もう少しデータなどを確認したい

2025年10月31日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

 

「もう少しデータなどを確認したい。」―植田日銀総裁は10月30日、金融政策決定会合後の記者会見でそう話した。「データなど」であるため、データに加えてそのほかにも確認したいことがあるのだろう。金融政策を運営する上で、データが示す過去の状況ではなく、将来の見通しが重要になる。金融政策を変更した場合、その影響は金融市場に表れる一方で、個人消費や設備投資など実体経済に影響が波及するまで相応の時間がかかる。その時間差を踏まえると、先行き不透明感があるとはいえ、将来の状況を想定してあらかじめ手を打っておくことも必要になる。

 

連邦準備理事会(FRB)も欧州中央銀行(ECB)もデータを見たいといっても、過去の状況を確認したいのではなく、データに基づく物価見通しという将来の話を視野に入れている。実際、FRBは声明文で、「政策金利の目標レンジの追加的な調整を考える際には、入手するデータ、進展する見通し、リスクバランスを注意深く評価する」としている。ECBは声明文で、「政策金利の決定は、入手する経済・金融データ、基調的な物価動向、金融政策の伝達力の観点から、物価見通しとそれを巡るリスクの評価に基づく」としている。これらと同じように、日銀は、「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、経済・ 物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている」と、物価見通しという将来を視野に入れた政策姿勢をとっている。

 

日銀の金融政策における基本的な姿勢は、利上げのままだ。データに基づく物価見通しとその確からしさ(確度)のうち、後者が利上げに踏み切れない理由になっている。

 

まず、物価見通しについて、今回公表された「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)には、「見通し期間の後半には、『物価安定の目標』と概ね整合的な水準で推移すると考えられる」と記載されている。実際、政策委員の大勢の見通しでは、消費者物価指数(除く生鮮食品)は2025年度に前年度比+2.7%、2026年度に+1.8%、2027年度に+2.0%と、見通し期間の後半にかけて2%程度で推移すると予想されている。

 

2022年4月以降、消費者物価指数が2%超の上昇率を維持していること、販売価格への原材料・人件費の転嫁が進んできたこと、春闘では高めの賃上げ率が実現していることなどを踏まえると、2%目標実現の確度は高まっており、利上げ環境は整っている。それでも、日銀内で利上げ支持は前回から広がらなかった。前回に続いて今回も0.25%の利上げを支持した高田委員は「物価が上がらないノルムが転換し、『物価安定の目標』の実現がおおむね達成された」として、田村委員は「物価上振れリスクが膨らんでいる中、中立金利にもう少し近づけるため」として、利上げの理由を説明している。

 

一方、2%目標の実現へ向けて「確度が少しずつ高まっている」としつつも、米国の関税政策の不確実性の高さを理由に、政策金利の据え置いたと植田総裁は説明した。また、賃金の初動のモメンタムを確認したいとも述べた。実際、先行きについて、関税の影響などを含めてリスクはさまざまなものがあり、経済・物価動向を巡る不確実は高いことは事実だろう。世界的な経済成長ペースが減速すると予想されている中、賃上げ機運の継続に懸念が残ることも確かだろう。

 

また、政策金利の現在の水準(0.5%程度)は2008年以来、17年ぶりの高さだ。また、政策金利は1995年9月以降、0.5%を超えたことがない。次の利上げは、日本経済にとって、過去30年間で経験したことがない大きな壁への挑戦と言える。また、米国の現在の関税政策も、実効関税率が第2次世界大戦前以来の高水準になるなど、これも経験の乏しいものだ。

 

利上げに慎重になることは分からないわけではないものの、先行きが不透明なのはいつものことであり、必要なことは必要な時点で行うべきだろう。物価見通しのリスクについては、「おおむね上下にバランスしている」と、展望レポートでは評価されている。こうした状況を踏まえれば、「もう少しデータなどを確認したい」という言葉は、利上げ前に最終確認をしたいということを意味するだろう。

 

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