もはやデフレではない日本経済
2025年09月18日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之
約40年ぶりと記憶にないほど身の回りの物価が上昇しており、実感としても、もはやデフレではない、という言える状況になっている。消費者物価指数(総合)は2022年4月(前年同月比+2.5%)に2%を上回ってから、2025年7月まで40か月連続で2%を上回っている。この間、ガソリン代や電気代、ガス代について政府の補助金がたびたび支給され、経済政策が過度な物価高騰を抑制してきた。その他、高校無償化や、東京都による期間限定の水道基本料金の無償化などの政策も実施されてきた。
現在の日本経済は、デフレではない状況にあるものの、最後の判断である「デフレ脱却」まで至っていない。内閣府によると、デフレ脱却とは、「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと」と定義されている。その判断について、足元の物価動向に加えて、「再び後戻りしないという状況を把握するためにも、消費者物価やGDPデフレーター等の物価の基調や背景を総合的に考慮し慎重に判断する必要がある」としている。つまり、現状は、総合的に慎重に判断すると、「再び後戻りしない」という点に確信を持てないと言える。
「再び後戻りしない状況」を判断する上で、物価の背景として、単位労働費用や需給ギャップが例示されている。単位労働費用の増加が物価に対してコスト要因として上昇圧力をかけると考えられる。単位労働費用の前年同期比は2021年半ば以降、おおむねプラスで推移している。単位労働費用は、雇用者報酬を実質GDPで割ったものであり、それは、名目賃金を労働生産性で割ったものに一致する。コロナ禍後の賃金上昇基調にあることもあり、単位労働費用は上昇している。
こうした中で、需給ギャップ(GDPギャップ)がなかなかプラスに転じなかった。需給ギャップは、マクロ経済全体の需給バランスであり、プラスとは需要超過であり、物価に上昇圧力をかける状態と言える。これは、2024年Q4に0.0%、2025年Q1に▲0.1%とほぼ需給がバランスする状況まで回復し、ようやく2025年Q2に+0.3%とプラスに転じた。
また、「再び後戻りしない状況」を判断する上で、一過性ではないという点も重要だ。物価や単位労働費用など、前年同期比の伸び率を対象にしたものが多く、1年以上継続しないと、一過性ではなく継続的なものと判断し難い。実際、「経済財政白書」(令和7年度)では、上記の4つの指標がすべてプラスになったのは、2015年Q1、2018年Q1~Q2、2019年Q1~Q3と1年を超えなかったことが指摘されている。コロナ禍後を振り返っても、2023年Q2、2024年Q4、2025年Q2と単発となり、継続しているとは言えない。それぞれの指標を見ると、消費者物価指数は足元にかけて3年以上、2%超で推移している。GDPデフレーターは3年弱、プラスを維持している。単位労働費用は2023年Q1(▲0.1%)の小幅マイナスを除くと4年間プラス成長を続けている。このため、需給ギャップのプラス定着が課題として残っている。
しかし、需給ギャップの先行きは心許ない。9月の「ESPフォーキャスト調査」(日本経済研究センター)によると、2025年Q3の実質GDP成長率が前期比年率1.1%と、6四半期ぶりにマイナス成長になると予想されている。そのため、需給ギャップが再びマイナスに転じる可能性は否定できず、当面、需要超過と需要不足の境目を推移しそうだ。
上記の4つの指標がすべてではないし、それらがすべてプラスで継続することが必要十分条件でもない。内閣府が示すように、一義的な基準で判断できず、慎重な検討が必要であるため、物価上昇という実態とデフレ脱却という判断の間に、乖離(かいり)が生じやすい。言い換えると、「デフレ脱却」宣言はさておき、実態に合わせて、インフレの世界で物事を考えていかなければ、状況を見誤る恐れがある。金利があり、物価が上昇する世界で、どのように行動していくのかが問われている。
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