企業努力がさらなる関税措置を呼び込む素地に

2025年07月11日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

 

 世界経済を揺るがしている米国の関税政策が、新たな局面を迎えている。4月2日に発表された相互関税の上乗せ部分の実施は7月9日まで猶予されていた。その間に、米国は主要国・地域と貿易協定を結ぶ考えだったものの、協定などで合意に至ったのは英国とベトナム、カンボジアの3か国にとどまった。そのため、トランプ大統領は7月7日から順次、8月1日から適用される新たな税率を発表している。

 

 上乗せ税率以外の追加関税はこれまで、着実に課されてきた。中国やカナダ、メキシコに加えて、4月から相互関税の基本税率10%が全世界を対象に課されている。また、個別の追加関税では、3月に鉄鋼やアルミニウム製品に25%(後に50%)、4月に自動車に25%、5月に自動車部品に25%の関税がそれぞれ加えられた。今後も個別関税の対象は拡大するとみられ、実際の対象品目や税率は確定していないものの、トランプ大統領が銅・銅関連製品に50%、医薬品に200%の関税などに言及したと報じられている。

 

 関税は、輸入企業が支払うため、本来であれば、米国の輸入企業のコスト増になる。そのコスト増が販売価格に転嫁されるので、米国の物価上昇率が高止まりすることが懸念されてきた。その一方で、コロナ禍後の物価高騰を経験した消費者は、当時の実質購買力の低下もあって、これ以上の物価上昇への抵抗感も強まっている。また、企業も右から左への関税コストを販売価格に転嫁することに躊躇(ちゅうちょ)している面もある。

 

 こうした中で企業は、関税コスト増加に伴う価格上昇によって、顧客を失わないように努力をしている。例えば、低関税のうちに商品在庫を積み増したり、急激な価格上昇に伴う顧客離れを回避するために関税引き上げ前から緩やかに価格を引き上げたりしてきた。また、企業は販売価格を維持する上で関税コスト削減のために、創意工夫で生産性を向上させたり、収益を削ったりしている。そうした動きは米国企業にとどまらず、一部の日本の自動車メーカーも、関税引き上げの初期の段階で販売価格を維持することを選択している。実際、日本銀行公表の「企業物価指数」によると、北米向け乗用車の輸出物価は5~6月に契約通貨ベースで前年同月比20%弱、円ベースで約25%低下している。

 

 上記のような企業努力もあって、米国の消費者物価指数はこれまでのところ目立って上昇していない。しかし、そうした努力がある意味、裏目に出ている面もある。例えば、米大統領経済諮問委員会(CEA)は7月8日公表の報告書で、関税引き上げによって輸入品価格が上昇していないことを示している。トランプ大統領もこれまで物価上昇率が落ち着いていることを理由に、パウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長を遅すぎるとたびたび批判して利下げを求めている。企業努力による物価の安定が、米政権が自らの関税政策を推し進める上での証拠として用いられ、皮肉なことに、さらなる関税措置を呼び込む素地になっている。

 

 しかし、こうした状況がいつまで続くかはわからない。関税引き上げ前の在庫がなくなり、今後高関税で仕入れた商品が店頭に並ぶことになる。また、非常に高い税率まで関税が引き上げられるなど企業努力の範囲を超える負担増になれば、企業は関税コストを販売価格により大きく反映せざるを得なくなる。このような見方もあって、利下げに慎重な姿勢を崩していないFRBは、関税の物価への影響が夏頃から出始めると予想している。そのような物価高騰を消費者がどこまで許容できるのか、米政権も物価高騰の正当性を消費者にどこまで説得できるのか、予想し難い。4月の金融市場の混乱が、相互関税の上乗せ部分の適用猶予という米政権の政策修正をもたらしたように、消費者の支持低下が、関税政策を現実的な路線に修正させることになるのだろうか。

 

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