ニューデリー/インド ~希代の名首相の下で大きく変貌するインド~

2017年01月25日

インド住友商事会社 ニューデリー本社
成清 正浩

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 2016年11月8日午後8時からモディ首相より重大発表があるとのニュースが流れ、多くのインド人が「ついにパキスタンと開戦か?」と固唾(かたず)をのんで見守っていたところ、同首相は「4時間後の11月9日から500ルピー札と1,000ルピー札を失効させる。年末まで銀行窓口で旧札の交換に応じる。しばらく不便だろうが不正撲滅のため、50日間辛抱してほしい」という全く意表を突いた驚きのDemonetisation(通貨の廃止)を発表しました。流通貨幣の約85%を占める通貨を無効化するのですから、その衝撃の大きさはパキスタンとの開戦にも匹敵、それ以来インドのあらゆる経済活動が大混乱に陥っているのは各種報道の通りです。

 

 銀行口座を持たない農村部や現金生活者の人たちは現在まだ不便な生活を強いられていますが、インド経済の成長ドライバーである「拡大する中間層」の人たちは今回の事態にも関わらず、淡々と仕事をしています。ここではある中間層の知人の話を紹介しながら、インド一般家庭の消費や貯金に対する考えを紹介します。

 

 日本語を自由に操るある知人女性で年収170万ルピー(約290万円)を得ている既婚のSさん。ご主人と共稼ぎなので今は「中間層」から抜け出た「富裕層」世帯といえるでしょう。以前から彼女はデビットカードやクレジットカードを、ご主人もまたPaytmなどを使っていたので、今回のDemonetisationでさほど不自由はしていないそうです。Paytm(ペイティーエム)とはインド独自の電子決済サービスの最大手会社。銀行口座がなくてもスマートフォン(スマホ)などを通じて買い物の支払いや送金ができる仕組み。

 

 インド人の買い物目線は、「安いものをたくさん」という「量」から、「多少高くても良いものを」という「質」へと変わってきており、今まであまり関心を払わなかった「ブランド」を重視するようになったと言うSさん。昔はTataの車に乗っていたのが今はMaruti Suzukiでないと嫌なのだそうです。ブランドは単に見栄を満足させるだけではなく、品質を伴うものであることが分かったと言います。またかつて「贅沢品(ぜいたくひん)」だと考えていたもの(例えばルームエアコン)が、「生活必需品」という捉え方に変化しつつあるのだそうです。

 

 Sさんの目下の最大関心事は毎月2万ルピーほどかけて学習塾に通わせてきた御嬢さんが来年迎える大学受験。デリー大学(国立、第一志望)に合格できれば良いが、私立になると授業料などで年間80万ルピーほどかかるので「親孝行してほしい」と切に願う毎日。従ってブランド品に目はいくものの、ぐっとこらえてひたすら貯金。インドの教育熱は半端ではなく、特に下層ジャーティー(職業カースト)出身者が現世で這い上がるためには、高学歴が近道。子供の成績を少しでも上げるため、親たちは子供の試験中に校舎の壁に這い上がり、カンニングペーパーを子供たちに渡そうとします。もちろんこういった行為は違法で、取り締まりの対象となっています。

 

 そして御嬢さんが大学に入学したら、Sさんは今度は彼女の結婚資金を蓄えるためにまた一所懸命に働き、貯金を始めねばなりません。

 

事業パートナーA社オーナーのご息女の結婚披露宴。2日間某高級ホテルに特設会場を設置、5,000人の招待客を集めた。(筆者撮影)
事業パートナーA社オーナーのご息女の結婚披露宴。2日間某高級ホテルに特設会場を設置、5,000人の招待客を集めた。(筆者撮影)

 インドの結婚式は驚くほど立派(派手)です。インド人に「人生最大のイベントは?」と尋ねるとほとんどの人が「結婚」と答えます。富める者も貧しい者も精一杯背伸びして見栄を張り人生最大のイベントに執念を燃やします。毎年1,000万組が結婚式を挙げ、この国の婚礼産業市場は今や2兆ルピー(約3.4兆円)を超えるとも言われ、毎年25%以上成長している超有望産業です。インドでは持参金や結婚披露宴のほとんどを新婦側の親が負担するのが伝統的慣習なのでSさん一家には大変な経済負担です。「見栄」を大事にするインド人は「派手」な結婚式を成功させるために、親戚、友人、会社の上司などありとあらゆるつてをたどってお金をかき集めます。傍からみると分不相応なのですが、親は年収の2倍、3倍というお金を惜しみなく子供たちの結婚式に投入します。

 

当社従業員Nさん(新婦)の結婚披露宴にて。当地結婚式の基調カラーは赤と金色。(筆者提供)
当社従業員Nさん(新婦)の結婚披露宴にて。当地結婚式の基調カラーは赤と金色。(筆者提供)

 

 

 子供の教育には支出を惜しまず、親がかりで結婚式を挙げる、どこかで見たような景色です。インドの中間層に限っていえば、価値観や人生観は日本人のそれと近似している部分があり、そこから生じる消費行動を予測・把握できる日本企業は、インド市場で勝者になれる可能性を持っていると考えています。

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