依存からの覚醒 ~ 「じゃあ、あんたが作ってみろよ」

2025年12月24日

住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長
横濱 雅彦

> English Version

 

 

2025年も残すところあとわずか、街を行き交う人々の足取りは例年通りせわしないものですが、今年は訪日観光客の人波も目立つせいか、都心は歩道も渋滞している印象があります。

 

さて、私たちが毎年年末に実施している翌年に向けた「世界情勢・経済見通し」セミナーですが、今年の副題を「依存からの覚醒、世界秩序の再構築」としました。

 

戦後80年という節目の年を振り返ると、世界が「依存」してきた、さまざまな物事が終わりに近づいていることに「覚醒」させられているとの思いが強くなりました。こうした依存構造の存在や、それが終わるのではないかという予感は、今年始まったものではなく、実はかなり前から、世界で共有されてきたものです。

 

一方でそれを、「いずれもとに戻る」という平時バイアスで目隠ししてきた現実があります。そして今年、いよいよ現実から目を逸らせなくなった。すなわち「覚醒」を強いられているのだと見ています。

 

最も頻繁に参照される「依存」は、安全保障における同盟国の米国依存ですが、これもオバマ政権の頃に「米国は世界の警察官であるべきではない」という言葉が一時取りざたされたものの、構造変化の兆候だと深刻には受け止められず、また第一次トランプ政権の言動も、一時的逸脱でいつか戻る、という平時バイアスで受け流されてきたのだと思います。しかし第二次トランプ政権による国家安全保障戦略(NSS)で、明確に「米国が世界秩序を支えてきた時代は終わった(※)」旨が、明示されたことで、安全保障が理念ではなく、条件つきのディールとして扱われる現実に、各国は否応なく覚醒を迫られています。

 

冷戦終結後から30年余り、世界は歴史的にも稀な平和に包まれていました。米国覇権の時代、「グローバリゼーション」という名の下で、世界は市場経済と自由貿易を謳歌し、先進国は製造プロセスをコストの安い国々にアウトソースし、安価な果実を享受してきました。欧州がロシア産エネルギーへの依存度を高めてきたことも、同じ構図として理解できます。これらはコロナ禍の供給網遮断ショックの時にも、世界が「覚醒」する契機となりましたが、まだどこかに「喉元過ぎれば」という甘えが存在していたように思います。

 

一方、米国とて「自立し、誰にも依存しない絶対強者」ではないことは、一連の米中間交渉の経緯を見ても明らかです。「世界が米国を利用している」と憤慨する米国自身も、世界中に、深く依存してきた事実も再認識されています。とりわけアジアを中心とするグローバルな生産現場では、環境負荷や賃金水準を含む「見えないコスト」が指摘されてきました。先進国はそれを十分に価格に織り込まないまま、低インフレと大量消費の恩恵を受けてきた、という点も棚上げにはできません。

 

日本も、戦後80年、復興と繁栄を遂げてきましたが、安全保障面で米国に依存し、また経済面では米国や中国ほか海外市場への依存が続き、また人件費の安い国々への製造移転、グローバル・サプライチェーンの安定に依存して成長してきました。いずれも当時は合理的で正しい選択でしたが、結果として国内投資の遅れや、技術・人材の流出を招き、経済安全保障への意識を希薄化した負の側面ももたらしました。

 

こうしてみると、世界の国々は多かれ少なかれ、何らかの「依存」を抱えていることが分かります。

 

そして、自分自身を振り返ると、日々の生活の中で家庭や、職場、そして地域社会や国に対して色々な依存を前提として生きていることに気づかされます。スマホなどの電子デバイスや、そこから洪水のように押し寄せる「おすすめ」やタイムラインの情報への依存も、依存していると自覚できないほどあたりまえになっているのだと思います。

 

「じゃあ、あんたが作ってみろよ」というのは、最近のテレビドラマの題名ですが、最初目にしたときに頭に思い浮かんだのは、レアアースをはじめとする重要鉱物の供給網の問題でした。「あたりまえ」のことが遮断された瞬間に「依存」に気づき、そこから自己の無力に気づく。そうした覚醒の光景が、今年ほど世界中に溢れたことは無かったように思います。

 

依存からの覚醒とは、必ずしも「孤立」を意味しないとも考えます。それは「誰かが無償で支えてくれる」という前提を捨てること。痛みは伴いますが、その上で自律的に方法を考え、適正な対価を払って確保することを覚悟する、というプロセスがこれから進むということだと、整理しています。

 

自分自身も、年末に「依存」を棚卸しして、「覚醒」から、自身の選択を改善したいと思います。

皆さまも、よいお年をお迎えください。

 

※「National Security Strategy of the United States of America」November 2025

Page12にある原文:“The days of the United States propping up the entire world order like Atlas are over.”からの意訳

 

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。