マレーシア経済の現状(2015年8月)

2015年08月06日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
石塚 寛二


1. 政治概要

 現職のナジブ首相は2009年4月の就任以来、民族融和を図るために、ブミプトラ政策(マレー系・先住民族の保護・優遇政策)の見直しを行ってきたが、2008年、2013年の総選挙での野党連合の躍進、与党離れの鮮明化から、ブミプトラ政策の強化に方針を転換した。2013年9月に発表されたブミプトラ政策は、それまでの見直し方向の取組みや、現在交渉中の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP : Trans-Pacific Partnership)の内容に逆行するものとして、華人系を中心に批判の声が上がっている(ブミプトラ政策では、マレー系社員の多い政府系企業を優遇しており、TPP交渉において米国から優遇縮小を求められている)。

 

 ナジブ首相の主導により設立された国営投資会社「1MDB(One Malaysia Development Berhad)」は、乱脈経営の果て、419億リンギット(約1兆4千億円)の負債を抱えるに至った。7月上旬に米系メディアが「1MDBからナジブ首相に7億ドルの資金が流れた」との疑惑を報道、巨額債務問題と共に、首相を非難する声が上がっている。7月28日、首相は、首相批判を唱えたムヒディン副首相を解任、その他法務長官や会計委員会のメンバーを入れ替えるなど、疑惑追及の抑え込みを図っている。今後の展開次第では2018年に予定されている次期総選挙の前に、ナジブ政権退陣の可能性も考えられる。

 

 

2. 経済概要

 2015年第1四半期の実質GDP成長率は、前年同期比+5.6%と、前期+5.7%とおおむね同水準であった。民間部門を中心とした内需(+4.6%)がけん引した。これは安定した労働市場や賃金の上昇が下支えとなり、加えて2014年末の洪水被害からの復興需要、2015年4月から導入された物品サービス税(GST、Goods and Service Tax、税率6%)の導入前の駆け込み需要が、個人消費を後押ししたもの。

 

 個人消費に次いで成長に寄与したのが、製造業・サービス業による総固定資本形成(+2.0%)で、政府消費(+0.5%)や政府の総固定資本形成(公共投資)についても、前期比で寄与度が改善した(前期▲0.3%、第1四半期+0.0%)。一方で資源価格の下落を背景に関連産業が落ち込んだことから、輸出が不調だった(▲1.1%)。

 

 

実質GDP成長率(前年同期比)
(出所:CEIC Data Company Limited, マレーシア統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 


 


輸出・輸入額推移(3ヶ月移動平均、前年同月比)
(出所:CEIC Data Company Limited, マレーシア統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 工業生産は足元で堅調に推移している。市況が低迷する中で、原油生産は5月に前年同月比18.8%増大しており、8か月連続の前年同月比2桁増となっている。一方で天然ガスの5月の生産量は前年同月比▲2%で、5か月連続で前年割れが続いている。

 

 2015年4月からGSTが導入されたが、導入に伴って既存の売上サービス税が廃止される他、基礎食品、公共交通機関、住宅売買・家賃などGSTの対象にならないものもあるため、導入後の消費者物価指数(CPI)の推移は前年同月比+1.8%(4月)~+2.5%(6月)と、あまり大きな上昇率にはなっていない。なお、2015年2月にCPIの伸びが大きく落ち込んだ(+0.1%)のは、構成比約15%の「交通」費目が、原油安による燃料費の低下により11.8%下落したためである。

 

 

工業生産、原油生産、天然ガス生産指数(前年同月比)
(出所:CEIC Data Company Limited, マレーシア統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 


 


消費者物価指数(前年同月比)
(出所:CEIC Data Company Limited, マレーシア統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

3. その他の課題など

 今後の受注・生産の動向を占う製造業購買担当者景気指数(PMI)について、マレーシアの指数が7月まで4か月連続で判断の境目である50を下回っていること、またマレーシアの主要な輸出先国である中国のPMIも弱含みであること、原油価格の低迷が続く見込みであること、加えて政治が1MDB問題で動揺していることなどから、マレーシアの景気の先行きに関して、悲観的な見方もある。

 

 これを受けてマレーシア通貨・リンギットは2015年に入って、アジアの通貨の中で最も大きく切り下がり、16年ぶりの安値(1米ドル=3.85リンギット)を記録している。

 

 マレーシアでは人口の増加に伴い労働力人口も一貫して増加してきたが、マレーシア人が3K職場を嫌う傾向から、慢性的な労働者不足の状態であり、外国人労働者への依存度が高い(労働力人口1,419万人中、外国人労働者678万人、占有率47.8%)。マレーシアの外国人労働者については、米国の「人身売買報告書」で奴隷労働などの問題点が指摘されている。失業率は2015年5月で3.1%、2013年以来2.7~3.5%のレンジにあり、低位安定で、堅調な個人消費を支えている。

 

以上

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