インドの石油需要の特徴と今後の見通し

2016年09月07日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
舘 美公子


 ◇新たな成長エンジンとして期待されるインド    

 

 インドは、石油市場における新たな成長エンジンとしてにわかに注目を集めている。同国はこれまで石油需要の伸びは小さかったが、中間層の台頭による乗用車需要の増加などを受け、2016年には日本を抜き世界3位の石油消費国になると予測されている。また、これまで石油需要を牽引してきた中国で、経済構造が投資から消費主導に移行し、石油需要の伸びが鈍化していることも、インドの成長に期待が高まっている背景といえる。本稿ではインドの石油需要の特徴や今後の需要見通しにつきまとめることとしたい。

 

石油消費ランキング(出所:IEAより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2015年インド石油需要内訳(出所:Thomson Reutersより住友商事グローバルリサーチ作成) 

 

 

 ◇インドの石油需要の特徴

 

 インドの2015年石油消費量は日量416万バレルと世界4位。需要内訳は、ディーゼルが40%超と最大、次いでガソリン、LPG、ナフサ、ジェット燃料/ケロシンと続く。2014年までディーゼルに補助金が交付されガソリンに対し割安であったことから、登録乗用車の半数以上がディーゼル車である。また、インドは世界一のトラクター需要国で、農村部において農業(農作業や灌漑)や運搬などでトラクターが生活に欠かせないこともディーゼル需要が大きい背景といえる。なお、住宅/商業セクターにおける石油需要も大きく、LPGやケロシンは家庭用燃料として需要が大きい。ナフサについては、ガソリンへの混合、石油化学や肥料事業での消費が中心である。

 

 

◇石油製品別需要見通し

 

ディーゼル

・乗用車についてはガソリンへのシフトが加速するとみられるが、同国の物流網を支える鉄道やトラック輸送については、政府が進める高速道路建設が下支えし、引き続き主要消費項目となる見込み。乗用車は、2014年10月にディーゼル補助金が廃止されたことをうけ、新車購入に占めるガソリン車の割合が5月時点で70%超とディーゼルの優位性が崩れ始めている。なお、都市部で深刻化する大気汚染対策として2016年1~8月にかけ大型ディーゼル車の新規登録が禁止された。登録禁止は9月以降解除され、代わりに車両価格に対し1%の環境税を賦課することに変更されたが、今後さらに環境基準が厳格化すれば、ディーゼル需要の伸びを抑制する可能性がある。

 

 他方、モディ政権は、2014年9月にインドGDPに占める製造業の割合を現行の15%から2022年までに25%に引き上げる政策、「Make in India(インドでものづくりを)」を発表しており、産業分野でのディーゼル需要も期待される。注力分野として、労働集約産業(繊維業)、資本財産業(機械工業)、戦略産業(航空宇宙・造船)などが挙げられ、政府は外国投資も呼び込むため規制緩和、税制簡素化などを進めている。産業分野でのディーゼル消費増の行方は、今後の政策主導による部分も大きいが、The Oxford Institute For Energy Studiesは2022年の製造業における石油需要は保守的に見積もっても2014年比で30%増加すると試算している。

 

 

ガソリン

・ガソリン消費は、乗用車の普及により石油製品のなかで今後最も高い需要伸び率が期待される。2015年は利下げや原油安の影響で中間層の車両購入意欲が増し、乗用車販売台数は7.2%増加、2016年は7月に公務員給与が23%引き上げられたことも後押しし、インド自動車工業会は6~8%の販売台数増を見込んでいる。

 

 また、インドの2015年新車販売台数は347万台と世界5位の規模であるが、自動車普及率は1,000人当たり17台と中国の58台と比べても少なく、今後の拡大余地が大きい点もガソリン需要への追い風になるとみられる。

 

 

LPG

・LPGは、農村部で家庭用調理燃料として使用された牛馬の糞や石炭・木炭などのバイオマス燃料からの切り替え需要で近年大きく伸びている。政府も環境汚染の観点から調理用燃料のクリーン化を進めており、LPG補助金の交付、パイプラインやLPG小売拠点の拡充を推進。特に、政府は2016年を「LPG消費元年」と位置付け、LPGの小売拠点を現行の16,000か所から26,000か所に増やす野心的な目標を掲げており、LPG需要は今後も堅調な需要が見込まれる。一方で政府は、財政負担を軽減するため2016年に入りLPG補助金の引き下げを実施。原油価格が安いため、現時点では農村部需要に影響は出ていないが、今後LPG価格が上昇すれば、価格に敏感な農村部がバイオマスに回帰する可能性がある。

 

 

石油需要の伸び推移(対前年比、2016年は1-6月)(出所:Thomson Reutersより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

◇戦略備蓄について

 

 インドの原油輸入依存度が2015年に85%に上昇したことで、同国では戦略備蓄設備の整備を進めている。現在インド南部3か所に合計40百万バレルの貯蔵設備を建設中で、2016年中には完工予定。だがこれは、中国が過去数年に建設した備蓄量400百万バレルの10分の1の規模であり、完工後も備蓄設備向け原油購入が世界の需給に与えるインパクトは小さいとみられる。なお、インドは最終的に戦略備蓄を先進国並みに輸入原油の90日分カバーすることを目指し、2020年までに追加で91百万バレルの備蓄能力増強を発表しているが、具体的な建設計画は現時点では未定である。

 

 

◇今後の見通し

 

 以上の背景からもインドの石油需要ポテンシャルは高く、国際エネルギー機関(IEA)は中期見通しで2015年から2021年までのインド石油需要を年率4.2%、伸び幅は日量110万バレルと見込んでいる。これは同期間の世界需要見通しが年率1.2%であることに鑑みれば、非常に高い伸び率といえる。なお、インドは石油需要の成長率は高いものの、石油消費の絶対量では中国の3分の1程度と依然大きく差が開いている。IEAの見通しでも、中国の需要の成長率は年率3.4%とインドよりも低いが、増加幅は日量250万バレルとインドの倍以上となっている。従い、インドは今後石油市場における成長エンジンになることは確かながら、過去10年の中国のように石油需要を牽引するとみるのは過度の期待といえよう。

 

 最後に、今後のインド石油需要を停滞させる可能性がある要因としては、原油高および政策動向が挙げられる。インドは消費者の価格感応度が非常に高いため、ひとたび原油高となれば石油消費も鈍化する可能性が高い。また、製造業の振興策や農村部におけるLPG利用推進など、政府主導で進められている分野については、今後の政策動向に左右されるため留意が必要と考える。

 

 

IEAによるインドの石油消費の伸び推移(出所:IEAより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

IEAによる中国の石油消費の伸び推移(出所:IEAより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

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