アルホバル/サウジアラビア ~石油の町からの脱皮~

2019年11月08日

サウジアラビア住友商事会社
石原 淳也

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写真1:国際文化センターのオーディトリアム(筆者撮影)
写真1:国際文化センターのオーディトリアム(筆者撮影)

 ウィーン交響楽団の演奏が終わって一瞬の静寂の後、会場には割れんばかりの拍手喝采が湧き起こりました。

 

 2018年秋、サウジアラビア住商の本社がある東海岸アルホバル市の隣町ダーラン市に建つ国際文化センター内のオーディトリアムで、私は感慨深い思いでその拍手に加わっていました。(写真1)

 

 

 

 

 2018年にオープンした国際文化センター「イスラ(Ithra)」は、サウジアラビアの国営石油会社、サウジアラムコ社によって建設され、IT関連設備を納入した当社にとってもなじみの深い建造物です。

 

写真2(左):イスラの奇抜な外観(筆者撮影)、写真3(右):イスラ内部、北欧家具が置かれた快適な図書館(筆者撮影)
写真2(左):イスラの奇抜な外観(筆者撮影)、 写真3(右):イスラ内部、北欧家具が置かれた快適な図書館(筆者撮影)

 ノルウェーの建築事務所スノヘッタのデザインによる同センターは、一風変わった建築が好まれるサウジでも群を抜いてユニークな外観を呈しています。(写真2)

 

 内部は贅沢(ぜいたく)な吹き抜けになっており、冒頭のオーディトリアムの他、映画館、20万冊の蔵書を誇る図書館、カフェなど、大人も子供も楽しめる空間が演出されています。(写真3)

 

 同国は1938年にダーラン近郊で最初の石油を掘り当てました。ダーラン市とその隣町のアルホバル市は前者に本拠を置く世界最大の石油会社であるサウジアラムコ社と共に、まさに石油と共に発展してきた町です。上記文化センターがサウジアラムコ社のお膝元である石油の町ならではの贅(ぜい)を尽くした建造物であることは、容易に理解できるでしょう。他方で、文化センターらしく世界の文化を紹介するという当たり前のことが、数年前のサウジでは当たり前ではありませんでした。

 

 

 

 

写真4:伝統的なアラビック・カフェ(筆者撮影)
写真4:伝統的なアラビック・カフェ(筆者撮影)

 イスラム教の二大聖地メッカ、メディナを抱える同国は、アラブ諸国の中でも、最も敬虔(けいけん)かつ厳格なルールで自らを律してきました。

 

 私が当地に赴任した5年前は、「エンターテインメント=悪徳」という解釈が蔓延(まんえん)していました。ムタワと呼ばれる宗教警察が存在し、人前で音楽を奏でること、聴くことは許されませんでした。何事であれ「宗教的に破廉恥である」とムタワに判断されれば逮捕されるので、ムタワの指導に従うようにと先達にアドバイスを受けたものです。

 

 そんな訳ですから、カフェはあっても、男女別に仕切られ、場内に音楽が流れることはありませんでした。(写真4)

 

 2016年4月、同国は、34歳(当時31歳)の若い指導者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が主導する長期的な経済改革計画"ビジョン2030"を発表し、石油資源に依存しない経済・社会へと改革を行うべく、大きくかじを切りました。前述のムタワによる逮捕権が剥奪されたのもこの年のことです。

 

 2018年には、女性の運転免許やスタジアムでのスポーツ観戦の解禁、音楽イベントの開催、映画館の開館など、目覚ましい変化を目の当たりにしました。さらに2019年9月28日には観光ビザの発給が開始され、外国人が自由に観光目的で入国できるようになっています。 

 

 "ビジョン2030"の中には「文化・娯楽活動の促進」が明記され、今やエンターテインメントや観光は、サウジ国民の生活向上のみならず、サウジ経済発展に貢献する分野として注目されています。

 

写真5:海沿いのカフェはリゾート地のよう(筆者撮影)
写真5:海沿いのカフェはリゾート地のよう(筆者撮影)

 最近、アルホバル市内には多くのしゃれたレストラン、カフェが出現しました。その多くは今も男女別席ですが、気が付けば心地よい音楽が流れるようになりました。(写真5)

 

 サウジは厳格なイスラムの規律の下で石油資源を頼りに成長してきた国ですが、今は若い指導者の下、若者が自由を謳歌(おうか)し、エンターテインメントを楽しめる新しい国に生まれ変わろうとしています。

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