対ユーロの円相場は最安値更新

2025年10月14日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

対ユーロの円相場は10月8日の東京外国為替市場で1ユーロ=177円台半ばと、1999年のユーロ導入以降の最安値を更新した。高市自民党総裁の就任に伴って、財政拡大と金融緩和を志向した経済政策が実施されるという思惑から、円売り・ユーロ買いが優勢となったためだ。

 

ユーロ圏経済の状況を確認すると、9月の消費者物価指数(HICP)は前年同月比+2.2%だった。上昇率は5月に+1.9%まで縮小した後、6~8月にかけて+2.0%で推移していた。ラガルド欧州中央銀行(ECB)総裁は「ディスインフレプロセスは終了した」という認識を示しており、ECBは政策金利(中銀預金金利)を2%で据え置いている。それに対して、日本の8月の消費者物価指数(CPI)は+2.7%だった。電気・ガス代の補助金などの影響もあって7月(+3.1%)から縮小したとは言え、高めの上昇率が継続している。相対的に日本の物価上昇率が高いため、円の価値が失われやすい状態となり、円安・ユーロ高圧力が連想されやすい状態にある。

 

また、ECBの金利据え置き、日本銀行の緩やかな利上げと金融政策の方向性が異なる中でも、日本の政策金利は0.5%程度にとどまっており、ECBに比べて低い。ユーロ圏の長期金利の3%超に対して、日本の長期金利は1.6%前後で推移しているため、物価変動を考慮した実質金利では日本の方が低い。これも円安・ユーロ高圧力になりうる。

 

為替相場で実需として注目される経常収支や貿易収支は、ユーロ圏でともに黒字が継続している。それに対して、日本ではならしてみると経常黒字の一方で、貿易赤字が続いている。ただし、日本の貿易収支を契約通貨別に見ると、ユーロ建て取引の貿易収支では黒字が続いており、必ずしも円安・ユーロ高圧力ではない。しかし、全体の貿易赤字という視点から、実需からの円高・ユーロ安圧力が生じ難いとみなされているのだろう。

 

2025年初めに比べると、ユーロ圏経済の再評価が進んだことも大きい。例えば、南欧諸国の経済回復が挙げられる。欧州債務危機が直撃したギリシャやスペインなど南欧諸国の国債の信用格付けは引き上げられた。また、他の主要国とは異なり、イタリアではメローニ政権が安定している上、10月2日に政府が承認した2026年予算案では2025年の財政赤字GDP比が3.0%と当初の3.3%から修正され、2019年以来、6年ぶりにEUの財政ルールを順守できる見通しになるなど、財政の健全化も緩やかに進んでいる。

 

さらに、ユーロ圏のけん引役であるドイツ経済の復調も挙げられる。2024年にかけて2年連続でマイナス成長に陥ったドイツも、2025年にはプラス成長に回復する見通しになった。インフラや防衛費の拡大などから、財政支出が拡大し、経済が下支えされるという期待が高まった。また、2025年初にあった米国経済一強という見方も修正され、関税政策に加えてその他の政策を巡る不確実性も増しており、ユーロ圏資産を見直す動きがあったことも事実だ。

 

こうした状況下、日本で財政拡大と金融緩和を志向した経済政策への思惑が、円安・ユーロ高に拍車をかけた。10月の利上げも難しくなったという見方もある。しかし、経済・物価見通しが実現するならば、利上げを実施するのが日銀の基本姿勢だ。実質金利もマイナス圏にあるため、追加利上げを実施する環境はすでに整っている。財政面でも、金利のある世界で財政を拡大できるか疑問もある。インフレという全く逆の場面であるため、アベノミクスの再始動と言っても、中身の政策は異なったものにならざるを得ない。しかも、アベノミクスで3本の矢に挙げられた財政政策も、実際のところあまり拡大していなかった。

 

また、ユーロ圏経済の先行きも楽観視できない。フランスは2年で5人の首相が交代する異例の混乱となり、格付け会社がフランス国債の信用格付けを引き下げるなど、引き続き財政を巡る懸念がくすぶっている。政治の不安定さは、イタリアを除き主要国で共通する現象であり、それが経済成長の重荷になっていることは事実だろう。こうした状況を踏まえると、歴史的な円安・ユーロ高は思いのほか長続きしないのかもしれない。

 

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