0.5%の壁を超えることを前提に

2025年09月24日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

日本銀行が上場投資信託(ETF)等の処分について決定した9月19日の金融政策決定会合で、政策金利を巡って意見が割れていた点が注目される。政策委員のうち7人が、政策金利を0.5%程度に据え置くことに賛成した一方で、2人が反対し、0.75%程度への利上げを支持した。高田委員は、「物価が上がらないノルムが転換し、『物価安定の目標』の実現がおおむね達成された」ことを理由にして、田村委員は、「物価上振れリスクが膨らんでいる中、中立金利にもう少し近づけるため」として、利上げを提案した。

 

消費者物価指数は2022年4月以降、41か月連続で2%上昇を継続している。足元にかけて電気・ガス代の補助金などによって、むしろ物価高騰を抑える政策を実施してきたほどだ。先行きについても、2026年度の春闘に向けて、賃上げ率が鈍化するという見通しがある一方で、最低賃金の引き上げは過去最高になっており、賃上げのすそ野が広がっていることは事実だろう。また、コメなど食料品の価格上昇が目立つ一方で、生鮮食品及びエネルギーを除く総合(いわゆるコアコア指数)は8月にかけてここ5か月3%台で推移しており、物価の基調も底堅い。

 

ただし、利上げには違和感も残っている。8月の消費者物価指数の前年同月比+2.7%のうち、食品の寄与度が2.03ptであり、物価のけん引役だった。見方を変えると、食品価格を引き下げるために、利上げを実施するような形になる。金利が実体経済に影響する経路として、家計に対しては耐久消費財購入時などのローン金利として費用負担増を通じて、企業に対して設備投資など長期的な資金調達時の負担増を通じて、間接的に物価に影響を及ぼすことになるため、食品価格の抑制までの波及経路は長い。むしろ、設備投資を抑制することで、食品の供給を増やして価格を下げる経路を狭くしており、逆効果になる恐れすらある。もちろん、こうした違和感は、日本だけではなく、米国にもあった。米国で、家賃などの上昇が物価のけん引役であったときに、利上げが実施された。家賃を引き下げるならば、住宅供給を増やすことが一案であり、利上げは反対に住宅投資に下押し圧力をかけるからだ。もちろん、日本では賃上げ機運の広がりなど、物価上昇基調にあることは事実であるため、粛々と利上げを進めておく考え方も重要だろう。

 

植田日銀総裁は9月19日、不確実性が高いこともあって、「もう少しデータを見たいという局面にある」と説明した。10月1日には「短観」が発表され、10月6日には支店長会議が開催される。現状を把握し、先行きを見通すためのデータが増えていく。国内政治面でも、10月4日に自民党総裁選の投開票が実施され、新政権の経済・財政政策の概要も明らかになるだろう。米国経済・政策を巡る不確実性などが高まっていなければ、利上げが実施されることになる。

 

ただし、そうした環境が十分整わなくても、利上げが実施される可能性も否定できない。実際、マイナス金利政策やイールドカーブ・コントロール政策が廃止され、短期金利を軸にした通常の金融政策に戻るという重大な意思決定が行われたとき、十分な環境が整っていたとは、必ずしも言えなかった。2024年3月当時、2024年度の賃上げ速報という段階であり、短観の発表前、経済・物価情勢の展望(展望レポート)発表前というタイミングだったからだ。

 

これまで日銀委員からは、「経済・物価見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、金融緩和の度合いを調整していくことになる」と繰り返し表明されており、展望レポートでも物価上昇率が見通し期間後半には「物価安定目標とおおむね整合的な推移する」という見通しが示されてきた。これらを踏まえると、すでに条件は整っているように見える。米国の関税政策など不確実性が高いことは事実であるものの、それがなくなることは当面期待できない。日米貿易協議は合意に至り、大統領令が出たことを踏まえると、不確実性は緩和しているとも言える。10月なのか、12月なのか、2026年以降になるのか、定かではないものの、1995年9月以来超えたことがない0.5%という壁を政策金利が超えることを前提に、物事を考えなければならないのだろう。

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