デイリー・アップデート

2025年8月1日 (金)

[EU/米国] 

EUと米国の貿易協定について続報する。両者間の2024年の貿易額は、物品で8,670億ユーロ、サービスで8,170億ユーロに達し、世界最大の貿易関係を有している。物品ではEUが1,970億ユーロの黒字、サービスでは米国が1,090億ユーロの黒字となっていた。

 

今回の合意には、法的拘束力のある共同文書は存在せず、内容は不透明な部分が多いが、EU製品の多くに15%の関税が課される予定。一部の製品(航空機、特定の化学品、半導体、重要な原材料など)は関税ゼロとなる一方、鉄鋼については、50%の関税が継続される可能性が高い。医薬品や特定の半導体に関しても、関税が導入される可能性があるが、一部の医薬品は除外される見通しである。

 

また、今後3年間で7,500億ドル相当の米国産エネルギーを購入し、トランプ政権の任期中に6,000億ドルの追加投資を行う計画もある。ただし、これらの実現可能性には疑問が残る。

 

EU経済への影響としては、すでに米国からの輸入減少が見られ、関税の影響が出始めている。EU企業は、日本や英国との合意と同様の条件が得られたことで、市場シェアの維持を期待している。今回の15%関税は、トランプ再選前の平均4.8%からは大幅な引き上げであるが、2025年4月に導入された10%の基礎関税に比べれば、極端な増加ではない。 ただし、影響は業種によって偏りがあり、特に自動車産業と医薬品分野では打撃が大きい。ドイツのフォルクスワーゲンは、2025年第2四半期の営業利益が前年同期比で29%減少している。関税は引き下げられたが、欧州の自動車メーカーは米国への生産移転を進める可能性が高く、EU域内の雇用喪失が懸念される。

 

医薬品分野では、アイルランド、ドイツ、ベルギー、イタリアなどが影響を受ける。特にジェネリック医薬品企業は利益率が低いため、関税の免除についての交渉が続くとみられる。 今後、共同声明が発表される可能性はあるが、正式な法的文書が作成される見込みは薄い。企業は、貿易摩擦の再燃や関税の再引き上げを警戒しており、特に医薬品やアルコールなどの分野では不安定な状況が続く。また、EUと米国の間で合意内容の解釈に違いが生じる可能性があり、関係者にとってさらなる混乱を招く恐れがあるなど、今後も不確実性は継続すると考えられる。

[ロシア/西アフリカ] 

ロシアがアフリカのギニア湾沿岸諸国における軍事プレゼンス強化に動いている。7月22日、ロシア議会はトーゴとの軍事協力協定を批准する法案を可決した。この協定には合同軍事演習、情報共有、トーゴ軍の訓練、緊急医療支援などが含まれる。「サヘル地域」と呼ばれるブルキナファソに北部の国境が接しているトーゴは、ブルキナファソ等で活動しているイスラム系過激派組織の拡大・南進により、トーゴ北部は治安の危機に瀕している。トーゴとしては、ロシアによる軍事訓練や民間軍事会社「ワグネル」からロシア国防省傘下に置き換えられた「アフリカ部隊(Africa Corps)」の協力を得て危機から脱したい狙いがある。また、トーゴは2005年からフォール・ニャシンベ大統領による長期政権が続いている。同大統領の退陣を要求する反政府デモが6月以降目立つようになり、治安部隊との衝突が生じている。米・戦争研究所は、情報作戦支援や、エリート特殊部隊の訓練などを含むロシアの「政権安定パッケージ」はトーゴのような独裁政権にとって有用との見方を示している。

 

一方のロシアは、クーデター後に軍事政権下にあるブルキナファソ、ニジェール、マリの3か国(通称、「サヘル諸国同盟(AES)」)に対する軍事支援を続ける中、大規模な軍事輸送のためにサヘル諸国の南にあるトーゴのロメ港を活用し、物流ネットワークを強化したい狙いがあるとみられる。ロメ港は西アフリカ最大の深海港として開発できるポテンシャルを有している。

 

ロシアはこれらの国々への軍事協力の引き換えに、金などの鉱物の利権のほか、国際社会における自身の支持を獲得したい意図があるとの見方もある。トーゴの隣国で同じくイスラム系過激派によるテロ対策に手を焼いているベナンも、7月30日にロシアとの軍事協力協定に調印する予定だと発表(ロシア国営TASS通信)。また、ギニア湾沿岸周辺はこれまでもカメルーン、サントメプリンシペ、赤道ギニア、中央アフリカもロシアとの間で同様の協定を結んでおり、これらの旧宗主国であるフランスをはじめとする欧州諸国に替わり、ロシアの政治的影響力が強まっている。

 

その一方で、存在感が低下しているのは地域の安全保障・経済協力の基盤となってきた「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)」だ。2020年以降、サヘル諸国で相次いでクーデターが発生した際にも、民主主義を重んじるECOWASはたびたび軍事派遣を行うとの威嚇や、経済制裁を課すなどして軍事政権に断固反対する考えを示してきた。しかし、AES3か国はECOWASの干渉を無視する形で2025年1月に正式にECOWASを脱退。その一方で、ロシアやトルコ、イランなどとの関係強化を進めている。2025年に入り、トーゴもAESへの加盟を希望する発言を繰り返しており、アフリカで世論調査を行う「アフロバロメーター」は、トーゴ国民の54%がECOWASから脱退し、AESへの加盟を望んでいるとの調査結果を出している。

 

依然としてECOWASは西アフリカ最大の経済規模を持つナイジェリアをはじめ、ガーナやセネガルなど西側諸国寄りの国々で維持されている。しかし、2027年までの導入を目標としていた共通通貨「ECO(エコ)」は加盟国の脱退など足並みが揃わない状況では実現困難とみられる。

[米国/韓国/台湾] 

韓国では、米国が韓国に課していた自動車および自動車部品に対する関税が、日本やEUと同じ15%に引き下げられたことについて、「最悪の事態は避けられた」として、ひとまず安堵の声が広がっている。一方で、2012年の米韓自由貿易協定(FTA)以降、韓国製自動車に対する関税はゼロであり、日本やEUが2.5%の関税を課されていたのに比べて有利な立場にあったが、その差は今回の措置によりなくなった。韓国側は交渉の最後まで、米国に対して12.5%の関税を主張していた。

 

また、韓国は米国に対して3,000億ドルの投資を行うことで合意しており、そのうち2,000億ドルは造船業に、残りの1,000億ドルは半導体、バイオ、エネルギー分野に振り向けられる予定である。さらに、韓国は米国から液化天然ガス(LNG)を1,000億ドル分購入することになっているが、この購入が新規注文なのか、中東から米国への既存注文の切り替えなのかなど、詳細は明らかになっていない。トランプ大統領は、韓国が米国産農産物(牛肉、米)を輸入すると発表したが、韓国側はこれらについて譲歩していないと主張している。

 

韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領は、今後2週間以内にホワイトハウスを訪問し、トランプ大統領と会談する予定である。その際、韓国によるデジタルサービス規制などの非関税障壁、投資、為替操作などをめぐって米国から圧力を受ける可能性がある。また、米政権が8月に発表予定の半導体品目に対する関税についても、韓国側は警戒している。

 

一方、台湾に対しては20%の関税が発表された。これは日本や韓国、フィリピン(19%)などよりも高い税率であり、台湾では否定的に受け止められている。台湾株式市場は8月1日の取引開始直後、電子株を中心に一時300ポイントを超える急落を記録した。頼清徳総統は、米国との関税協議は現在も継続中であり、「交渉が妥結すれば、より良い税率を得られる」とフェイスブックに投稿した。

[米国/オランダ] 

米国が鉄鋼製品に対して通商拡大法232条に基づく関税を課したことにより、Tata Steelでは米国向け出荷が打撃を受けているという。同社としては、米国市場への依存を減らすため、新たな輸出市場の開拓を検討していると伝えられており、東南アジアや中東地域への展開を強化する可能性が指摘されている。実際、Tata SteelのナレンダンCEOは、米国関税賦課後のメディア向けインタビューで「高級鋼材の需要があり、米国のように関税の影響を受ける市場ではない市場を模索している」と述べている。そのため、比較的経済規模が大きく、一人当たりGDPの大きな中東や中南米地域が候補地として挙げられている。

 

また、これらの地域は建設・土木の需要が堅調で鉄鋼需要の拡大が見込まれている。同社の欧州中核拠点であるオランダIJmuiden(アイマイデン)製鉄所から、年80~90万トンの鋼材が米国向けに輸出しているとされており、同製鉄所の生産量の10%以上に相当する。今回の関税措置により新市場の開拓が必要となっているが、鉄鋼製品の多くでアンチダンピング措置やセーフガードが実施されており、市場切り替えには困難も伴う。特に高級鋼材となると、顧客認証や使用適合が必要となってくるため市場転換には相応の時間もかかる。ただし、一度信頼を得ることができれば、米国市場への依存を恒久的に低下させることもできる。

 

また、成長市場と見込まれているが中国企業の参入で競争が激化しているアジア市場では同社は事業縮小しているように、ターゲットとしていない点にも注目される。

[メキシコ] 

2025年第2四半期のメキシコのGDPは前期比0.7%と、市場予想の0.4%を大きく上回った。これは、工業生産が0.8%、サービス業が0.7%成長したことが主な要因。一方で、農業生産は干ばつや牛の寄生虫(スクリューワーム)の影響により1.3%減少した。

 

市場では、米国向け輸出の前倒し、財政引き締め、新政権初年度に見られる経済の一時的な減速などを理由に、成長鈍化が予想されていた。しかし、これらの要因は大きな悪影響を及ぼさず、景気後退は回避された。

 

現在、メキシコから米国への輸出品には平均7.6%の関税が課されている。USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)非準拠の製品や完成車への25%、鉄鋼・アルミ・銅への50%のセクター別関税により、従来の2.5%からは大幅な引き上げとなっている。しかし、2025年6月の製造業輸出をみても、前年比13.5%増と堅調であり、メキシコの製造業輸出は高い回復力を示している。また、米国が導入を予定していた30%関税については、メキシコ政府の協力姿勢により、90日の再延期が決定している。

 

通常、新政権の初年度は経済成長が鈍化する傾向にあるが、メキシコ経済は予想以上に好調で、国際通貨基金(IMF)も7月に改訂した成長見通しでは従来の▲0.3%のマイナス成長から、0.2%のプラス成長に上方修正している。また、市場でも0.7%程度の成長が見込まれている。

 

確かに2024年との比較では、経済の勢いは弱まっている。政府はGDP比1.8%の財政引き締めを進めており、これが経済活動に影響を与えているほか、メキシコと米国の選挙後の投資信頼感の低下、米国の貿易政策に対する不透明感、そしてAMLO政権の司法制度改革などもマイナス影響となっている。しかし、企業の景況感は回復傾向にあり、2025年前半の税収が堅調だったことなどから、楽観的な見通しが増えてきており、USMCAの早期見直しが実現すれば、さらなる安心材料となる可能性もある。

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