ジャカルタ/インドネシア ~ブナン・メラ 日本とインドネシアの「赤い糸」~
アジア・オセアニア
2018年03月06日
インドネシア住友商事会社
野中 紀彦、高橋 智樹

2018年は、1958年1月20日に日・インドネシア平和条約が締結され、両国に国交が樹立されてから60周年の節目にあたります。ジョコ・ウィドド大統領は日本に向けた祝辞の中で、両国の友好と協力の緊密さを「ブナン・メラ」、日本語で「赤い糸」で結ばれた絆と表現しました。血や血管から転じ、大切なつながりを示す意味で「赤い糸」を使う例は世界中で見られます。日本で赤い糸と聞くと、運命的、二人だけのロマンティックな関係を想起させますが、近年は中国を筆頭に、G20の一角を担うインドネシアと関係を強化する国が増えており、相対的に日本の地位は低下していると言われます。「本当に、私(日本)が大事なの?」と思う場面に遭遇することも少なくありません。
「赤い糸」発言は、2019年に大統領選挙を控える現政権が、インフラ整備の重要なパートナーである日本に期待をかける激励なのか、経済面で中国に偏重し過ぎた自戒から送る秋波なのか。インドネシアで暮らす日本人の視点で、考えを巡らせてみます。
- 約1万3,000の島々、300の異なる民族と数百もの言語を持つ、ひとつの国家
私もそうですが、インドネシアを訪れた日本人は、人々の笑顔、明るさ、周囲への気遣いを好きになり、しばしば同じ島国の日本と共通点を見出します。しかし同じ島国でも、約1万3,000の島々、300もの異なる民族と数百の言語を有する、島嶼(とうしょ)国家インドネシアの人々は、歴史的に早くから結合し、同一性が高いといえる日本人とは、成り立ちや意識が大きく異なります。
インドネシアは、島々が国家としてまとまる機会が無いまま、16世紀に香辛料を求めてやってきたオランダに300年以上も植民地として支配されます。日本の占領後、再植民地化を狙うオランダとの独立戦争を経て1949年に独立を勝ち取ったものの、オランダの分断工作に晒されながら、インドネシア共和国と、旧宗主国派を含む15の国・自治体で構成される連邦としてスタート。一歩間違えば国家が分裂しかねない危うい状況でした。
ところがわずか1年後の1950年、インドネシア共和国は大きな争いもなく連邦諸国を吸収し、単一の共和国としてまとまることに成功します。要因や背景に諸説あるとしても、結果として、多様な民族が単一国家を求め、納得するプロセスを踏んで合意に至る成功体験を積んだ、と言えるでしょう。「決められない民主主義」と批判され、ビジネスで物事が遅々として進まない場面もありますが、インドネシア人には、自分たちのやり方で成果を出した経験と自信があるのです。
- 島嶼国家のDNAとバランス外交
その後も東ティモール独立など国難の中で国家を一つにとどめた要因は、「多様性の中の統一」という標語のような国家理念だけでなく、文化や様式が異なる島々・民族は違って当たり前と認め合い、誰かに不公平感を持たせないように物事を進めるバランス感覚が、社会に根付いていることだと思います。
2億5,000万人もの国民が、互いにジャワ島人だ、スマトラ島人だ、ブリトゥン島人だと言い合うのは挨拶のようなもので、ブミか華僑か、多数派のムスリムかそれ以外か、裕福かそうでないかという区分も、常に言及はされても、それらの「違い」を強く分断するニュアンスは感じられません。当社でも、出身地や宗教が異なる約150人の社員が、業務やイベントで見事な一体感を示しつつ取り組む姿を目の当たりにできます。

外交においても、短・中期的に濃淡はあれど、一国に偏らず諸外国とバランスを取る方針は変わらないでしょう。南国の明るさを持つ島嶼国家のDNAには、人と人、国と国の関係であっても、互いに迷惑を掛け合うことを当たり前と受け止め、失敗や諍い(いさかい)があっても差別せず断絶しない、懐の大きさがあるように感じます。裏を返せば、インドネシアで生きていくには、絶え間ない他人との衝突や軋轢(あつれき)の中でも我慢する打たれ強い心、他人とうまく付き合う技術が必要と言えます。
インドネシア人は、歴史的な関わりや島国同士の親近感から、日本に対し好感を持ち、相当な興味を持っています。ただ、インドネシア人からすれば、日本人はインドネシアにそこまで興味を持っていない、と見えているように思えます。60周年の節目に「赤い糸」の言葉を投げかけ、日本にその真意を考えさせることで、もっとインドネシアに興味を持ち、関わりたくなるように仕向けようと、話上手で付き合い上手のインドネシア人は、日本「島」の人々の心をそう読んだ上で、この言葉を選んだのではないでしょうか。
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