FRBと政治
トランプ大統領はこれまで度々、利下げを求めてパウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長を「遅すぎる」と批判してきた。解任まで口にした4月には、金融市場がトリプル安で反応し、事態収拾に追われたトランプ氏は解任を撤回した。しかし、その後も、FRB本部の建て替え費用を批判するなど、手を変え品を変え利下げを求めて批判を続けている。
解任が難しい中、議長としての任期が2026年5月であるため、それよりも早い時点で議長候補を発表し、パウエル議長の影響力を低下させようとする動きもある。早期に後任を発表することで、FRBの金融政策に影響を及ぼす狙いがあるようだ。また、2026年1月末が任期のクグラー氏の後任として、次期議長含みで理事を送り込み、影の議長としての役割を担わせるという構想もあった。
このような中で、さらにFRB理事への批判や圧力も強めている。例えば、7月末の連邦公開市場委員会(FOMC)を欠席したクグラー元理事は、8月に理事退任を発表した。ベッセント財務長官から政治的だと批判されたこともあってか、クグラー氏はFRBから元の大学に戻っていった。そのクグラー氏の後任として、ミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長が指名された。トランプ氏は利下げを実施させるために、ミラン氏をFRBに送り込んだという見方が一般的だ。ただし、クグラー氏の理事枠の任期は2026年1月末までであり、2026年2月以降はミラン氏の再任ではなく別の人が就任すると報じられている。また、8月下旬になると、過去の住宅ローン申請を巡ってクックFRB理事が批判の矢面に立たされている。もちろん、トランプ氏はクック氏にも辞任を求めている。
FRBの理事は、大統領に指名されて、議会上院で承認される。任期は14年で、偶数年の1月31日に(各1人の)任期が終わるようになっている(任期満了後、再任はできない。ただし、前任者の途中の任期を引き継いだ場合、再任はありうる)。また、議長と副議長、金融監督担当副議長は理事の中から選ばれる(任期は4年)。理事の任期の範囲内で再任されることがある。
パウエル議長については、議長としての任期は2026年5月、理事としての任期は2028年1月までになっている。2024年までは、正副議長は任期を終えると、理事の任期が残っていても、理事も合わせて辞任することが慣例だった。しかし、バー理事は2月に、任期が2026年7月までだった金融監督担当副議長を退いたものの、理事(任期は2032年1月末)として残った。正副議長は退任時に理事も辞任するという慣例が踏襲されていないため、今後パウエル議長がどのような選択をするのか、よく分からなくなった。
7月末のFOMCでボウマン副議長とウォラー理事の2人が0.25%利下げを主張した。クグラー氏の後任(現在はミラン氏)に加えて、仮にクック氏が辞任して、新たな理事をFRBに送り込めば、7人の理事のうち過半の4人がトランプ氏に指名されたことになる。
仮にそのような状況となれば、トランプ氏の意向が通りやすくなったようにもみえるが、必ずしもそうではない。FOMCで金融政策は、FRB理事7人、NY連銀総裁、残りの11地区連銀から4人の総裁(投票権は1年)の12人の投票によって決まるからだ(なお、投票しない地区連銀総裁もFOMCに参加している)。
FOMC参加者12人のうち、投票権を持つ5人の地区連銀総裁の存在感が大きくなる。NY連銀総裁は、FOMC副議長を担っており、議長と歩調を合わせた政策姿勢になる傾向がある。その一方で、その他の4人の地区連銀総裁は、それぞれの事情に沿った行動をとる傾向が強い。
11地区については4グループに分かれている。それは、①ボストン、フィラデルフィア、リッチモンド、②クリーブランド、シカゴ、③アトランタ、セントルイス、ダラス、④ミネアポリス、カンザスシティ、サンフランシスコの4つのグループで、クリーブランドとシカゴは2年に1回、その他は3年に1回投票権が回ってくる(2025年は、ボストン、シカゴ、セントルイス、カンザスシティ、2026年は、フィラデルフィア、クリーブランド、ダラス、ミネアポリス、2027年は、リッチモンド、シカゴ、アトランタ、サンフランシスコ、2028年は、ボストン、クリーブランド、セントルイス、カンザスシティ)。
ここで懸念されるのは、地区連銀総裁の任期だ。地区連銀総裁の任期は5年で、1または6で終わる年の2月末に終了する(中間年に就任する場合、残りの任期のみとなる。ただし、再選は可能)。つまり、地区連銀総裁の任期は、2026年2月に終わることになる。これまで総裁が続投の意向を示すと、再任されることが多かった。しかし、2026年2月は今まで通りか分からない。
もちろん、地区連銀総裁がそれぞれの事情に沿った行動をとる傾向が強いという点も重要だ。連邦準備法によると、地区連銀総裁は、各地区連銀のクラスB、Cの理事に指名され、FRBによって承認される(2010年のドット・フランク法によって、クラスAの理事は総裁の指名から除外された)。各地区連銀で指名された総裁候補を基本的にFRBは反対しない。しかし、トランプ氏によって指名された理事が過半を占めるFRBは、これまで通りに反対しないのだろうか。
地区連銀の理事会は9人の理事からなり、クラスA(株式を保有する地元銀行など)、B(地元の企業経営者など)、C(FRBが選出)からそれぞれ3人ずつ選出される。つまり、共和党が強い地盤であれば、総裁選任もそのような地元の考えが反映される傾向がある。そのため、必ずしもトランプ氏や共和党の意向とぶつかるわけではない。しかし、地区連銀総裁まで巻き込んで、FRBを巡って、政治問題化する恐れがある。金融政策の独立性は、風前の灯火のようにも見える。
こうした中で、9月のFOMCでは利下げが実施されると予想されている。6月時点のFOMC参加者の経済見通し(中央値)では、2025年末にかけて2回の利下げが予想されていた。この利下げの動きで、トランプ氏が満足するのか、それともFRB人事を絡めてそれよりも大幅な利下げを求めるのか、FRBと金融政策を巡る状況はさらに混とんとする恐れがある中で、それを金融市場がどのように消化していくのかが注目される。
参考文献
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