スーパームーン ~ アポロからアルテミスへ

2025年11月28日

住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長
横濱 雅彦

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去る11月5日、「今年最大のスーパームーン」が話題になっていたので、「月の出」を観てみました。

確かに、いつもより大きく、少しオレンジ色を帯びて光る満月は、普段より近いところに月があることを実感できるものでした。スーパームーンは月の楕円軌道の「近地点」に来るタイミングと満月が重なるときの月を指すのだそうで、最も遠いときより約5万キロメートルも地球に近づいているために、通常より最大で14%大きく、30%明るく見えるとのこと。地平線近くで月が大きく見える「月の錯覚」という現象もありますが、スーパームーンが大きく見えるのは錯覚だけではなかったようです。

 

満月を堪能しながら、ふとアポロ11号による人類初の月面着陸のことが頭に浮かびました。アポロ計画はその後、1972年にアポロ17号が6回目の月面着陸を成功させたのを最後に終了してしまい、それから50年以上もの間、有人宇宙船の月面着陸はなされていません。40万キロメートル離れた月ではなく、地上400キロメートルの低軌道を中心とした宇宙開発が主流になってきましたが、各国とも月に人を送らなくなったのはなぜなのか、そんな疑問に抗えず、アポロ計画の歴史を勉強しながら秋の夜長を堪能しました。

 

それから一週間後、とあるシンクタンクの勉強会に参加したところ、新たな有人宇宙飛行(月面着陸)計画である「アルテミス計画」など最近の宇宙開発をテーマにした講義があり、その後のグループ討議の題材が、「月面でどんな事業ができるか?」というもの。図らずもまた「月」について考える機会を得ました。

 

月の重力は地球の約6分の1、大気は殆ど存在せず、したがい雲が発生せず雨も降らないため、昼間は太陽光が直接降り注ぎます。この特性を活かせる太陽光発電や、地球と月を結ぶ輸送サービス、建築、通信インフラや重要鉱物採掘と精製、衣食住関連サービス、保険、エンタメまで、フィージビリティを無視したアイデアは尽きず、大いに刺激を受けました。おそらく小中学校の理科で習う基本的なことがらも、大人になってすっかり忘れていることも多く、月の1日の長さは地球の28日分の時間ということなど、よく考えれば当たり前のような前提条件の違いにも気づかされ、改めて日頃せまい世界でものごとを考えているなと大いに反省した次第です。月面で昼が約14日、夜も約14日続くとなると、太陽光発電の実現には、長い夜を乗り切る蓄電技術や補助電源が不可欠です。一方、極域では太陽光が比較的途切れず届くため、基地建設の有力候補となっているということも知りました。月が「資源」と「不動産」としての価値を持ち始めた現実に気づかされます。

 

アルテミス計画を調べていくと、宇宙開発が「国威発揚」から「経済的利用」へのフェーズに明確に移りつつあることが理解できます。スペースXなど民間企業の技術力や資金力も総動員して、月面での持続的な滞在と、将来の「月面経済」の創出を目指していることがわかります。月面には、生命維持に不可欠な水を供給できる水氷なるものが存在し、分解すればロケットの推進剤にもなるそうです。また核融合発電の鍵とされるヘリウム3も、戦略的価値が高い資源として注目されています。

 

当然、その背後では静かな競争も進んでいます。どの国、どの企業が、極域の一等地を押さえて、どのような枠組みで資源を共有するのか。1967年に発効した「宇宙条約*」では、どこの国も領有権を主張できないことになっている一方、月など天体の開発も平和利用に限定されていますが、大枠だけで解釈の余地が広く、これから先、潜在的な「領土争い」、「宇宙戦争」の様相も想像できます。地球上の国際秩序の揺らぎ、分裂に振り回されている間に、一方で月が近い将来の地政学、地経学の舞台になっていくのは間違いなさそうです。

(*) 「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」(国際連合1967年10月10日発効)

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