「イスラエルが西サハラにおけるモロッコの主権を承認」中東フラッシュレポート(2023年7月後半号)
調査レポート
2023年09月07日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2023年8月28日執筆
1.トルコ:エルドアン大統領の湾岸3か国歴訪
岸田首相の湾岸3か国(サウジアラビア、カタール、UAE)訪問と1日違いの7月17~19日の日程で、トルコのエルドアン大統領も同じ3か国を訪問し、各国首脳と会談した(200人規模のトルコ企業関係者も同行)。エルドアン大統領は出発前の会見で、今回の訪問の目的は「投資と財政面」と強調。現在トルコでは約40%の高いインフレが続いており、通貨リラは年初から対ドルで約45%下落、2023年1~5月の経常赤字が377億ドルに達するなど、経済的に厳しい状況にあり、湾岸諸国からの経済支援を必要としている。サウジでは、トルコ製の攻撃用無人機に関する「トルコ史上最大の防衛・航空輸出契約」(詳細は非公表)を交わし、またUAEでは総額500億ドル超となる複数のMoUに調印したことなどが注目された。また、3か国のリーダーにトルコ初の国産EV車をプレゼントし、トルコ製品をアピールした。
2.トルコ:利上げと増税
7月20日、トルコ中央銀行は政策金利を250ベーシスポイント(bp)引き上げ17.5%とした。6月にも650bpの大幅利上げを実施しており、利上げは2か月連続。また、政府は増税策を進めており、7月7日には付加価値税の税率を、7月16日にはガソリン燃料・天然ガス特別消費税を引き上げた。法人税、自動車保有税や、旅券発行料などの公共サービス料金も引き上げられ、7月のインフレ率は47.8%と大きく上昇した。
3.イラン:ライーシ大統領がアフリカ3か国を歴訪
7月12~14日、イランのライーシ大統領がアフリカ3か国(ケニア、ウガンダ、ジンバブエ)を歴訪し、各国大統領と会談した(イラン大統領として11年ぶりのアフリカ訪問)。同大統領は訪問した3か国で、石油化学、IT、農業、科学技術、医薬品、食料など諸分野における21のMoUに調印した。ライーシ大統領は6月に南米3か国を歴訪し、同月イランのアブドラヒヤン外相は湾岸諸国4か国を歴訪。また、同外相は8月初めにサウジと日本も訪問するなど、イランは欧米との対立が長引く中で国際的孤立を緩和するため、非欧米諸国との関係構築を強化している。上海協力機構(SCO)への加盟やBRICSへの加盟申請などもその一環と考えられる。
4.イスラエル:西サハラにおけるモロッコの主権を承認
7月17日、イスラエルのネタニヤフ首相がモロッコのムハンマド6世国王に書簡を送り、モロッコの南に位置する係争地帯の西サハラ地域におけるモロッコの主権を承認した。西サハラは1970年代にそれまで同地を治めていたスペインが撤退して以降、同地における独立国家建設を望む現地住民が結成した勢力と、同地の領有権を主張するモロッコとの間で紛争が勃発。1991年に国連の仲介で双方が停戦に合意したが、提案内容にあった同地の帰属を決める国民投票は、現在まで実施されていない。2020年に米トランプ政権が同地におけるモロッコの主権を認め、その見返りにモロッコはイスラエルとの国交正常化に踏み切った。
5.イスラエル:司法制度改革に関する1法案が議会で可決
7月24日、イスラエルの国会で司法制度改革の1法案が可決された。野党議員全員が採決をボイコットしたが、定数120の国会議席の過半数(64議席)を占める連立与党議員全員が賛成票を投じたため、賛成64、反対0という結果で法案は可決された。同法案は、連立与党が2023年1月から審議を進めてきた司法制度改革案の一部で、イスラエルの最高裁判所が「合理性」や「妥当性」を根拠に政府の決断を無効化することを禁じる法改正案である。最近の例では、2022年12月に発足したネタニヤフ政権で、脱税罪で執行猶予中の人物が閣僚に任命されたことに対し、最高裁が「妥当性を欠く」と判断して任命を無効にした。同法案の可決に対しては国内外から反発が強く、野党は今回の法案可決を無効とする訴えを最高裁に起こしている。
6.イスラエル:首相の入院
7月15日、イスラエルのネタニヤフ首相(73歳)が脱水症状による眩暈(めまい)で検査入院した。翌日には退院したが、1週間後の7月22日には心臓ペースメーカーを植え込む緊急手術のため再度入院した。2022年10月には断食後に入院、2023年1月にも腸内視鏡検査のため入院するなど、入院報道が続いている。
7.イラク情勢
- 内政・外交
- 7月16日、スーダーニ首相はシリアを訪問しアサド大統領との会談を実施した。イラク首相によるシリア訪問は、シリア内戦が始まった2011年以来初めて。テロ・麻薬密輸対策やシリア難民の帰還などについて協議。
- 7月30日、イラクのフセイン外相がクウェートのサーリム外相とバグダッドで会談を実施し、両国間の国境(海上境界)の画定と共同所有油田について協議した。問題解決に向けてさらなる協議を行うことで合意。サーリム外相は、ラシード大統領やスーダーニ首相、ハルブーシ国会議長との会談も実施。両国は1990年のイラクのクウェート侵攻で関係が悪化したが、その後米軍によるイラク戦争でサダム・フセイン政権が倒されて以降関係が改善。イラクは、クウェートに対する520億ドルの戦争賠償金を2021年に完済した。
- 石油・経済
- 7月18日、ブリンケン米国務長官は、イラクのイランに対する電気・ガス代支払いを許可する120日間の制裁免除(ウェイバー)に署名した。同ウェイバーは期限が来るたびに更新され続けており、このウェイバーのおかげで米制裁下のイランへの支払いが可能となっている。
- 7月19日、イランへの米ドル密輸や資金洗浄に関与した疑いで、米財務省がイラクの民間銀行14行を新たに制裁対象リストに追加した。これにより米ドルの供給が制限されたためイラク国内でドル需要が高まり、イラク・ディナール(IQD)の市場レートが1ドル=IQD1,600程度まで下がった(公式レートは1ドル=IQD1,300)。IQDの急な下落で、政府の介入を求める民衆による抗議デモが発生。
- 治安・その他
- 7月16日、イラク南部のサウジとクウェートに隣接するムサンナー県で、合成覚醒剤「カプタゴン」の製造所に対する強制捜査が行われ、27.5kgのカプタゴン錠剤が押収された。イラクでカプタゴン製造所が摘発されるのは初めて。カプタゴンは、製造・入手が容易で比較的安く購入できるため、中東全域で使用されている中毒性の高いアンフェタミン製剤。その8割がシリア国内で製造されており、12年にわたるシリア内戦や欧米による制裁で国際的に孤立するアサド政権の貴重な資金源となっている。イラクは長い間その中継地となっていた。
- 7月20日に北欧のスウェーデンでイスラム教の聖典コーランおよびイラク国旗を燃やす抗議集会に対する政府許可が下りたことに対し、バグダッドにあるスウェーデン大使館がデモ隊に占拠され一部が燃やされる事件が発生した。イラク政府はスウェーデン大使に国外追放を通達し、在スウェーデン・イラク大使をイラクへ呼び戻した。イランやサウジ、トルコなど、ほかのイスラム諸国もスウェーデン政府に対する抗議を行った。また、スウェーデンの隣国のデンマークでもコーランを燃やすデモが実施された。スウェーデンやデンマークは「表現の自由」を重んじる国で、また宗教を冒涜(ぼうとく)する行為を禁じる法律がないため、聖典コーランを燃やすデモも許可されている。
8.リビア情勢
- 7月20~21日、コンゴ共和国の首都ブラザビルで「リビア和解会議」準備委員会が開催され、リビアからはラーフィー大統領評議会副議長が参加。サスヌゲソ・コンゴ大統領やファキ・アフリカ連合委員会委員長なども同会議に参加した。
- 7月22日、UAEのドバイとトリポリを結ぶ直行航空便(リビアのオヤ航空)が9年ぶりに再開した。また7月24日には、イタリアのローマとトリポリを結ぶ直行便(イタリアのITAエアウェイズ)も10年ぶりに就航を再開した。
- 7月25日、代表議会は「6+6合同委員会」が提出した選挙実施に向けたロードマップを承認した。
- 7月25日、マングーシュ外相はリビア政府高官として16年ぶりにイランを訪問し、両国間の外交関係や経済協力の再開について協議した。合同委員会の活性化、各種協力強化、高官の相互訪問奨励で合意した。
- 7月27~28日に開催された第2回ロシア・アフリカサミットに出席したメンフィー大統領評議会議長は、オープニングセッションでプーチン露大統領の立会いの下、早急にリビア国内から外国軍や外国人傭兵を撤退させることがリビアの望みであると発言した。リビア東部や南部には、ロシアの民間軍事会社ワグネルの戦闘員が多数駐留を続けている。
- チュニジア当局は、数百人ともいわれるサハラ以南からのアフリカ系黒人不法滞在者をリビア国境沿いの砂漠地帯に強制的に連れて行き、リビア側に追い出そうとしている。リビアの国境警備隊は不法移民の流入を食い止めようとしており、行き場を失った難民たちに赤新月社などが人道支援を行っている。
以上
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