加しているUAEは、自国のガス消費量の約3割を、ドルフィン・パイプラインを通してカタールから輸入している。カタールはUAEに対するガス供給は止めないと発表しているが、今後もし交渉がこじれるなどしてUAEへのガス供給が止まるような事態になれば、UAEは電力不足に陥るだろう。

 

 周辺国による国交断絶は、カタールに対する経済封鎖として働いており、あまりカタールを追い詰めると、カタールとイランを圧力で引き離そうとするサウジやUAEの思惑に反して、カタールがイランとの関係をより深めてしまうことになりかねない。2014年にサウジなど3か国が駐カタール大使を召還した際には、解決に8か月を要したが、今回の断交の影響の大きさと深度は当時とは比較にならない。影響の大きさを考慮すると、今回は前回に比べ比較的短期間で解決に向かうのではないかという楽観的な意見も見られるが、カタール政府は圧力に屈しないと繰り返し発言しており、今後のクウェートを中心とする仲介工作の行方が注目される。

 

以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。