アルゼンチン、ミレイ政権も「また」となるのか
2023年12月に就任したハビエル・ミレイ大統領は、急進的なリバタリアン思想に基づく経済改革を掲げ、アルゼンチンの長年にわたる財政赤字とインフレ問題に対処するための「劇薬療法」を断行してきた。彼の政策は「自由至上主義」と「反国家主義」を色濃く反映し、国家による経済介入を徹底的に排除する姿勢を取っている。
ミレイ政権の最大の成果は、インフレ率の大幅な低下といえる。2023年末には前年比200%を超えていたインフレ率が、2025年7月には前年比36.6%まで低下している。この改善は、公式為替レートの大胆な切り下げ、中央銀行のバランスシート縮小、財政支出の削減など、金融・財政両面での迅速な政策対応による。
また、財政面では2024年に基礎的財政収支が対GDP比で1.8%の黒字、財政収支も0.3%の黒字を達成し、これは2010年代以来初の快挙である。国際通貨基金(IMF)もミレイ政権の政策を高く評価し、支援継続を確約している。国際的にも、アルゼンチン債券のリスクプレミアムが縮小するなど、投資家心理の改善が見られた。市場経済への回帰が示されたことで、対外的な信頼回復にも寄与している。
ミレイ大統領のこの「劇薬療法」には、深刻な社会的コストが伴ってきた。補助金削減により電気・ガス料金や交通費が急騰し、インフレ率は低下しているとはいえ依然として高水準であることから、国民生活は圧迫されている。特に中低所得層への打撃は大きかった。
これまで、この痛みを伴う改革にも関わらず、支持率が50%程度を維持できていたのは、個人的にはかなり驚きでもあった。これまでのアルゼンチンであれば、国民が痛みに耐えきれずに、支持率は下がり政権はポピュリズム政策に陥り、財政を圧迫するという負のスパイラルを、またかというくらい繰り返してきたからだ。今回は違うのか?と考えていたところだったが、ここにきて社会的不安定化が、ミレイ政権の支持率低下に直結してきた。大統領の妹のスキャンダルが追い打ちをかけ、2025年9月に行われたブエノスアイレス州議会選では、ミレイ率いる与党が大差で敗北し、支持率は39%まで低下し、ミレイ政権は厳しい局面に立たされている。
ミレイ大統領就任から間もなく3年が経過する。アルゼンチン政治においては、これまでも、「3年」が政権の失速する節目であった。過去の大統領たちもこの時期に苦境に立たされた。フェルナンド・デ・ラ・ルアは2001年の中間選挙敗北後、3年目の初月で辞任。クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネルも就任3年目の2014年1月に22%の通貨切り下げを経験。マウリシオ・マクリも2017年の中間選挙に勝利したが、結局、3年目の2019年に政権が崩壊。そしてアルベルト・フェルナンデスは2019年に就任後パンデミック中に高支持率を得たが、3年目の2021年の中間選挙敗北し経済相が辞任、実質的にセルヒオ・マッサ氏に権力が移った。
今回のミレイの敗北は、単なる地方選挙の結果ではなく、彼の経済政策への国民の不満が表れたものとされる。ミレイ政権の改革は、アルゼンチンにとって長期的な構造改革の第一歩であり、財政健全化と国際的信頼回復という成果をもたらしたが、ここでこの苦難を耐えきり3年目を乗り越えることができるのかどうか、今後の成否は、国民が現在の「痛み」を将来の「安定」へとつなげられるかどうか、そして政権が社会的コストをどのように緩和し、持続可能な成長へと導けるかにかかっている。
記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。
レポート・コラム
SCGRランキング
- 2025年8月25日(月)
雑誌『経済界』2025年10月号に、米州住友商事会社ワシントン事務所調査部長 渡辺 亮司が寄稿しました。 - 2025年8月22日(金)
『週刊金融財政事情』2025年8月26日号に、当社チーフエコノミスト 本間 隆行が寄稿しました。 - 2025年8月21日(木)
『東洋経済ONLINE』に、米州住友商事会社ワシントン事務所調査部長 渡辺 亮司のコラムが掲載されました。 - 2025年8月13日(水)
日経QUICKニュース社の取材を受け、当社シニアエコノミスト 鈴木 将之のコメントが掲載されました。 - 2025年8月4日(月)
日経QUICKニュース社の取材を受け、当社シニアエコノミスト 鈴木 将之のコメントが掲載されました。