インドネシア:ジョコ政権、初の内閣改造

2015年08月13日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

概要

 本年8月12日、ジョコ・ウィドド大統領は、政権発足以来初となる内閣改造人事を発表した。これにより、4人の経済閣僚を含む6閣僚が交代した。

 内閣改造の背景にあったのは、①経済停滞を理由とする経済閣僚に対する批判と②与党闘争民主党からの大統領側近に対する批判の高まりである。

 豊富な経験を有する経済テクノクラートと外資系金融機関での勤務経験のある実業家の経済閣僚への起用は、ジョコ政権の経済政策を改善させ、外資導入の促進に貢献すると期待されている。

 知日派であるラフマット・ゴーベル氏の貿易大臣退任は、ジャカルタ・スラバヤ間の高速鉄道計画を含め、日本との経済関係に影響を与える可能性がある。

 ①与党闘争民主党の幹部から批判を受けていたジョコ大統領の腹心の交代、②闘争民主党の重鎮の内閣官房長官への就任、③ユスフ・カラ副大統領と近い関係にある閣僚の横滑り就任は、政治的な配慮の結果とみられる。

 内閣改造人事が発表された8月12日の株式市場は、人民元切り下げの報道を受けて3%以上下落した後、内閣改造人事の発表の報道を受けてさらに下落した。市場は内閣改造が予想よりもインパクトのあるものではなかったと受け止めたのではないかと指摘されている。

 

 

1. 内閣改造

 本年8月12日、ジョコ大統領は内閣改造人事を発表した。交代した閣僚は下表のとおりである。

 

役職

新閣僚

新閣僚の経歴等

前閣僚

前閣僚の経歴等

調整大臣(政治・法務・治安担当)

ルフット・パンジャイタン

前大統領首席補佐官、軍人(元陸軍大将)

テジョ・エディ・プルディヤトノ

軍人(元海軍参謀長)、ナスデム党

調整大臣(経済担当)

ダルミン・ナスチオン

元中銀総裁、経済専門家

ソフヤン・ジャリル

国家開発企画庁(BAPENAS)長官に就任

調整大臣(海事担当)

リザル・ラムリ

元経済担当調整大臣、財務大臣、経済専門家

インドロヨノ・スシロ

前FAO水産養殖局長、学者

国家開発企画庁(BAPENAS)長官

ソフヤン・ジャリル

前経済担当調整大臣、実業家

アンドリノフ・チャニゴ

調査機関代表、学者

貿易大臣

トマス・レンボン

元モルガンスタンレー、ドイツ銀行、実業家

ラフマット・ゴーベル

前パナソニック・ゴーベル・インドネシア会長、実業家

内閣官房長官

プラモノ・アヌン

国会議員(元下院副議長)、闘争民主党

アンディ・ウィジャヤント

学者

 (出所:The Jakarta Post等より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. 内閣改造のポイント

(1) 背景

 今回の内閣改造は、昨年10月の政権発足後、初めて行われたものである。

 内閣改造が近い将来行われるとの噂は、以前から、インドネシア国内のメディアで報じられていた。背景にあったのは、①経済停滞を理由とする経済閣僚に対する批判と②与党闘争民主党からの大統領側近に対する批判の高まりである。

 ②について、第1期ジョコ政権は、34人の閣僚のうち、経済閣僚を中心に、実務家・専門家15人を任命し、闘争民主党からは4人を任命していた。闘争民主党の幹部には、党外出身の閣僚が党と大統領の意思疎通を妨げていると述べる者がおり、特に、アンディ・ウィジャヤント内閣官房長官(当時)、ルフット・パンジャイタン大統領首席補佐官(当時)、リニ・スマルノ国営企業大臣に対しては名指しで批判していた [*1]

 

(2) 経済閣僚の交代

 今回の内閣改造においては、2人の調整大臣(経済および海事)、国家開発企画庁(BAPENAS)長官、貿易大臣の4人の経済閣僚が交代した。

 ダルミン・ナスチオン経済担当調整大臣は、仏ソルボンヌ大学で経済学博士号を取得した経済専門家である。第1期ユドヨノ政権において、スリ・ムルヤニ・インドラワティ財務大臣(当時)の下で税務局長を務め、税制改革を進めた。2009年から中銀副総裁に就任し、2010年から2013年まで中銀総裁を務めた。経済テクノクラートとして豊富な経験を有し、政治的知見も備える人物として高い評価を得ている。

 リザル・ラムリ海事担当調整大臣は、米ボストン大学で経済学博士号を取得した経済専門家である。ワヒド政権において経済担当調整大臣、財務大臣を務めた。経済テクノクラートとして豊富な経験を有している。

 ソフヤン・ジャリル国家開発企画庁(BAPENAS)長官は、米タフツ大学で経済学博士号を取得した実業家である。第1期ユドヨノ政権において国営企業大臣および情報通信大臣を務めた。ユスフ・カラ副大統領と極めて近い関係にあることで知られる。第1期ジョコ政権において経済担当調整大臣を務めていたが、今回の内閣改造により国家開発企画庁官に横滑り就任した。

 トマス・レンボン貿易大臣は、米ハーバード大出身の実業家であり、モルガン・スタンレー、ドイツ銀行に勤務した経験を有し、自らも会社を経営している。

 内閣改造に伴い、ラフマット・ゴーベル氏(前貿易大臣)が交代した。同氏は、貿易大臣の在任中、輸入関税の強化など保護的な政策を採っていた。一方、同氏は、パナソニックの現地合弁会社の創業者一族であり、中央大学を卒業した知日派として知られる。同氏は、日本と中国が受注を争うジャカルタ・スラバヤ間の高速鉄道事業計画に関し、今月、日本を訪問した際、新幹線の製造工場などを訪問して、ジョコ大統領に日本の新幹線の優位性を伝えていた [*2]

 

(3) 他の閣僚

 さらに、今回の内閣改造においては、政治・法務・治安担当調整大臣と内閣官房長官が交代した。

 ルフット・パンジャイタン政治・法務・治安担当調整大臣は、豊富なキャリアを有する軍人であり、陸軍大将まで務めている。ワヒド政権で経済産業大臣、駐シンガポール大使を務めた。ジョコ大統領との関係は深く、昨年の大統領選においては、ジョコ大統領の選挙チームに加わるためにゴルカル党を離れている。同大臣は、第1期ジョコ政権において大統領補佐官を務めていたが、闘争民主党の幹部から批判を受けていたところ、今回の大臣就任によりその職を離れた。

 ルフット・パンジャイタン氏の大臣就任に伴い、ナスデム党所属のテジョ・エディ・プルディヤトノ氏が交代した。

 プラモノ・アヌン内閣官房長官は、闘争民主党の幹事長などを歴任した党の重鎮である。これにより、闘争民主党に所属する閣僚は5人となった。

 プラモノ・アヌン氏の就任に伴い、闘争民主党の幹部から批判を受けていたジョコ大統領の腹心であるアンディ・ウィジャヤント氏(前内閣官房長官)が交代した。

野党からの入閣はなかった。

 調整大臣のうち、プアン・マハラニ人間・文化開発担当調整大臣(メガワティ総裁の長女)は留任した。

 

 

3. 評価

 2人の豊富な経験を有する経済テクノクラート(ダルミン・ナスチオン、リザル・ラムリ)の経済関係の調整大臣への起用は、ジョコ政権の経済政策を改善させると期待されている。特に、インフラ開発予算の執行については、現時点において、220億ドルの予算のわずか11%しか執行されておらず、その遅れが大きな課題となっているため、今後促進されることが予想される[*3]

 外資系金融機関での勤務経験のある実業家(トマス・レンボン)の貿易大臣への起用は、政権が保護主義に傾く中で、そのグローバル市場に対する知見と自由主義的なスタンスが経常収支の改善と外資導入の促進に貢献すると期待されている。政治経験の不足から官僚の統制の面で困難に直面する可能性があるが、投資家からは好意的に受け止められるものと考えられる[*4]

 知日派であるラフマット・ゴーベル氏の貿易大臣退任は、ジャカルタ・スラバヤ間の高速鉄道計画を含め、日本との経済関係に影響を与える可能性がある。

 ①闘争民主党の幹部から批判を受けていたジョコ大統領の腹心2人(アンディ・ウィジャヤント、ルフット・パンジャイタン)の交代(ただし、ルフット・パンジャイタンは大臣に就任)、②闘争民主党の重鎮(プラモノ・アヌン)の内閣官房長官への就任、③ユスフ・カラ副大統領と近い関係にある閣僚(ソフヤン・ジャリル)の横滑り就任は、政治的な配慮の結果とみられる。大統領側近と見解の不一致がみられたユスフ・カラ副大統領とジョコ大統領との関係も改善する可能性がある[*5]

 内閣改造人事が発表された8月12日の株式市場は、人民元切り下げの報道を受けて3%以上下落した後、内閣改造人事の発表の報道を受けてさらに下落した。ジョコ大統領は、従来、野党との連携を模索していたが、最大野党ゴルカルからの入閣がなく[*6] 、また、スリ・ムルヤニ・インドラワティ世界銀行専務理事のようなビッグ・ネームの入閣がなかったため、市場は内閣改造が予想よりもインパクトのあるものではなかったと受け止めたのではないかと指摘されている[*7]

以上

 

 

 

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[*1] 2015年5月6日付The Jakarta Post記事「PDI-P steps up pressure for reshuffle」参照。

[*2] 2015年8月10日付Tempo記事「Japan Again Offers Bullet Train to Indonesia」参照。

[*3] Achmad Sukarsono「New cabinet members will improve infrastructure drive」(2015年8月12日付Eurasia Group Note)参照。

[*4] Achmad Sukarsono「Cabinet reshuffle will boost investment but not Jokowi’s political authority」(2015年8月12日付Eurasia Group Note)参照。

[*5] 2015年8月12日付The Wall Street Journal記事「Indonesia President Widodo Reshuffles His Cabinet」参照。

[*6] 前掲注5参照。

[*7] 前掲注4および2015年8月12日付The Financial Times記事「Widodo shakes up cabinet as Indonesian growth falters」参照。

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