米国のISバランスからみた関税政策

2025年06月11日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

 

 

 

二転三転する米国の関税政策もあって、世界経済の先行きは「不確実」ではなく「予測不可能」だという認識が、足元で広がりつつある。関税政策の背景には、米国の貿易赤字を減らしたい、米国の製造業を立て直したいという考えがあるのだろう。しかし、米国全体の貿易赤字を減らすために、関税政策や非関税障壁の撤廃などだけではなかなか解決しないことも事実だ。

 

一国のISバランス(貯蓄と投資のバランス)では、民間の貯蓄・投資、政府の税収入・支出、海外との取引が事後的にバランスしている。例えば、2024年の米国経済では、家計と企業、海外が黒字主体(資金余剰)、政府が赤字主体(資金不足)になっていた。家計と企業では、貯蓄が投資を上回っており、その資金をほかの経済主体に貸し出すことができた。海外が黒字主体、裏を返すと米国は赤字、すなわち貿易赤字だった。政府の赤字は、文字どおり財政赤字で、税収以上に支出している状態を表している。家計と企業、海外が資金の出し手であり、それを政府が借りて使っていたという構図と言える。

 

この状態から貿易赤字を縮小させる場合、どのような現象が起きるのだろうか。貿易赤字の縮小は、海外の黒字縮小を意味する。つまり、海外からの資金が細るため、それを穴埋めするように家計、または企業が資金を多く提供するようになるか、政府が使う資金を縮小していないと、一国全体で資金フローのバランスが取れないことになる。

 

しかし、議会予算局が6月4日に発表した試算によると、連邦議会下院が5月22日に可決した減税法案(一つの大きく美しい法案(OBBB))によって、今後10年間で財政赤字が計2.4兆ドル増加する見通しだ。この法案では、財政赤字はむしろ拡大する。もちろん、今後別の財政政策が採られて、財政赤字が縮小する可能性がない訳ではない。しかし、現状では、短期的に財政赤字が拡大する可能性が高そうだ。

 

そうなると、これまで以上に家計または企業の黒字を拡大しないと、バランスが取れないことになる。例えば、設備投資の金額以上に、貯蓄を積み増すことだろう。家計が貯蓄を増やすということは、その半面、消費を減らすことを意味する。企業が貯蓄を増やすということは、設備投資よりも貯蓄、例えば対外直接投資を増やすということになる。過剰消費のような状態が修正されるならばまだよいものの、個人消費や設備投資が抑制されることは、景気が悪くなる状態と言える。また、対外直接投資を増やすことは、製造業の米国回帰に逆行する一面もある。

 

このように、米国全体の貿易赤字を減らすためには、それと整合的になるように、そのほかの政策も調整する必要がある。そのため、米政権にとって2026年の中間選挙に向けて、一定の成果が出たとして、関税政策を縮小させることが賢明な選択になるだろう。しかし、このままの政策方針を推し進めてしまえば、米国内外の経済に歪みをもたらし、より悪い結果になりかねないと懸念される。

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