米労働市場は見た目ほど底堅くない?
コラム
2025年07月23日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之
米国の労働市場は底堅く推移している。例えば、6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、「失業率は低水準にとどまっており、労働市場の状況は堅調なままだ」と評価された。また、7月に公表された「地区連銀経済報告」(ベージュブック)でも、「雇用は非常にわずかに増加している」と総括されている。実際、米労働省の雇用統計によると、6月の非農業部門雇用者数は前月から14.7万人増、3か月移動平均15.0万人増と底堅く増加していた。また、失業率は4.1%であり、5月(4.2%)から小幅に低下し、前月から小幅な改善を示していた。失業率は2024年半ばから4.0~4.2%のレンジを推移しており、雇用環境が崩れたという判断はし難い。
雇用の最大化と物価の安定を二大責務として掲げている連邦準備制度理事会(FRB)がこれまで2%を上回る物価抑制に注力し、足元で関税引き上げに伴う今後の物価高騰を警戒できる背景には、労働市場が底堅く推移していることがある。しかし、その底堅さが見た目ほどではない恐れがある。
例えば、これまでの「ベージュブック」によると、4月には「経済状況が明らかになるまで、雇用を一時停止したり、減速させたりして、様子見姿勢をとっている」と報告された。5月には「一部の地区で、特定の部門でレイオフが報告されたが、広まっているわけではない」という記載があった。7月には、「離職率の低下と求人応募の増加によって、労働力が確保されている」ことや「移民政策の変更によって、外国人労働者の減少を挙げた地区があった」ことが挙げられていた。
もちろん、関税政策を巡る不確実性の高さから、労働需給の双方が様子見姿勢をとっている可能性がある一方で、労働市場の変化もうかがえる。例えば、労働需要側である企業は、コロナ禍後の人手不足に直面した経験から、レイオフなどの人員削減に慎重な姿勢を示している。5月のレイオフ件数は160.1万件と低水準にとどまっている。積極的なレイオフというよりも、新規雇用の削減、労働時間の統制など消極的な調整を進めているようだ。その一方で、労働供給側である家計の動きを見ると、6月の55歳以上の労働参加率は38.0%とコロナ禍前を下回ったままであり、高年齢層は労働市場に戻ってきていない上、労働市場からの退出時期が早まっているのかもしれない。また、移民政策の変更によって、海外からの労働供給が絞られていることもある。そのため、かつて米国の労働市場と言えば、レイオフなどの人員削減によって急速に調整されると説明されてきた姿とは趣が異なっている。
こうした変化が一時的なものではない場合、労働市場の需給調整が円滑に進まず、足元の労働市場の底堅さが見た目ほどではなく、実体としては弱含んでいるのかもしれない。そうであれば、物価に注目している現在の金融政策は今後、判断を誤る恐れもあるだろう。
また、需給調整の円滑さが裏付けていた労働市場の機能も損なわれているかもしれない。例えば、不況時にレイオフなどの数量調整を急速に進め、回復期に雇用を戻すことで、不況の期間や痛みを小さくしていた。また、企業に残った人の賃上げ率を保つことで、賃上げ基調を大きく損なわないようにする効果もあったはずだ。しかし、労働市場の需給調整が円滑に進まないということは、それらの機能も以前のように発揮されない恐れがある。米労働市場の底堅さという見た目のほかにも、そのような変化を捉えていくことが重要な局面になっているようだ。
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