ようやく上向き始めたドイツ経済
2025年06月20日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之
これまで苦境にあったドイツ経済で、景気回復の期待が高まりつつある。
ドイツ経済は、2024年までの2年連続でマイナス成長を記録し、2025年もゼロ%台、マイナス成長すらあり得るという苦境にあった。2年連続のマイナス成長は2002~03年以来のことだった。当時は失業率が高く、財政赤字も継続している中でマイナス成長が続き、「欧州の病人」とも言われたほどだった。ユーロ導入の恩恵に加えて、EU拡大に伴う欧州経済の変化や中国など新興国経済の台頭という外部環境の変化とともに、労働市場改革など国内改革などもあって、ドイツ経済はマイナス成長という病を克服した。その後も、ドイツ経済は欧州債務危機など苦境に陥ったものの、成長してきた。
なお、財政赤字については、2008年の世界同時金融危機時の対策で公債残高が拡大したこともあり、2009年に基本法(憲法)が改正され、財政赤字はGDP比で0.35%に抑えられることになった(適用は2016年から)。この債務ブレーキが適用除外となったのはコロナ禍とウクライナ危機の2020~2023年であり、2024年から再び適用されている。
2020年のコロナ禍からの回復過程で、前述のようにドイツ経済の不調が再び目立つようになった。その理由として、例えば、輸出・投資先として存在感を高めていた中国経済が不動産不況に見舞われ、需要の伸びが鈍化したことが挙げられる。また、エネルギー確保という視点から天然ガスなどで依存を高めていたロシアがウクライナに侵攻したことをきっかけに、割高なエネルギーに代替する必要が生じたこともある。その他、国内では行政手続きの煩雑さなどが生産性を押し下げたり、ディーゼル車からEVへの転換が求められていた中で欧州市場に参入してきた中国企業に競争で劣位になったりしたこともある。これらの要因が重なってドイツ経済は2年連続のマイナス成長に陥った。
こうした状況が変わったきっかけは、総選挙後の政策転換だった。ドイツの連邦議会下院は3月中旬、GDP比で1%を超える防衛費を債務ブレーキの枠外とするように基本法を改正した上、12年間の5,000億ユーロの特別基金を創設した。後者のインフラには交通やエネルギー、医療・介護・教育、デジタル分野などが含まれる。こうした財政支出の拡大が、これまで防衛費増額や債務ブレーキを超える支出に慎重だった姿勢の転換を印象付け、これといって持ち直す材料がなかった中で、経済成長に転じる要因として注目を集めた。
実際、ドイツの主要シンクタンクが6月中旬に発表した経済見通しでは、2025年の経済成長率は0.3%程度と、前回のゼロ%前後から上方修正された。それらでは、景気の底が2024年末だったという見方や、ドイツ経済が危機から脱却しつつあるという見方が示されていた。足元の個人消費や設備投資に持ち直す動きが見られていた中で、財政支出が今後拡大するという期待が、見通しの上方修正につながった。ただし、3年連続のマイナス成長が回避される公算が大きくなったとは言え、成長率はゼロ%前半と成長ペースは依然として鈍い。しかも、米国の関税政策や、ウクライナ危機や中東情勢の緊迫化など地政学リスクもあり、下振れリスクは大きいままだ。
また、忘れてはならないのは、ドイツの生産や輸出が伸び悩み始めたのは、コロナ禍前からだったということだ。ドイツからの欧州他地域などへの生産移管や中国から直接投資の一部引き揚げなど、ドイツ企業の生産体制は変化していた。そうした流れの中で、コロナ禍後のさまざまな下押し要因がドイツ経済に圧し掛かっていた。現状では、ようやく先行きの回復期待が高まりつつあるものの、こうした構図が変化したわけではない。そのため、ドイツ経済がどのような成長経路を辿るのか、見通し難いことに変わりはない。
参考文献
IfW, 「Kiel Institute Summer Forecast: Light at the End of the Tunnel」(2025/06/12)
RWI、「Frühsommer 2025: Deutsche Wirtschaft macht erste Schritte aus der Krise」(2025/06/11)
ifo、「ifo Economic Forecast Summer 2025: Recovery Is Getting Closer – Economic Policy Uncertainty Remains High」(2025/06/12)
IWH、「Economic recovery in Germany – but structural problems and US trade policy weigh on the economy」(2025/06/12)
財務省・財政制度等審議会「海外調査報告書(平成26年7月)」(2014/07)
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