阿武隈の風が紡ぐ、再エネと復興の未来

コラム

2025年11月19日

住友商事グローバルリサーチ 戦略調査部 シニアアナリスト
宮之原 正道

 

 住友商事グローバルリサーチ(SCGR)戦略調査部のアナリストは、日々の業務の多くを、政策動向、市場データ、技術文献などを読み解くデスクトップ調査に費やしています。エネルギーや環境という壮大なテーマを扱う上で、マクロな視点での分析は不可欠ですが、ともすればその「現場感」や「スケール感」を失いかける瞬間があります。例えば、データ上の「100MW」という数字と、それが現実世界でどのような姿をしているのか。そのギャップを埋めることこそ、真に血の通った分析を行う上での課題であると常々感じています。

 

 その意味で、実際のビジネスの現場を訪れ、五感で感じることができる機会は、我々アナリストにとって非常に貴重です。先月、私は住友商事が参画する阿武隈(あぶくま)風力発電所の現場を視察する機会に恵まれました。

 

 福島県の阿武隈高地に広がるその光景は、まさに「圧巻」の一言でした。国内最大級の出力を誇るこの陸上風力発電所には、46基もの風車が雄大にそびえ立っています。一つひとつの風車の高さ(先端到達点)は約150m。これは、一般的な建物に換算すると約50階建ての超高層ビルに相当します。現地にはタービンブレード(羽根)の実物も展示されていましたが、その巨大さ、そして上空でこれほど巨大な構造物を回す技術の粋に、ただただ圧倒されました。

 

 この発電所の総発電容量は約14.7万kW、これは一般家庭約12万世帯分の年間消費電力量に相当し、日本のカーボンニュートラルに向けた大きな一歩を具体的に示しています。

 

 しかし、私が最も感銘を受けたのは、この壮大な設備が完成するまでの「道のり」と、その「これから」に向けた想いです。

 

 このプロジェクトは、許認可の取得や環境アセスメントの実施、そして発電所の建設・運転開始まで、実に約10年もの歳月を要したとのこと。建設時は予期せぬ困難の連続だったと伺いました。遠くスエズ運河で発生した事故により、重要な部材の到着が遅延、現地では阿武隈特有の強風や冬場の降雪等、一度や二度ではなかったそうです。こうした厳しい制約の中で、知恵と工夫を結集し、工期をマネージしてこられた関係者の皆様のご苦労には、本当に頭が下がる思いです。

 

 そして、2025年4月に商業運転を開始しましたが、現地でお話を伺った際、「これがゴールではない」と言われたのが強く印象に残っています。

 

 東日本大震災以降、再生可能エネルギーの推進を復興の柱の一つに掲げてきた福島県にとって、この地は「再エネ先駆けの地」としての象徴的な意味を持ちます。住友商事は、発電所を「作る」だけでなく、この地で「育てる」ことも重視しています。特に、風車設備の運転・保守メンテナンス業務において、地元の人材を積極的に雇用し、専門技術者としての育成にも取り組まれています。こうした現場での取り組みを目の当たりにして、私は、カーボンニュートラルに資するエネルギーの開発のみならず、今後も地域に根差し、地域と共生する形で取り組まれている、プロジェクトメンバーの皆様の強い想いを肌で感じました。

 

 先日、当社のコラムで「ナノテラス 想像を超える顕微鏡 ~ 震災復興への想いも込めて」と題し、東北の地に込められた復興への願いをご紹介しましたが、今回の視察で見た阿武隈の風車群もまた、福島の復興と未来を力強く後押しする「希望の光」であると確信しています。SCGRのアナリストとして、こうした現場の熱量と課題意識を調査に反映させ、エネルギーと環境、社会の未来に微力ながら貢献していきたいと、決意を新たにしました。

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