- [肥料/課題は量より価格]イラン戦争勃発前、世界で取引される窒素肥料(尿素・アンモニアなど)の約3分の1と、硫黄貿易量の約半分がホルムズ海峡を通過していた。中東戦争を受け、肥料供給の途絶が世界的な食糧危機につながるとの懸念が高まったが、窒素肥料ではエジプト、ナイジェリア、米国、ロシア、中国など湾岸以外の供給国が穴を埋め、当初懸念されたほどの数量不足には至らなかった。しかし、英紙『フィナンシャル・タイムズ』(FT)は、肥料を巡る問題は「確保できるか」から「高すぎる肥料を購入できるか」へ移りつつあると報じている。供給網の組み替えに伴う価格上昇は残る。
足元では硫黄価格の高騰がリン酸肥料生産を圧迫している。米メキシコ湾岸の硫黄スポット価格は足元1,000~1,050ドル/t FOBと、前年同期の280~290ドル/tから3倍以上に上昇。硫黄は硫酸を経て、リン鉱石からリン酸肥料を製造する際の重要原料となるため、価格高騰が肥料メーカーの採算を圧迫している。米国のMosaicによると、硫黄価格は過去10年平均の約170ドル/tから1,000ドル/t超へ上昇し、硫黄は同社の投入コストの約40%を占める。同社は採算悪化からブラジルや米ルイジアナ州の一部リン酸肥料生産設備を休止。大きな環境変化がなければ、今後12~18か月は硫黄価格の高止まりが続き、肥料価格にも上昇圧力が残るとみている。
北米は域内需要の約2倍の硫黄を生産しており、問題は絶対量の不足ではなく、世界価格の上昇で輸出が有利となり、国内肥料メーカーの調達価格が上昇していることにある。米国農務省と運輸省は、メキシコ湾岸の製油所で副産物として生産される硫黄について、輸出を抑えて国内リン酸肥料メーカーへの供給を促す支援策を検討。Stephen Vaden農務副長官は、鉄道輸送コストの引き下げなどを通じて国内供給を促進する案に言及している。
供給国による国内確保の動きも広がっている。ロシアは国内の肥料産業などへの供給確保を目的に硫黄の輸出を原則禁止しており、9月には硫酸にも年末までの輸出禁止を拡大した。世界的な硫黄高のなか、主要国が国内供給を優先する動きがさらなる供給制約となる可能性もある。
肥料高の影響は輸入国にも波及。FTによると、ブラジルではQ2の尿素輸入コストが前年比56%、硫黄は176%上昇し、輸入量は3分の1以上減少した。当初懸念された世界的な肥料不足は代替供給によって回避されたものの、リン酸肥料などの高値が長期化すれば、施肥量の削減を通じて将来の農産物収量に影響する可能性も指摘されている。(経済部 鈴木直美)
- [ガイアナ/急成長続く]ガイアナ経済は、沖合油田の開発拡大を背景に引き続き急成長している。2026年9月、イルファーン・アリ大統領は記者会見で、2026年前半の実質GDP成長率が33.3%に達したと発表した。また、政府は2026年通年の成長率見通しを20.8%へ引き上げた。これは2026年1月時点の予測である16.2%を大きく上回る水準である。ただし、この33.3%という数字には急拡大する石油・ガス部門が含まれており、現時点では政府による推計値であるため、今後公表される詳細な統計によって修正される可能性がある。
今回の高成長を支えた最大の要因は石油・ガス産業である。2026年前半の石油・ガス生産は前年同期比41.3%増加し、鉱業・採石業全体でも40.7%の成長を記録した。金の生産は11.3%、ボーキサイトは7.3%増加し、砂や石材、マンガン、ダイヤモンドなどの採掘活動も大幅に拡大した。一方で、農業分野では砂糖生産が19.3%、コメ生産が4.4%増加したほか、林業は15.4%、漁業は4.1%の成長となった。サービス業は7.2%、製造業は3.0%の成長にとどまっており、経済成長が主に資源関連産業によって牽引されていることが分かる。
こうした状況をより正確に把握するため、経済学者は石油部門を除いた「非石油経済」の成長率にも注目している。2026年前半の非石油経済の成長率は10.1%であり、世界的に見ても高い水準であるものの、全体成長率の33.3%とは大きな差がある。政府は2026年通年の非石油経済成長率を10.2%と予測している。国際通貨基金(IMF)は2026年7月時点で、今後5年間の非石油経済成長率を年平均約7%と見込んでおり、現在の成長ペースはその予測を上回っている。ただし、石油関連投資の減速や建設需要の落ち着きによって、今後は成長率が低下する可能性もある。
近年の推移を見ると、ガイアナ経済はすでに世界有数の高成長国となっている。2025年の実質GDP成長率は19.3%で、非石油部門も建設業を中心に約14%成長したと推計されている。非石油経済は2020年の落ち込み以降、継続的に拡大しており、石油開発の波及効果が建設やサービス分野にも及んでいることがうかがえる。
一方で、高いGDP成長率が国民生活の改善に直結しているかについては議論がある。ガイアナは石油収入を将来世代のために活用する目的で「天然資源基金」を運用しており、2026年初めの時点で基金資産は40億米ドルを超えているが、生活費の上昇や所得格差への懸念を指摘する声も存在する。
今後も新たな海上油田プロジェクトの稼働によって石油生産は増加する見通しであり、ガイアナのGDP成長率は引き続き高水準で推移する可能性が高い。ただし、長期的な経済の健全性を判断するうえでは、石油関連産業だけでなく、農業、製造業、サービス業などを含む非石油経済が安定的に成長できるかが重要な課題となる。(国際部 小橋啓) - [独/内政不安]1. 概要
ドイツのフリードリヒ・メルツ首相(CDU党首)は、予定されていたニューヨークでの国連総会一般討論演説への出席見送りを決定した。9月6日のザクセン=アンハルト州議会選挙における大敗を受けた党内批判、および9月20日に控える北東部のメクレンブルク=フォアポンメルン州および首都ベルリン州での州議会選挙に伴う政局の動揺への対応が主な要因とされる。2. 外交日程の取りやめと代替措置
同首相は前年も内政への対応などを理由に国連総会出席を見送っており、昨年に引き続きヴァーデプール外相が代理演説を行う見通しである。今年6月には国連安全保障理事会非常任理事国選挙で落選していたが、ドイツ外交の存在感低下が懸念される。3. 内政構造と党内危機の深刻度
外交行事の断念を余儀なくされた背景には、政権基盤を揺るがす内政危機が存在する。
9月6日に実施されたザクセン=アンハルト州選での歴史的敗北が、メルツ氏への党内批判の直接的な引き金となっている。また、9月20日に予定されているメクレンブルク=フォアポンメルン州およびベルリン州での選挙が政権にとって重要視されている。特に前者では、得票率が議席獲得に必要な5%を割り込む懸念が浮上している(直近調査では7%)。党内では、仮に5%を下回った場合には、メルツ氏が党首および首相を辞任すべきであるとの主張も出ている。(国際部 濱嵜隆吏) - [米国/長期金利事情]米国でインフレと金利上昇への警戒が再び強まっている。米10年国債利回りは5.02%と2007年以来の高水準に達した。原油高による物価上昇だけでなく、財政赤字や国債発行、AI関連投資による旺盛な資金需要が長期金利の上昇の背景にある。そして、これは一時的な市場の歪みというより、米国経済を取り巻く資金需給の構造変化を反映している可能性が指摘される。
特に大きいのがイラン戦争の影響だ。米議会予算局(CBO)の試算では、8月初めまでの米国の直接的な戦費は約380億ドルに達し、戦闘が続けば月20億~30億ドル規模で追加費用が発生する可能性がある。同時にホルムズ海峡や紅海の混乱は原油、天然ガス、肥料、物流コストを押し上げる。北海ブレント原油は9月15日時点で1バレル100ドルを大きく上回り、CBOはエネルギー価格上昇が2027年初めのPCEインフレ率を従来想定より0.5ポイント押し上げるとしている。戦争が「財政悪化」と「供給インフレ」の双方から長期金利の上昇を促す構図である。
FRBなど金融当局にとっても難しい局面だ。原油高は利上げで直接解消できない供給ショックだが、インフレを放置すれば期待インフレが定着しかねない。9月会合でFRBが3年ぶりの利上げに踏み切るとの見方が強まっているが、財政支出の増加と供給制約が重なっており、住宅ローンや企業借入に影響する長期金利も高止まりする可能性があるが、だからといってインフレを放置することはできない。
一方で逆方向、つまりインフレ抑制に作用している分野もある。その一つがAIだ。Apollo Global Managementの分析では、AIへの曝露が高い職種では、雇用そのものが大きく減っているわけではない一方、実質賃金の伸びが低い職種より弱い傾向が確認されているという。この傾向が続けば、AIは電力需要や設備投資を通じて一部ではインフレ圧力を生む一方、労働コストや単位当たり生産コストを抑えることで、別の経路ではインフレを抑制する可能性がある。
米国経済ではいま、戦争、エネルギー、財政が物価と金利を押し上げる力と、AIによる生産性向上や賃金抑制が物価を押し下げる力が同時に働き始めている。今後のインフレを見る上では、原油価格や金利だけでなく、AIが賃金と生産性をどう変えるかも重要な変数となりそうだ。(経済部 本間隆行)
- [ロシア/中韓 北極海航路を巡る中韓の競争激化 商業化と制裁リスク]北極海航路(NSR)を巡り、中国と韓国の動きが活発化している。中国系船社Sea Legendは8月から青島・寧波と英国・EUを結ぶ季節定期便「China-Europe Arctic Express」を展開し、耐氷船7隻を投入して夏から秋にかけて運航している。一方、韓国のPanStar Lineも釜山からグダニスク、ロッテルダムへの試験輸送を実施するとともに、ロシアとの北極海航路に関する共同専門家協議会の設置を提案した。中国が商業運航の実績づくりを急ぐ一方、韓国は中国への出遅れ回避と物流ルート多角化を視野に慎重なアプローチを進めている。
北極海航路の最大の魅力は輸送時間の大幅な短縮にある。アジアから北欧までの所要日数は、アフリカ南端経由の40~50日に対し、NSRでは18~22日程度に短縮可能とされる。また、燃料消費や在庫滞留期間の削減効果も期待できることから、砕氷支援料や割高な保険料を考慮しても、輸送コスト全体では一定の競争力を有するとみられる。特に電子機器や自動車部品など、高付加価値かつ納期重視の貨物との親和性が高い。
しかし、その発展には依然として大きな制約が存在する。10月末以降は海氷拡大により航行条件が厳しくなり、ロシアの砕氷船能力もLNG・原油プロジェクト向けが優先される見通しである。また、韓国企業によるロシア側への航行関連費用支払いについては、米国の二次制裁リスクが大きな不確実要因となっている。
中国は「極地シルクロード」構想の下で物流主権の強化を目指している一方、韓国は中国に対抗しつつ米国との同盟関係との両立を迫られている。今後の焦点は、2026年10月以降の航行シーズン終了後における運航継続の可否、ロスアトムの通年運航能力、さらに米国による対露制裁の運用動向にある。北極海航路は依然として「季節限定かつ制裁リスクを伴う補完ルート」であるものの、アジア・欧州物流の将来像を占う重要な試金石となりつつある。(国際部 ゴロシニコフ アントン)
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