乾いていく地球で「武器」になる水 ~水資源の再考

2026年01月30日

住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長
横濱 雅彦

> English Version

 

 

前回のコラムで「依存からの覚醒」を取り上げて以降、「依存」について考えることが多くなりました。

日本に暮らすわたしたちにとって「あって当たり前」の存在である空気や水は、依存の対象であると同時に、グローバルで「なくてはならない」存在でもあります。

今回は、そのうちの「水」を取り上げてみたいと思います。

 

2024年に始まった「令和の米騒動」、日本では今もなお、コメの価格高騰や品薄への不安の声が聞かれます。流通の問題や行政への要望がニュースになりがちですが、そもそもの発端は2023年の猛暑と渇水による収穫量の減少でした。同じ頃、地球の裏側でもパナマ運河の水位が低下し、物流の大動脈が目詰まりしたことで、エネルギーや穀物の輸送コストが押し上げられました。牛丼の値上げやオリーブオイルの高騰も、為替や物流要因に加え、米国やスペインの大干ばつという「水の問題」が背景の一つにありました(*1)。

個々のニュースは一過性のものとして忘れられがちですが、俯瞰すれば、水不足が引き起こす経済的な混乱が世界中で同時多発的に起きている事実に気づかされます。

 

こうした状況を前に、「水不足」や「危機」という言葉では生ぬるい、という警告も出ています。国連大学は今月(2026年1月)発表した報告書で「Global Water Bankruptcy(世界水破綻)」という衝撃的な概念を改めて提示しました(*2)。現在の状況は、一時的な「危機(Crisis)」ではなく、地下水の枯渇や氷河の消失が進み、システムが元には戻れない「破綻(Bankruptcy)」の段階に入りつつあるという認識です。人類は地球という銀行から「水」という預金を引き出し続け、いまや抜本的な「破綻処理」を迫られている、そんな比喩で現状を説明しています。

 

影響はとりわけ食料分野に及びます。FAO(国連食糧農業機関)の最新報告書(2025年版)によれば、世界の耕作地の23%に過ぎない灌漑(かんがい)農地が、食料生産額の48%を支えているとされます(*3)。

つまり、水を失うことは、食料供給力そのものが大きく揺らぐことを意味します。これまでは水と肥料を大量に投入する「集約化」によって人口増加を支えてきましたが、その手法も限界に近づいています。気候変動による農業への損害は、すでに年間1,230億ドル規模に達し、目に見えないコストとしてインフレの形で社会に転嫁されています。食料自給率の低い日本は、食料の形で大量の「仮想水(*4)」を輸入しており、その構造を意識すれば、世界各地の水破綻は決して対岸の火事ではありません。さらに、水のリスクは先端産業にも直結します。半導体製造には大量の超純水が不可欠であり、工場の立地競争力は、電力だけでなく水インフラの強靭性にも大きく左右されるようになっています。

 

水資源の争奪は国家間の緊張を生んでいます。世界には国境をまたぐ「国際河川流域」が約260存在します。上流国がダム建設や取水によって主導権を握れば、下流国の農業や発電、都市生活にまで影響が及びます。  

ナイル川上流の巨大ダムの建設問題、メコン流域での上流開発への警戒、インダス川やリオグランデ川を巡る対立など、水資源が外交カード、あるいは事実上「武器」として使われ始めている現実を示しています。

エネルギーの禁輸措置のように一気に止まるのではなく、取水や放流の調整という形で、じわじわと圧力がかかり続ける点も、安全保障上の深刻な懸念となります。

 

地下水や河川から得られる淡水が減少する中、海に囲まれた日本にとって海水淡水化は一つの選択肢です。

しかし、淡水化に必要な大量のエネルギー消費はCO₂排出を増やすというジレンマも抱えます。また、日本は降水量こそ多いものの、急峻な地形ゆえに雨水がすぐに海へ流れ出てしまう「フローは多いが、ストックが苦手」な国でもあります。したがって、既存インフラの更新や貯留機能の強化はもちろん、需要側でのさらなる節水、再利用を可能にする技術が極めて重要になります。幸い日本には、世界有数の漏水対策ノウハウや、水利用効率を高める技術の蓄積があります。これらを国内で実装するだけでなく、海外へ展開していくことは、世界の食料不安や水を巡る摩擦を和らげる「実務的な外交カード」にもなり得るかもしれません。

 

 

(注釈)

*1:当社アナリスト真鍋舞のコラム「水資源の有限性と食料生産」(2025年11月12日)

*2:国連大学レポート:Global Water Bankruptcy | United Nations University (2026)

*3:FAO報告書「The State of the World’s Land and Water Resources for Food and Agriculture 2025

*4:食料を輸入している国(消費国)において、その輸入食料を自国で生産するとした場合に、必要となる水の推定量。

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。