ダラス連銀エネルギー調査(2023年Q1) 業界景況感の悪化

2023年04月10日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 

2023年3月30日執筆

 

概要:

 

 米国シェール産地の景況感は急速に悪化している。サプライチェーンのボトルネックは解消に向かっているが、原油・ガス価格下落で収益性は低下しており、コストインフレと労働力確保も依然として大きな課題となっている。バイデン民主党政権のエネルギー政策は化石燃料業界への逆風であり続け、シリコンバレー銀行など銀行の経営破綻が続いたことで小規模企業の資金調達にも不安がある。ダラス連銀が発表した最新のEnergy Survey(四半期)では、そのような状況が明らかとなった。

 

 

~ダラス連銀エネルギー調査について~

 

 本調査は、米国・ダラス連邦準備銀行が管轄する第11地区(テキサス州・ニューメキシコ州南部・ルイジアナ州北部)に本社ないし事業拠点を置く石油ガス探査生産(E&P)企業と、石油ガスサービス関連企業約200社を対象としている。今回の調査が行われたのは3月15~23日で、147社(E&P95社、サービス52社)が回答した。各設問について、各社は前期比・前年同期比についてそれぞれ増加・減少・不変のいずれかで回答し、指数は全回答中の「増加」の割合から「減少」の割合を引いたものして公表される(つまり、指数は増加・減少の「度合い」ではなく、トレンドの「方向性」を示す)。

 

 

企業活動の減速

 

 前回2022年末時点の調査では、以下の表に示す指数は全項目で前期比プラスの数値となっており、業況は総じて上向きだった。しかし今回、企業活動の全体を示す指数(Level of Business Activity)は前期の30.3から2.1に急低下し、E&Pについては▲2.1となった。2年近く続いていた活動の拡大にブレーキがかかっていることを示唆する。詳細項目で見ると、「サプライヤー納期」「納期の遅れ」の項目がゼロないしマイナスになったことは、供給制約の緩和を意味するが、E&P企業の原油生産指数は25.8⇒10.5、ガス生産指数は29.4⇒7.4に低下し、回答者の2割強は「減少」と答えている。石油ガスサービス企業の設備稼働率指数は32.8⇒3.9と大きく低下した。

 

 

2023年第1四半期(有効回答数に占める比率)(出所:Dallas Fedより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

企業活動指数&企業見通し指数(出所:Dallas Fedより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 コストは高止まりしているようだ。E&P企業の「探査開発コスト」「リース費用」指数はやや低下したが、「上昇」の回答の一部が「不変」に代わっただけで「減少」の回答はほとんど増えていない。サービス企業の「投入コスト」は高止まりする一方、「サービス対価」は伸びが鈍り、「営業利益」は減少の回答が急増した。「雇用」指数は9期連続プラスだが指数は低下し、「労働時間」指数も低下。しかし賃金・福利厚生指数は上昇している。そうした中で設備投資の伸びは鈍化、「企業見通し」の指数はマイナスとなり、「不確実性」の指数は急上昇した。

 

 

価格見通し

 

 価格見通しでは、回答の平均で2023年末のWTI価格は80ドル、Henry Hubガス価格は3.43ドルとなった。

 

 原油は前回・今回ともに「80~89.99ドル」の回答が最多で、いずれも4割強。但し2番目に多かった「70~79.99ドル」の回答が26%から37%に増えた。回答の最高は160ドルで前回と変わらず、最低は65ドルから50ドルに下がった。

 

 天然ガスは昨今の市況を反映し、前回の平均5.64ドルから大きく下げ、回答の大半(83%)は2.5~4.49ドル域だった。回答の最低は1.75ドル、最高12.50ドルとなった。

 

 

WTI原油&天然ガスの年末価格は?(出所:Dallas Fedより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

Special Questions

 

 Special Questionsの項は、コストインフレや労働力ひっ迫に関する設問となった。
まず、E&P企業に対して、「貴社が活発に活動している2つのエリアで、既存の井戸の操業費用をカバーするのにWTI価格はいくら必要か」「(同様に)新規掘削にはいくら必要か」を尋ねている。その結果、83社の回答の平均で、前者(既存油井のブレイクイーブン価格)は平均で37ドルと、前年の34ドルから上昇し、各地域の平均は29~45ドルとなっている。後者(新規掘削のブレイクイーブン価格)は平均62ドルと前年の56ドルから上昇し、各地域の平均は56~66ドルだった。現在価格であればおおむねコストはカバーできる。但し、後者について大手企業(2022年Q4時点の原油生産日量1万バレル以上)の平均が55ドルであるところ、小規模企業は64ドルとなっており、収益性には差が出ている。

 

 サービス企業も含めた全企業に対し、「貴社の収益性に最も影響を及ぼすもの」の選択肢を示したところ、「コストインフレ」「世界経済情勢」が各30%で、「サプライチェーン問題」はわずか3%だったが、「資本へのアクセスとコスト」の回答が12%あった。昨年来の急激な利上げや昨今の銀行経営破綻を懸念しているのだろう。

 

 コメントには、政権への批判がなお多くみられるが、「ガス価格急落で2023年は成長よりマージン維持優先だ」「不確実性が高く、業界の過去30~40年のトレンドとも異なり、計画が立ちにくい」「熟練労働者が2020年に油田を去り戻ってこない。賃金は他のセクターと比較して増えておらず、斜陽産業という認識もあり、Z世代やワークライフバランスを重視する労働者はこの業界を選ばない」「賃金上昇が収益を圧迫している」などの声がある。

 

 その他、自由回答欄にも多くのコメントが寄せられている。E&P企業からは原油・ガス価格下落、オペレーションコスト増、借入金の利息増加、労働力不足などから、「キャッシュフローが著しく悪化」、「掘削・フラッキング活動は横ばいないし減少しそうだ」、「プロジェクトの経済性に深刻な打撃」という声や、金利上昇、投資家の石油ガス業界敬遠、銀行危機の先行き不透明さなどから「資金調達や設備投資計画に不安がある」という意見、「テキサス州西部で信頼できる発電能力が増えていないのに、電力消費量は24か月で50%も増え、電力供給が将来の活動の制約となりうる」、「バイデン政権の政策は国内生産に悪影響となり、石油ガス価格は今後数年で高騰し、敵対国に翻弄される」といった声が出ている。サービス会社からも、労働力不足やコスト上昇が続いていても値上げが難しくなりつつあること、Permianのインフラの限界、規制に対する不満のほか、シリコンバレー銀行破綻後のボラティリティ上昇や景気後退リスクの高まり、与信タイト化なども不安視されている。

 

 今回の調査結果は、シリコンバレー銀行・シグネチャー銀行などが経営破綻し、原油価格が大きく下げた直後に行われたため、その影響が一部に出ていると思われる。しかしコスト上昇・労働力不足・政策や規制・石油ガス産業の資金調達の難化が活動の制約となっている状況はこれまでの調査でも再三指摘されてきた。実際、Baker Hughesが週次で公表する米国内の「石油ガス掘削リグ稼働数」の数値を見ると、直近では原油は2022年11月、ガスは同9月がピークで、2020年以降の回復には頭打ち感がある。今回はそれらの課題に加えて、金利上昇と銀行の経営不安、原油・ガス価格下落で「資金繰り」への不安が強く表れている印象を受ける。

 

 

既存井戸の操業費用をカバーするのに必要なWTI価格(出所:Dallas Fedより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

新規井戸の掘削費用をカバーするのに必要なWTI価格(出所:Dallas Fedより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

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