注目集めるモロッコの経済を分解してみた

2019年04月18日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
大西 貴也

<注目点・特徴>

 モロッコは所得の高い欧州、エネルギー資源の豊富な中東、今後の成長が期待されるアフリカの3地域にアクセスしやすい地理的優位性を持つ国である。しかし、これは北アフリカ諸国全体にもいえることであり、モロッコに注目が集まる理由、つまり隣国との違いはなんだろうか。

 

 まず、近隣に比べ、治安が良い。コントロール・リスク社(Control Risks)が公表している「Risk Map 2019」ではモロッコを北アフリカ諸国中唯一低リスク国としている。他方、チュニジアは中リスク、アルジェリアとエジプトは地域によって中リスクと高リスクが混在し、リビアに至っては地域によって高リスクと特高リスクが入り混じっている。「Global Terrorism Index 2018(Institute for Economics & Peace)」ではモロッコを132位としており、アルジェリア54位、チュニジア47位、リビア13位、エジプト9位と比べてテロのリスクがかなり低いと評価している。

 

 次に、フリーゾーン(以下、FZ)が充実している。FZ入居企業は売り上げの70~80%を輸出することを要件に、法人税・所得税・事業税・輸入関税・付加価値税・会社設立登記費用などの免除や軽減、関税手続きの簡素化、職業訓練補助などのメリットが受けられる。主要輸出FZはタンジェ輸出FZ(自動車部品、電子、航空、農水産・食品、繊維等)、タンジェ地中海港内ロジスティックFZ、タンジェ・メルーサI およびII工業FZ(ルノー工場やタンジェ・オートモーティブ・シティ)、ケニトラ輸出FZ(PSA"プジョー・シトロエングループ"や自動車部品工場)、ヌアサー航空産業FZ(カサブランカ郊外)等。その他、ケブダナとナドールには炭化水素エネルギー貯蔵FZ、西サハラのダフラやラーユーンには農水産加工FZがあり、カサブランカには金融・サービス業のためのFZであるカサブランカ・ファイナンス・シティもある。

 

 そして、多くの国々とFTAを結んでいる。EU、EFTA(アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイス)、米国、トルコ、大アラブ自由貿易地域協定(アルジェリア、サウジアラビア、バーレーン、エジプト、アラブ首長国連邦、イラク、ヨルダン、クウェート、レバノン、リビア、モロッコ、パレスチナ、カタール、スーダン、オマーン、シリア、チュニジア、イエメン)、アラブ首長国連邦、アガディール協定(エジプト、チュニジア、モロッコ、ヨルダン)、アフリカ大陸自由貿易圏協定(モロッコ含むアフリカ44か国)など締結相手国は計51か国にも及ぶ。

 

 

<概要>

 モロッコの1人当たり名目GDP(2018年)は3,359ドルで、この水準は資源国のリビアやアルジェリアより低いが、エジプトより高く、チュニジアとはほぼ同水準だ。エジプトは経済規模が大きいが人口も多いため1人当たり名目GDPは他国より低く、リビアやアルジェリアは豊富なエネルギーの輸出により経済規模が大きくなるため1人当たり名目GDPが他国よりも押し上げられている。モロッコはこうした中東・北アフリカ諸国が長所(もしくは短所)としているところがないことが特徴でもある。つまりモロッコ経済は極端に一次産品生産に依存しておらず、また経済成長が安い労働力に支えられているという構造でもない。

 

 モロッコの宗教は近隣諸国と同様イスラム教であるが、政治体制は北アフリカ諸国中唯一の立憲君主制で、治安は安定している。また、国王は改革路線の国家運営をしており、例えば外国企業向けの各種優遇制度を充実させ、海外から投資しやすい環境に整備している。教育状況や労働者の質を測る尺度である識字率については、各種統計によると65~70%とさほど高くはない。この理由は遊牧民であるベルベル族比率が比較的高いこと、調査が不十分なことがあると考えられる。労働者の賃金はエジプトより高いが、東欧諸国やトルコに比べると低いため、欧州企業を中心に安価な労働力を求めて進出する事例が多く見受けられる。

 

 

<経済構造>

 さて、ここからはモロッコの経済についてより深く見ていきたい。まず産業別実質GDP構成は2018年ベースでは農業12.96%、製造業13.72%、公的サービス8.27%、商業8.29%、郵便・通信5.09%、建設業4.82%、運輸業3.7%、電力・水道2.17%、宿泊・飲食2.14%、鉱業1.53%となっている。多くの分野に経済波及効果をもたらす観光業はモロッコにとって重要な産業であり2018年には対GDP比で8.1%を占めるまで拡大しているとされる。天候に左右される農業の比率が比較的高く、天候悪化による農業生産額の低下が消費や輸出などの経済活動に負の影響を与え拡大させてしまう。そのため、政府はFZでの税制優遇や各種補助金の交付など、外資系企業の誘致を積極的に展開し経済の多角化を図ってきているが、2007年以降経済構造に大きな変化は見られず、産業の構造改革は政府が思い描いくようには進展していない厳しい状況にある。

 

 産業別労働人口構成比は2018年で農林水産業37%、鉱工業19.5%、サービス業43.5%。2000年、2010年、2018年の3つの時点での割合を比較すると、農業従事者の比率は一貫して低下した一方で、サービス業が増加している。しかし、政策面で拡大が期待されている製造業では2010年まで比率は上昇したものの、その後減少に転じている。労働人口総数は農業で増加、サービス業では急増しているが、製造業では2010年まで増加した後伸び悩んでいる。

 

 北アフリカの他の国では農業労働人口比率はこれほど高くなく、リビア以外は一貫して減少傾向。モロッコに次いで農業労働人口比率の高かったエジプトは2000年こそ3割近かったが2018年には24.5%まで減少している。モロッコは国策として製造業や観光業を振興し労働者を増やそうとしている。つまり、農業の生産性を高めながら余剰労働者を付加価値生産のより高い他の産業にシフトしようと試みている。

 

産業別実質GDP (2018年)  出所:モロッコ統計局よりSCGR作成

 

ILOによる産業別労働人口推計 出所:ILOよりSCGR作成

 

 ①製造業:政府は自動車産業、航空機産業等を重点強化産業とし、2020年までに製造業のGDP比を23%まで引き上げることを目標としている。

 

 フランスのルノーはタンジェおよびカサブランカのFZに生産拠点を持ち、2018年の年間生産台数は40.2万台で約9割をフランス、トルコ、スペイン等74か国に輸出しているほか、ブラジル、インド、コロンビア、ルーマニア、アルゼンチンなど同社の他の生産拠点に部品供給も行っている。同社は2022年までに生産能力の倍増、2025年には生産能力100万台の達成を狙っている。フランスからは他にもPSAグループがケニトラFZで工場を建設し2019年生産開始予定(年産10万台、2020年20万台)である。また中国からは、2016 年7 月に東風揚子江汽車がタンジェでの電気バス組み立て工場建設(年産200~300 台、投資額10 億ディルハム)を、2017 年12月にBYD(比亜迪汽車)がタンジェでの欧州・アフリカ市場進出目的の工場建設を、それぞれ発表している。

 

 自動車関連品は最大の輸出品で、特に完成車をフランス・スペイン・イタリアなどに、ワイヤーハーネスをスペイン・フランス・イタリアなどに輸出している。その他、縫製品・履物など衣料関連も上位の輸出品で、特に女性用スーツなどをスペイン・フランス・英国などに輸出している。

 

 輸入品目でも自動車関連は最大であり、特に完成車をドイツ・スペイン・フランスなどから、ワイヤーハーネスをドイツ・フランス・スペインなどから輸入している。その他、機械類をスペイン・フランス・イタリアなどから、電話機などは中国・ベトナムなどのアジアやハンガリーからの輸入が目立つ。

 

 ②農業:2008年に採択された「Green Morocco Plan」により農業生産性が高まり、成長の源泉の多様化が図られ、農業部門の回復力が強化された。また、2017年の良好な農業成長率は政府認定種子の利用増(前年比+52%)や家畜・造園・青果・漁業の好調に支えられていた。しかし農業は労働人口の約4割を占める一方でGDPに占める割合は約13%なので、生産性向上は引き続き大きなテーマといえる。

 

 飲食品・たばこは輸出品目として2番目に大きい。モロッコはアフリカ最大の水産国としてタコをスペイン・イタリア・日本などに、イワシをフランス・スペイン・イタリアなどに輸出しているほか、トマトをフランス・ロシア・スペインなど、かんきつ類をロシア・フランス・オランダなど、豆類をスペイン・フランス・ポルトガルなどに輸出している。

 

 一方、小麦はカナダ・フランス・ウクライナなどから、砂糖はブラジル・メキシコ・オーストラリアなどからの輸入に依存している。

 

 ③観光業:モロッコは温暖な気候と遺跡等の観光資源に恵まれており、現在9つの都市や遺跡がユネスコの世界文化遺産として登録されている。マラケシュの旧市街(メディナ)等が有名である。観光業は2018 年時点で直接的にはGDPの8.1%、雇用の7.1%を占め、貴重な外貨獲得源になっており、間接的な領域まで含めるとGDPの18.6%、雇用の16.4%に及ぶとされている。2011 年から2016 年にかけてインバウンドの観光客数はEU の景気動向やテロに対する警戒感から伸び悩んできたものの、2017 年は1,135 万人、前年比+9.8%と、2016 年の+1.5%を大幅に上回る2011年以来の高い伸び率となった。さらに2018年は1,228万人、前年比+8.2%と増加基調が続いている。観光客数の2000年~18年の平均年間成長率は6%で、世界平均を2%ポイント上回り、アフリカで1位、世界でも30位の観光地に位置している。なお、2016 年に国王モハメッド6 世の中国訪問を機に中国人の観光ビザが廃止された結果、それまで年間約1 万人程度だった中国人観光客は2017 年に約12万人、2018年には約18万人と飛躍的に増加している。

輸出品目別構成 (2017年) 相手国別輸出構成比 (2017年) 輸入品目別構成 (2017年) 相手国別輸入構成比 (2017年) 出所:UN Comtrade よりSCGR作成

 

 これらの産業以外で注目する分野は、鉱業ではリン鉱石が挙げられ、モロッコと西サハラは全世界最大の埋蔵量(約70%)を有しており、2017 年の産出量は世界3 位となっている。また、国王は2016年マラケシュ開催のCOP22で、年間発電量に占める再生可能エネルギーの割合を2030 年までに52%にする旨を表明しており、アフリカ大陸最大級の風力発電所や世界最大の集光型太陽熱発電所が国内で既に稼働している。加えて、アフリカ初の超々臨界圧石炭火力発電所やアフリカ初の高速鉄道まで整備している。

 

 

<経済成長>

 モロッコの名目GDPは1980年に約200億ドルだったのが、2018年には1,183億ドルと約6倍にまで拡大した。1人当たり名目GDPも1980年に約1,000ドルに過ぎなかったのが2018年には3,359ドルと3倍以上に拡大している。一方、実質GDP成長率は1980年以降、最大で12%強、最小ではマイナス5%超とかなり幅があることから分かるように不安定で、平均すると約4%に留まっており、安定した成長と成長率の底上げが政府の急務となっている。

 

GDPの推移 出所:IMFよりSCGR作成

 

 こうした不安定さの一因は農業生産にあると思われる。天候や雨量の変化により生産量や金額は大きく左右され、農業比率が約13%と比較的高いこともあり、モロッコの経済活動は大きく影響を受けやすい。

 

 2016年は干ばつの影響でGDP成長率が前年比+1.13%と低調だったが、2017年は+4.09%に回復した。これは農業の回復に加え、欧州の景気回復に伴う輸出増や観光客の増加が、製造業から商業、ホテル・飲食、運輸まで幅広い分野に好影響をもたらした結果である。2018年は輸出や観光が一時的に伸び悩んだ影響で+2.92%と減速した。2019年のGDP成長率見通しについて、IMFは+3.18%、アフリカ開発銀行、世界銀行、モロッコ政府は+2.9%、とそれぞれ予測しているが、今後の成長加速のためには一層の経済構造の改革が必要とされている。

 

 

<財政>

 財政赤字はGDP比で2016年4.3%、2017年3.7%、2018年の推計はアフリカ開発銀行3.9%、世銀3.3%、政府予算3.5%、政府目標は2019~21年までに3%である。

 

 2000年以降歳出・歳入の振れ幅が大きかったが、IMFとの合意で推し進めた財政健全化策が実を結び、2010年以降は安定し、財政赤字は緩やかに縮小していく見込み。2008 年からの国際金融危機と2011 年の民主化運動を背景に財政政策は拡張的となり、財政赤字は急速に拡大し2011 年にGDP 比6.9%となった。その後は石油製品への補助金削減、公務員人件費の伸び率抑制、中東GCC 諸国からの無償資金援助受け取り等によって財政赤字の縮小が進んだ。また2016 年に着手した財政の地方分権化で、地方自治体への分配金は従前より増加した。2018 年予算では社会保障関連費の拡充を図っている。歳入については、2016 年に税制改革に着手しており、2018 年1 月に法人税は従来の単純累進税率課税を改め、超過累進税率課税を採用している。

 

 公的債務残高(GDP 比)については、2016 年64.9%、2017 年65.1%となっており、政府は2021年までに60%まで縮小を目指している。また政府は2017年に予定していた10 億ドルの外債の発行を中止したが、それは起債前に中東GCC 諸国からの贈与金の支払いが実行されたためとみられている。

 

 なお、IMFから過去に支援を受けたことはあるものの、返済は既に完了している。2012年以降は「Precautionary and Liquidity Line (PLL)」という、国際収支上の危機予防のため短期資金を融資する制度に基づく融資枠を確保しているが、実際に使用したことはまだない。

 

GDP、歳入、歳出成長率の推移 出所:IMFよりSCGR作成

 

 

<国際収支>

 経常収支の基本的な構造は、財の貿易収支が赤字、サービスの貿易収支が黒字、第一次所得収支が赤字、第二次所得収支が黒字。特に財の貿易赤字が大きく、経常収支は2007年以降赤字が継続している。

 

 経常赤字はGDP比で2017年4%、2018年推計4.5%弱、という水準で脆弱性が高いといえるが、後述の通り潤沢な海外直接投資流入の結果、為替や物価は安定している。

 

 財について輸出は2017年、2018年で2桁成長が続いているが規模としては輸入が2倍弱と圧倒的に大きく、貿易赤字は拡大基調にある。サービス収支については輸出の規模が輸入の2倍強と大きく収支は基本的に黒字となっている。全体の7割以上を占める観光収入は2017年の好調から2018年は微減となっている。また、委託加工サービスや通信・コンピューター・情報サービスの輸出が伸びている。第一次所得収支の赤字は配当金支払いが大半であり、海外資本の受け入れの影響で拡大基調、第二次所得黒字は海外からの送金が大半を占めている。

 

 海外直接投資流入額は2017年26.5億ドル、2018年34.4億ドルと拡大した。2016 年、2017年は以前と比べて低水準に留まったが、2018年に回復傾向が強まった。投資元を国別で見ると欧州に次いで中東諸国が多く、イスラム経済圏内の結びつきがこの点からも確認できる。他方、モロッコからの対外直接投資は2016年から2017年にかけて1.5 倍に増加したが投資先としてはアフリカの旧フランス領が多いのが特徴である。

 

経常収支の推移 出所:モロッコ為替局よりSCGR作成

 

海外直接投資流入額の推移 出所:UNCTAD、モロッコ為替局よりSCGR作成

 

 

<課題と今後の展望>

 2018年通年の失業率は9.8%と2017年よりは改善したが依然として10%近くあり、大きな課題となっている。農村部は3.2%であるが都市部の失業率は14%と高水準で、財政負担による解決が図られる可能性はあるだろう。また、若年層26.5%、知識層17.9%、女性14.7%と、属性による偏りもみられる。2018年の雇用創出数は11.2万人と、前年(8.6万人)よりは改善しており、非製造業6.5万人、建設業1.5万人、製造業1.3万人、農林水産業1.9万人と、雇用の多くを今や重要な産業基盤になってきた非製造業が吸収している。結果的に失業者数は116.8万人と、前年より4.8万人減少している。しかし、最低賃金の水準が比較的高いことに加え、解雇が難しい雇用制度になっているため、企業は労働者の採用に対して慎重といわれている。このため国外に職を求める人々が後を絶たず、従って海外労働者送金額が大きくなり、おおむねGDP 比6~7%台を占めている。なお、政府は、労働者のスキルと雇用者の求めるスキルとのギャップを埋めるための教育や職業訓練の拡充を図っている。これまで見てきたようにFZ等の設置により企業の事業環境は改善しているが、労働制度が硬直的であることが産業多角化の壁の一因になっているため調整が必要だろう。

 

 モロッコは財政分権化、公務員改革、国営企業監督強化、社会支出対象選定の改善などに取り組んでいる。さらに2000年代後期に開始された、経済変革や回復力強化のためのセクター別戦略が奏功している。自動車セクターにおける、海外直接投資や合弁事業の流入および地場産業統合による発展のパターンは、再生可能エネルギーを含む他セクターでも見られるようになってきている。こうしたことから経済は安定して成長し、貧困率は改善している(2001年15.3%→2007年8.9%→2014年4.8%)。また、モロッコはフォーブスの2019年「Best Countries for Businessランキング」で161か国中62位となった。北アフリカではチュニジア82位、エジプト95位、アルジェリア114位であり、域内ではモロッコが最高位。世銀の「Doing Businessランキング」でも190か国中60位と域内ではトップになっている。

 

 このようにモロッコの事業環境は世界的にも認められつつあり魅力も高まってきており、解決すべき課題は少なくないものの、それ以上に今後の成長に対する注目と期待が集まっている。

 

以上

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